13-6:緑青金
13-6:緑青金
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緑の刀がその刀身に呪文を刻み、振り下ろされる。
狙うは闇法師である青の人形。
だが、敵を一刀両断する迷いのない太刀筋を、金の矢が阻止した。
「誰だ?」
玉露が矢の飛来した方向に視線を向けると、そこにはバイクに跨りながらも弓を構えた鳴恵がいた。
「ただの人間さ。でも、ギリギリセーフか。気休めでも良いから持ってくる物だな。なあ、どういう事情でリリシアを狙っているのかは知らないが、リリはオレの親友だ。次はその胸を狙うぜ」
そう言って鳴恵は二本目の矢を弦にかけた。
言葉に二言はなく、その矢は玉露の胸を射ぬかんと向けられている。
しかし、対する玉露は怯えもせず、闇法師と友達などと抜かす女性を奇異の瞳で見つめかえした。
「親友? キミは知っているの?この少女は闇法師と呼ばれる闇の眷属。闇法師は人を喰らう存在。もしかしたら、明日にはキミがこの少女に喰われるのかもしれないよ」
「リリはもう、そんなことしないぜ。それにな、リリが間違えを犯そうとしているのなら、それを止めてやるのが親友って奴だろう。違うか?」
「僕は独りで充分だから、友達なんて感覚、全く分からない」
「じゃあ、オレが友達になって教えてやろうか?」
「結構だよ。僕は津樹丸がいてくれればそれだけで良い」
その言葉と共に、玉露は鳴恵に向かい駆けた。
弓の有効性を生かせる遠距離から、刀の有効性を生かせる近距離へ。
つい先程悪魔を殺した真剣が今度は鳴恵の首を斬るべく迫る。
しかし、鳴恵は玉露に対して、矢を放つことは出来なかった。
迫り来る剣にだけ意識を集中して、恐怖でこの弦を離さないように、鳴恵は玉露を見ていた。
津樹丸の射程範囲内に鳴恵が入った。
玉露は津樹丸を振り上げ、そこで止まった。
「どうして、僕に向かって矢を放たなかった?
僕の胸を射抜くと言っておきながら、キミは実は人を殺すことを恐れている?」
「出来るなら殺したくはないな。だが、お前ほどの腕なら、向かってくる弓ぐらい簡単に切り落とせるだろう。だから、この弓はお前がオレを斬りつけた瞬間に解き放つ」
張り切った弦と、振り上げられた刀。
この勝負、恐怖に負け先に動いた方が敗者だ。
凍り付いたかのような空気が鳴恵と玉露を包み込む。
二人の背中に冷たい水が流れ落ちた。
そして、鳴恵が動き、青の魔法が発動した。
「リリ、今だ!!」
鳴恵の咆吼に続いて、青の獅子の咆吼が玉露の耳に届く。
一瞬、注意が後ろにそがれたその瞬間を狙って鳴恵の矢が解き放たれた。
弦の振動する音を聞き、矢を切り落とすべく、視界の矢を捉えようとするが、しかし、玉露の視界に矢は無かった。
矢が見当違いの場所に放たれたと気づいたときにはもう既に遅い。
青の咆吼と共に、闇法師の気配が一気に遠ざかっていく。
鳴恵は最初から、玉露の注意を引くことだけしか考えていなかったのだ。
あのリリシアという闇法師を逃がすために。
罠にはめられた玉露は鳴恵を睨み付けるが、対する鳴恵は笑っていた。
その笑顔は敵を華にはめた嘲笑ではなく、まるで友達と遊んでいるかのような純粋な笑顔だった。
月島は闇法師を狩る一族。
この力で人間を傷つけるのは一族の掟に反する。
あの闇法師の気配はもう、感じることが出来ない程に遠ざかっている。
玉露は小さく舌打ちをすると、津樹丸を鞘に戻した。
この勝負、この黒髪の女性の挑発に乗った時点で、玉露の負けだった。
玉露は津樹丸を片手に、鳴恵に背を向け歩きだした。
「おい、今、オレがお前の背中狙ったら、どうするつもりだ?」
遠ざかっていく玉露。
その背中を見ていたら、鳴恵は知らぬ間にそんな問いかけをしていた。
「別に。矢ぐらい、簡単に切り落とせる。それに、多分、キミはそんな事する人じゃない」
その答えを聞いた瞬間、鳴恵は何故か嬉しくて笑顔を浮かべていた。
「オレの名前、神野鳴恵だ。お前の名前はなんて言うんだ?」
再度の問いかけに玉露は立ち止まったが、結局何も言わずに再び歩き出した。
その後は、止まることなく緑剣士は闇へ消えていく。
「名前は教えてくれないか。でも、オレはこんなんじゃ諦めないぜ。次こそはお前の名前、聞き出してやるぜ」
いたずらを思いついた子供のような不敵な笑みを浮かべ、鳴恵はヘルメットを被った。
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