M-5:第二話
M-5:第二話
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抜き足、忍び足、差し足………で良かったかな?
もうあたしが生まれてくるよりも前の言葉だから、よく分からないよ。
あたし、久我定香は今、大好きなお兄ちゃんのお部屋に侵入中。
これは不法侵入や、夜這いならぬ朝這いじゃないからね。
あたしの呼びかけに起きないお兄ちゃんが悪いんだよ。
「う~ん」
うわああ、お兄ちゃんの寝顔っていつ見てもスイートキューティー。
もう、一気にあたしの想いなんて弾けちゃいそうだよ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、朝だよ」
あたしはお兄ちゃんが起きない程度に肩を揺する。
やっぱ、既成事実って言うのは大切だとあたしも思うんだよ。
それでも、お兄ちゃんが起きない事を確認したあたしは、いよいよ今朝の目的を果たす。
ゆっくりと目を瞑ってお兄ちゃんの柔らかそうなほっぺに唇を寄せていく。
しゃあああ。
胸のドキドキが止まらないよ。
お兄ちゃんの匂いがすぐそこでするよ。
もう後、刹那であたしの唇とお兄ちゃんのほっぺが触れるという運命的な瞬間に、
ピンポ~ン
空気を全く読まない侵入者があろうことかチャイムを大音量で鳴らしたの。
あたしは慌ててお兄ちゃんから飛び退いた。
なんか、雰囲気ぶちこわしで、あたしの想いは怒りで弾けちゃいそう。
こんなムードでお兄ちゃんとはキスしたくない。
あたしは、頬を膨らませながら、階段を下りて玄関へと行く。
あたしとお兄ちゃんとの幻想的な一時を壊した罪は大きいよ。
もし、あたしがまだ『弾ける想いを届ける魔法天使 パラレル・ティーカ』だったら、迷うことなく魔法の三発ぐらいぶつけてあげるのに。
でも、あの変な魔法の杖は、グリーン・ソードっていう美少年にあげたし、今のあたしは、お兄ちゃんに恋するただの久我定香、どこにでも平凡な女子高生なんだよ。
「は~い。どちら様ですか。久我家は新聞、宗教、恋愛、保険、職業、笑顔すべて間に合っておりますので、業者の方はお引き取り願い………」
「さあ、定香、変身だよ」
もう二度と聞く事はないと信じていた声にあたしは硬直してしまった。
今、玄関の前にいるのは、セールスマンでも、宗教の勧誘でもない、あの日あたしが捨てた魔法の杖だ。
宙に浮いた、人語を話す杖と向かい合うあたし。
なんてシュールな光景なんだろう。
あたしは小さくため息をつくと、すぐそこにあった傘立てから百円のビニール傘を取り出して、
「あれ、定香さん。どうしたのですか、うっすらと笑って、なんかすごく不気味なんです……ウッガ」
うるさい蠅をたたき落とすかのように、魔法の杖を傘で殴りつけたの。
はい、お終い。
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