13-2:青少女
13-2:青少女
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<彼女>の名は、神野小夜子。
魔法使いでもなく、この物語の主人公でもない彼女は、しかし、確かにここにいる。
物語を彩り、導き、見守るために。
「さよこ」
家に帰ってきた瞬間、小夜子のちょっと大きめな胸に小さな人影が飛び込んできた。
「あら、リリシアちゃん。もう来ていたの?」
「うん、さよこ。すごく会いたかった」
そう言ってリリシアは小夜子をギュッと抱きしめた。
小夜子も優しくリリシアを抱きしめ、その髪をそっと撫でてあげた。
「本当、リリってママの前だとキャラ違うよな」
小夜子に甘えるように抱きついている少女が、つい先程まで一言も喋らなかった人形のようなリリシアと同一人物だとはやっぱり、思えない。
「鳴恵ちゃん、ごめんなさい。荷物台所に運んで貰えるかしら? あなた、料理の下準備お願いしていいかしら?」
「ああ。小夜子はリリシアちゃんと散歩でもしてくると良いよ。ついでに鳴恵も、女の子同士楽しんでおいで」
そう言って小夜子の夫、神野総知はスーパーのビニール袋を手に台所へ消えていった。
今でこそ、サラリーマンとして生計を立てている総知だが、かつては料理人を志していた時期もあり、料理の腕はお墨付きだ。
客人を招く料理は夫に一任することにして、小夜子は胸元のリリシアに語りかける。
「それじゃ、リリシアちゃん。近くの土手にでも散歩に行きましょうか?」
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リリシアの手を引っ張り土手を歩く小夜子の姿はどうみてもリリシアの母親にしか見えない。
まだ40半ばの小夜子の年齢からすると、リリシアぐらいの娘がいても可笑しくはない。
そうすると自分はリリシアのお姉ちゃんか?
などと、考えながら鳴恵は小夜子とリリシアと共に土手を雑談をくわえながら歩いていた。
「それで、リリシアちゃん。こっちでの仕事はもう完全に終わったの?」
「うん。報告書も書いたから、もう大丈夫」
「とか言って、今日の夜あたり再提出って言われたりしてな」
「妾を侮るな、鳴恵。既に師匠のサインも貰っている」
小夜子に語るときは甘えるように、鳴恵に語るときは強気で。
リリシアはまるで人形がその持ち主によって多様な服装に替わるかのように、口調が変わっている。
「師匠って事は、オータムさんですよね。どうです、オータムさん元気にしてますか?」
「そろそろ年齢考えた方が良いぐらい元気。あ、師匠が小夜子によろしくって言ってたよ」
現在、リリシアの保護監督者兼上司兼魔法の師匠である、オータム・S・オリオンと神野小夜子は20年来の友人だ。
若くから教会のエースとして数多くのクレデターや悪魔を浄化してきたオータムとただの凡人である小夜子がいかにして出会ったのか、リリシアもよく知らない。
が、そんな理由はどうでもいい。
大切なのは、リリシアが生きていたこの200年の時の中で小夜子に出会えた今があるということだから。
「オータムさんか。名前はよく聞くんだけど、オレもまだ会ったことないな」
「師匠は今や、教会のヨーロッパ支部の副局長だ。鳴恵ごときが会える訳がない」
「冷めてえな、リリは。いいぜ、そんなこと言うのなら、リリの秘密ママに教えちゃおう」
「妾の秘密?」
「そう、今日の玄関」
その一言で、思い出した。
小夜子に会えると思っていたのに、会えなかった。
少し待てば会えると分かっていたのだが、今すぐにも会いたかったリリシアは、寂しさを抑えきれず、その青い瞳の目元に涙を溜めてしまったのだ。
「ねえ、ママ、実はね、リリって今日、うちに来た時に………」
「言うな、鳴恵。それ以上、小夜子に言うと、妾の魔法で鳴恵の口を塞ぐぞ」
「でも、その前に、ママに教えてやるもんね」
「だから、言うでない!!」
草が萌える土手で、リリシアの怒声が木霊する。
神野小夜子、そして、その娘の鳴恵。
彼女といると、リリシアは人形ではなくなる。
教会の人形でも、魔女の人形でも、青の人形でもない。
ここにいるのは、リリシア・イオ・リオン。一人の少女だ。
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