M-44:あたしはお兄ちゃんが
M-44:あたしはお兄ちゃんが
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目を覚ましたもう一人の”あたし”はこの杖は何を言っているのだろうと冷めた目でイリルを見つめていた。
「あの、定香さん。やっぱり、大丈夫ですか? なんかそんな冷めた目で見られ続けると、流石に自分も傷ついてしま………ゲッフ」
そして、急に何かを思い出したかのようにハッと顔を上げて、それはもう綺麗さっぱり迷い無くイリルを放り捨てて、今だに目を覚ましていない彼の元に駆け寄った。
「蘭さん、蘭さん、蘭さん! 大丈夫ですか、目を覚ましてください、蘭さん!!」
もう一人のあたしは近衛蘭の肩を必死に揺さぶり続けながら叫んでいた。
そこにいるのは確かにあたしなのだけど、あたしには目の前のあたしがあたしには見えなかった。
そう、目の前のあたしはあたしのよく知っている彼女と、とてもよく似ていた。
あたしは一度深呼吸をして、あたしの腕を見た。
そこは初雪のようなきめ細かい美しさを持っていた。
あたしは胸を触った。そこは片手で収まりきれない大きさと程よい弾力を持っていた。
そして、あたしは手を見た。
そこにはやはり、桜色の指輪がはめられていた。
「ああ~~、そう言うことなのね」
あたしは、やっとあたしと愛理子の体に起きてしまった事を理解した。
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それから近衛蘭はすぐに目を覚ました。
けど、目が覚めた時の一言目が「君は誰だ?」って言葉だったから、彼を必死に目覚めさせようとしていたあたしが泣き出してしまって、宥めるのはとても大変だったよ。
まあ、大好きだった人に「君は誰だ?」って言われて、自分自身に宥められたら錯乱するなって方が無理かも知れないけど。
と、そんな事があったけど、なんとか無事に全員意識を取り戻した。
色々と確認しなくてはいけないことがあったけど、道のど真ん中かで話し合うのも落ち着かないって事で、一行はあたしとお兄ちゃんの愛の巣……もとい、家に移動してリビングに集合していた。
「はい、お兄ちゃん。ホットミルク、砂糖は二個と半分入れて置いたからね。愛理子と蘭さんは紅茶で、ミルクと砂糖はコレを作ってね。イリルは………、話の筋を脱線させように黙っておいてね」
そう言って、みんなに飲み物を配り、最後に自分用のホットミルクを自分の前に置いてから、あたしはお兄ちゃんの横に腰掛け、息を吸い込んだ。
「う~~ん、お兄ちゃんの匂いがするよ~~~。はああぁああ、幸せ」
っとあまりの嬉しさから思わず、心の声が口を裂いて出て来てしまった。
きゃああ、恥ずかしい。またお兄ちゃんに、変な妹だと思われちゃうよ。
「ちょっと、定香ちゃん、わたしの体でそんな変態的な発言は控えてください。
っというよりもあなたは何故、わたし達の精神がこうして入れ替わってしまったというのに、そんなにも平穏でいられるのですか?」
とあたしの目の前に座るあたしの中にいる愛理子がそんな事を言ってきた。
そうのよ。どうも、あたしと愛理子の精神は入れ替わってしまったみたいなの。
イリルが言うには、次元周波数を矯正する際に生じた副作用みたいなモノだって言っていた。
正確にはしっかりとした機関でしかるべき調査を受けて、対処方法を見つけ出していなくてはいけないとか言っていたけど、あたしはこの体を手放すつもりは全くない。
だって、
「だって、愛理子は嬉しくないの。あたし達はやっと、あたし達が手に入れたいけど、絶対に手に入らないと諦めていたモノを手に入れることが出来たのよ。
もう、細かい理由とかそんなのはどうでも良いの。
あたしは、ただ本当にあたしの夢が叶うって思うと、もう溜まらなく嬉しいのよ」
「わたし達が手に入れたかったモノ…………っは!!」
愛理子(体はあたしのだけど)が大きく口を開けたまま、硬直した。
そしてその状態のまま瞳に涙が溜まって零れていく。
っむ、なかなかに器用なまねをしてくれるわね。でも、あたし達はそんな体が硬直してしまうぐらいの幸福を手に入れることが出来たのよ。
「ば~~か。気づくのが遅いのよ、愛理子。
あたしたちは、手に入れたのよ、お兄ちゃんと血が繋がっていない体を。
あたしはお兄ちゃんの妹、愛理子は蘭さんの妹。
その事実は変わらないわ。でも、今は、あたしの体は愛理子のモノ、そして、愛理子の体はあたしのモノ。
あたしと蘭さん。お兄ちゃんと愛理子。
この二人には血の繋がりはないわ。つまり、あたし達は愛せるのよ、この世界で一番大好きな人を。
許されるのよ、愛する人と結婚する事を。
授かれるのよ、愛する人との間に子供を。
あたし達にこれ以上の幸せがある?」
愛理子は何も言えずただゆっくりと首を横に振った。
そして、あたしの言葉の意味を理解するぐらいの時間がたった瞬間、押さえ込んでいたバネが急に弾けたかのように近衛蘭に抱きつき、彼の胸の中で嗚咽を漏らし続けた。
「好きです。 好きです。 好きです。大好きです。
あなたを愛してます。
わたしを愛してください。
わたしのお兄様。好きです。あたしはあなたを心の底から愛してます。
この想い、秘め続けてきた想い、今、ここで満開に咲き乱れさせても、よろしいでしょうか?」
近衛蘭はそっと愛理子(くどいようだけど、体はこのあたし)の頭に手を乗せた。
「私は、ずっと闇の中に囚われていた。
でも、私の心までは闇に喰われることはなかった。それは多分、私自身に秘めた想いがあったからだと思う。
愛理子は私が闇に喰われる寸前に、その想いを私に打ち明けてくれた。
でも、私はその想いに返事を返していなかった。
だから、君へ伝えなければならない想いがあったからこそ、私は闇へ飲み込まれずに、またこうして姿は変わってしまったけど、愛理子の想いに再会できたのだと思うよ」
あたしとお兄ちゃんとイリルの視線があることなど無視して、近衛蘭が愛理子に口づけをした。
唇と唇だけだ軽く重なり合うだけの短い接吻。
だけど、想いは伝わった。
「愛理子、私は、姿が変われど、君を愛している」
秘め続けていた想いの花が満開に咲き乱れた瞬間だった。
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