13-5:悪魔とクレデター
13-5:悪魔とクレデター
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ティーカがこの世界から消えて、「闇法師」の出現は激減していた。
しかし、零になった訳ではない。
古来より、人知れず人を喰らっていた『闇法師』は、常に闇に紛れているのだ。
そして、今宵も『闇法師』の気配を察知して、緑剣士は戦う。
胸に敗北という傷を負いながらも。
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クレデターとは、次元と次元との狭間に生息する存在だと秋生が言っていた。
彼らは自分らが住む次元を持たない。
そのため、次元の狭間から他の次元に侵略してくるのだと。
クレデターとは生物である。
生物であれば、当然進化する。
その次元に同調を開始した派生型。
そして、その先に、この地球がある次元にもっとも適し、この次元の生物と完全に融合したクレデターの最終形態を教会では『悪魔』と呼んでいる。
今、リリシアの前にいるクレデターは、クレデターではなく『悪魔』であった。
召還した青の獅子が金髪の青年に襲いかかるが、青年が手にした斧が放つ沼気がシールドとなり近づくことが出来ない。
「お嬢さん、なかなか面白い魔法を使いますね。でも、そろそろ何か喋って頂きたい。無口な子供、嫌いなんです。やはり、子供は悲鳴を上げているに限る」
斧を持つ悪魔が一気にリリシアに肉薄してきた。
斧の一撃をなんとか避けるが、悪魔の沼気をもろに浴びてリリシアは苦痛に顔を歪める。
この沼気、普通の人間が浴びてもさほど影響はない。
しかし、その体の一部にクレデターの肉体を使用して作られたリリシアにとってこの沼気は最悪の麻薬なのだ。
クレデターの血肉が悪魔の沼気に沸き立っている。
ともすれば、今すぐに肉体と精神をクレデターの血肉に奪われ、この悪魔の前に跪いてしまいそうな程の苦痛が全身を襲う。
「あらあら。そんなに苦しんで、顔を歪めて、とても美しい顔も出来るじゃないですか。ほら、もっともっと見せなさい」
悪魔の嬉々とした声に、リリシアは「だまれ」と言わんばかりに悪魔を睨み付ける。
この日本という国には『月島の一族』が存在しているから、悪魔の存在事例は少ない。
この容姿を見ると、この悪魔は他国から同族の少ないこの地へやって来たのだろう。
浅はかだったっとリリシアは自嘲する。
今回の任務はあくまで、異次元の住人であるティーカの捕獲だったため、対悪魔用の準備はあの大きなスーツケースに仕舞い込んだままだった。
「でも、顔だけじゃたりない。そろそろ、悲鳴を聞かせろよ」
悪魔の沼気にあたり、リリシアの反応が遅れた。
斧の黒い刃がリリシアの肩に突き刺さる。
青人形は激痛に苦悶の表情を浮かべるが、しかし、声だけはけしてあげなかった。
「痛いだろう。苦しいだろう。声に出しちゃえよ。少しは、逃げられるぜ」
悪魔がそう言って、リリシアの肩に刺さった斧に体重を乗せる。
斧がリリシアの肉を切り、骨を砕く。
傷口から直に体に染み込んでくる沼気は、もう理性を保つだけで精一杯だった。
召還していた青の獅子への魔力供給が途絶え、青の獅子の姿が揺らぎこの世界から消えていく。
絶望的な状況にリリシアは覚悟を決めるしかなかった。
せっかく小夜子の元に来たというのに、どうやら早期帰国となりそうだ。
リミッターを外した体を再調整するに、果たして今度はどれぐらいの時間が掛かるだろうか?
青人形は瞳を閉じ、体に施されているプロテクタースペルの解読呪文を唱え始める。
が、しかし、その呪文が終わるより早く、悪魔の悲鳴がリリシアの耳を貫いた。
瞳を開いたリリシアが見たのは、 背後から緑の刀身に胸を貫かれている悪魔の姿だった。
『滅却』
緑の刀身に呪文が刻まれ、その輝きを一層と増す。
自らが絶叫という悲鳴を上げる悪魔は背後からの奇襲に為す術なく、闇夜の塵に消え失せた。
斧の悪魔を殺し、それで玉露の戦いが終わったわけではない。
彼女の目の前にはもう一人、『闇法師』が存在しているのだから。
悪魔の沼気にあたりもはや体を動かすこともままならないリリシアの首筋に、津樹丸が突きつけられる。
狩人の目に躊躇いはないが、リリシアは解読呪文を止めた。
今、リリシアの前にいるのは悪魔ではなく、人間。
今、壊されようとしているからと言って、殺してはならない。
それじゃ、小夜子に出会う前のリリシアと何も変わっていない。
小夜子に誇れる自分でありたいから、リリシアは瞳を閉じた。
どうせ、妾は人形に過ぎぬ。
壊れはするが、直せばよいだけだ。
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