1-2:偶然の出会いだけど
1-2:偶然の出会いだけど
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝がやってきた。
出来れば昨夜の出来事は夢であって欲しいと流誠は願ったが、一夜明けてもあの時負った手の傷は消えていないし、何より目の前で飛び回っている紫色の妖精は、騒がしくこの世界の事をアレやコレや尋ねてくる。
そんなやりとりを午前中ずっとしていたら、紫色の妖精は唐突に外へ出ると言い出したのだ。
「君さ、普通に出歩くつもりなの?」
「もちろん、そーよ。あたしこの星に来たばかりだから、何も知らないしね。あんた、あたしのナイトなんだから、しっかりとあたしをエスコートしなさいよ」
掌サイズの妖精―ティーカ―は迷い無く断言し、自慢げに流誠を指さした。
「君の存在が世にばれたら、世界中大混乱間違いなし。それこと、どこぞやの悪徳商人に捕まって、一生見せ物として暮らす生活の第一歩だよ」
流誠の心配に、しかしそれでも、ティーカは人を少し小馬鹿にするように鼻で笑うのだった。
「安心なさい。あたし、これでも魔法が使えるんだからね。あんた以外の奴には見られないようにちゃんとステレスの魔法をかけるわよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなやりとりの後に、二人で外に出かけたのだが、それは流誠にとって試練の連続であった。
「ちょっと、アレは何なのよ」
流誠の耳元で、ティーカが声を荒げる。
元が好奇心旺盛な性格なのだろうか、外に出てからの彼女は、部屋の中にいた時よりもハイテンションで流誠に色々なことを聞いてくる。
聞いてくるだけならまだ良いのだが、羽の生えた彼女は、人の流れ、交通規則その他諸々を無視してあっちやこっちに行ってしまうので、流誠としてみれば彼女を追いかけるのだけで精一杯でもある。
「ちょっと、遅いわよ、流誠。あたし、今度はあの美味しそうな匂いのする所に行くんだから、早くしなさいよ」
そう言うと、ティーカはその紫色の羽根を羽ばたかせ、12階建てビルの最上階まで一気に飛び上がったのだ。
「だから、ボクに羽根はないんだよ!」
流誠の叫びはティーカには届かず、代わりに道行く人々から奇異の目で見られるだけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
12階建てのデパートの最上階にあったのはクレープ屋だった。
甘い匂いに負けたのか、ステレスの魔法を使って、流誠以外の人間には見えなくなっているティーカは、店主にだまって生クリームを拝借していたりする。
まあ、元が掌サイズの妖精だから黙って食べても量がしれている。幸いに店主も無銭飲食しているのはばれていないようだ。
「まったく、良い笑顔してるね」
生クリームを無邪気になめているティーカの笑顔見ていると、最上階まで駆け上がってきた疲れが取れていく気がした。
生クリームに夢中だったティーカもやっと流誠の存在に気づいたようだ、口の端々が白くなった顔で、
「遅いわよ、流誠」
とまるでいつもように文句を言う。
出会ってから時間は経ってないのに、そんな彼女の顔がいつもの表情と思えるのは、どうしてだろう。
さっきの笑顔が一瞬で不機嫌顔に変わったことがなんだがおしい。出来れば、もっと笑っていて欲しい。
そう心の中でだけ思うと、流誠は財布を手に、クレープを注文するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇