7-5:歌はね、
7-5:歌はね、
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しかし、津樹丸の刃は小歌を貫くことは無かった。
それ以前に本来の標的を射抜くことが出来たからだ。
「意外だね。ここまで、闇法師と同化して、まだ人の心が残ってたんだ」
小歌を突き飛ばし、自らが津樹丸の餌食となった瀬戸乃花。
彼女は人間にしては黒すぎる血で津樹丸を染めながら、笑う。
「乃花さん………」
小歌は現実を受け入れられず、虚ろな目で玉露と乃花を交互に見やる。
助けなくちゃと頭と体が慌てるが、日本刀を胸に突き刺された人間を一体、どうやって救うことが出来るというのか?
「あなた、小歌って名前で良いのよね」
「え? あ、うん。小歌は小歌だよ」
乃花は何処か嬉しそうに微笑むと自分を貫いている津樹丸を握りしめる。
大切な相棒を振れられた事に玉露が顔をしかめたが、もう乃花の視界に剣士は入っていない。
どうしてあの瞬間、自らが盾になってまで小歌を助けたのか。
それは、多分、この人間に、自分と同じ匂いを感じたからだろう。
「これじゃ、小歌。これは、あたしの遺言。しっかりと覚えておきなさいよ」
「うん。うんうん」
小歌は何度も首を縦に振る。
「歌はね、魔法なのよ。それも万人に効き、どんな世界さえも超える、一番の魔法なのよ」
かつて、瀬戸乃花はそう信じていた。
だから、努力なんて言葉じゃ足りないくらいの苦難を乗り越え、ここまでやって来たのだ。
何時しか、人気と売り上げと評判というしがらみに縛られ忘れていた想い。
歌は魔法ではなく、商売道具になってしまっていた。
瀬戸乃花はそんな自分が嫌いだった。
そんな自分を作り上げた世界の全てが嫌いだった。
だから、闇法師に憑かれてしまったのだ。
でも、やっぱり歌は魔法だったんだ。
どんなに汚れた心であっても歌は人を救えるんだ。
瀬戸乃花は最後に小歌からそれを教えてもらった。
「うん、知ってるよ」
小歌は笑ったが、その笑顔を見る相手は既にいなかった。
玉露の振り上げた津樹丸が瀬戸乃花を両断していた。
緑の魔力に包まれ、闇法師は燃え上がりこの世から完全に消滅する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦いが終わった後、世界に乾いた音が木霊した。
平手が赤く腫れた小歌と、頬がうずく玉露。
世界に鈍い音が響く。
くの字に体を曲げた小歌と、拳をきつく握りしめた玉露。
三と二。
二人の魔法使いは、その後何も言わずに立ち去った。
一人は子どもの頃から受け継いでいた使命を、一人はここで受け継いだ歌という名の魔法を胸に抱きながら、別々の道を歩いていく。
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