M-43:ハッピーエンド
M-43:ハッピーエンド
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「定香」
声が聞こえる。
あたしの大好きな声が聞こえる
「定香」
あ~~、心の奥まで染み込んでいくこの声をいつまでも聞いていたい。
「定香。学校遅れちゃうよ」
その一言であたしは思わず飛び起きてしまった。
慌てて枕元の時計を確認しようとするけど、そこに時計などなかった。
そもそも、あたしはベットじゃなくてアスファルトに投げ出されるような形で眠っていたみたい。
あれ、あたしは確かアトロポスを持って次元を断ち切って、そして、アトロポスが消えて、愛理子達と一緒に次元を戻ってきていたら、馬鹿イリルのせいで大きな揺れが襲いかかってきて……、そして気を失ったんだ。
「おはよう。定香。
やっぱり、いきなりの事で自分の身体に起きたことが理解できていないよね。ボクも正直、びっくりだけど、大丈夫、時間をかけてゆっくり、理解していけばいいよ。
ボク達に時間はたくさん残されているんだから」
声が聞こえた。
ありえないはずの声だけど、この心地よい声色は確かに空気を振動させてあたしの鼓膜を震わせている。
これはあたしが作り出した幻聴じゃない。
あたしはそう信じたい。
あたしは恐る恐る顔を上げていく。
怖かった。
もしかしたら、そこにいるのはまたお兄ちゃんとは別人なのかも知れなかったから。
でも、あたしは信じた。
何を信じたのかは、あたしもよく分からないけど、とにかくあたしは信じることにした。
顔を上げた先、そこには、あたしのお兄ちゃんがいた。
「………お兄ちゃん」
「うん。お帰り、定香」
あたしは両手を口元に当てて、大きく目を見開いた。
どうしてお兄ちゃんがあたしの目の前にいるのか分からないけど、お兄ちゃんがそこにいてくれる。
あたしに大切なのは、その真実だけであり、あたしは何度も”お兄ちゃん”と呼びかけて続けた。
「定香さん。もしもし、定香さん。大丈夫ですか? 定香さん、返事してください!!」
そんなあたしの人生でもっとも幸せな瞬間を、あの空気を読めない声が遮っていた。
何よ。
あたしはこうしてピンピンしているじゃない。
このあたしの何処が大丈夫じゃないって言うのよ!
と怒鳴ってやろうと声のする方を振り向いた瞬間、あたしは言葉を無くした。
そこにはイリルがいた。
そして、彼の前で”あたし”がアスファルトの上にまるで死んだかのように倒れ込んでいた。
「あれ?」
あたしは訳が分からず、あたしを眺め続けていた。
イリルは相変わらず、あたしに呼びかけているけど、アスファルトの上に倒れ伏せているあたしは一向に目覚める気配がない。
だって、そりゃそうだよ。
あたしはここにいるんだから。
そして、あたしは、あたしの体に何が起きてしまったのか、やっと理解した。
どうして、お兄ちゃんがあたしの目の前にいるのか、
どうして、あたしは倒れ伏せたあたしを眺めているのか、
これで全て理由がつく。
「そっか、あたし、死んじゃったんだ」
死因は多分、次元を越える際に感じたあの揺れかな。
あれはかなり酷い揺れだったから、脳がおかしくなってしまったのかも知れないし、もしかして血管の何処かが切れたのかしてない。
まったく、相棒を殺してしまうなんて、どれだけ空気が読めていないのよ、イリル。
でも、あたしはあんたを恨んだり、呪ったりなんてしないわよ。
だって、あたしはこうしてまた、お兄ちゃんに出会えたんだもん。
お兄ちゃんとまた暮らせるんだから、あたしはきっと幸せになれるから。
ありがとうね、イリル。
そして、愛理子、あんたも幸せになりなさいよ。
あたしは大切な相棒と仲間に別れを済まして、お兄ちゃんの方に向き直った。
「お兄ちゃん。黄泉の国ってどんな所のかな。
それとも、あたしは天使だから、やっぱり天国に行けるのかな。
でもね、あたしは地獄だってお兄ちゃんと一緒に居れれば、それだけで天国になるんだよ」
あたしはお兄ちゃんに抱きついた。
豊かな双球がむぎゅって潰れてお兄ちゃんの腕を包み込んだ。
死んだから無理かもと思ったけど、大丈夫だった。
死んだもの同士、こうして触れあうことも出来る。
あたしにはもうこれだけで十分だった。
「だから、お兄ちゃん、生きている間は無理だったけど、死んだら、血のつながりなんて関係ないよね。
だから、向こうで一緒に結婚式上げよう。二人で夫婦になろうよ」
あたしはお兄ちゃんの顔を見上げた。
そして、違和感を感じた。
あれ、お兄ちゃんの顔をってこんなに近かったけ。
それに、あれ、さっきのむぎゅって胸が潰れる感覚は何?
全然自慢じゃないけど、あたしは貧乳だったはず。
何かがおかしかった。
あたしはもしかしてもの凄い勘違いをしているんじゃないのだろうかと疑念が渦巻き始めた。
でも、答えは見つからない。
そして、訳が分からない状況はさらに加速した。
あたしの見ている前で、
「あ、定香さん。よっかた。やっと目覚めてくれたのですね。
全く反応ないから、死んだのではないかと思いましたよ。本当、本当、本当良かったです」
”あたし”が目を覚ましたのだ。
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