36-2:受け継がれる想い
36-2:受け継がれる想い
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紫の魔法天使が持つ、杖。
過度とも思えるほど装飾されたソレは、他の物が見れば、変身ステッキに見間違えてしまったかも知れない。
しかし、次元監視者である彼だけは、その杖が何者であるか知っていた。
当然である、彼らは同業者であるのだから。
『お主が、イリルだな』
『はい。こうして直接お話しするのは、初めてですね。ですが、自分もあなたのご活躍は何度も耳にしておりますよ、次元監視者、来名秋生さん』
次元監視者のみが使うことが出来る共有ネットワークを使い、テレパシー通信をする二人の次元監視者。
『小職も、お主の噂を聞いていた。フェイトが一つ、アトロポスを追う次元監視者がいるとな。しかし、まさか、この場に現れるとは思っても見なかった』
『あ、ソレは自分もです。でも、定香さん……。あ、自分を持ってます、この如何にもわがままそうな人の事です。
定香さんは一度決めたら、もう絶対に自分の忠告なんて聞かない人でしてね。もう、止める間もなくここに来てしまった訳ですよ。あははは』
もはや、諦めの境地に達しているのか、テレパシー越しにイリスの乾いた笑い声が聞こえてきた。
だが、白銀の髪を持つ彼女と出会った今の秋生になら分かる。
この乾いた笑い声は、イリルの定香への信頼から来ている声なのだと。
だから、なのだろうか。
秋生は柄にもなく意地悪な質問をしてみた。
『しかし、アトロポスがあれば、次元を止めることが出来るかも知れぬが、そのMSデバイサーはもっとも扱いが難しいMSデバイサーである。
あそこまで成長を始めた次元。果たして、その少女に斬ることが出来ると思っているのか?』
『もちろんですよ。定香さんの想いの強さは、彼女の腕の中でずっと見てきました。
だから、これは断言出来ます。彼女はアトロポスを扱いこなせます。もし、扱いきれないのなら、その持ち前の向こう見ずなハングリーさで、彼女のお兄様への想いを何倍にも弾けさせて、無理矢理にでも使いこなしてしまいます。
久我定香、自分の選んだ魔法天使パラレル・ティーカはそういう人なんですね。ちょっと、自分への扱いが酷いのが玉に瑕なんですけどね』
イリルは迷い無く言い切った。
彼がそこまでいうのなら、大丈夫なのだろう。
そう確信した秋生は地面に腰を下ろし結末を見届けることにした。
自分が最後に担当する事件の終わりを心に焼き付けるために。
「ねえ、ライナさん」
そんな彼のすぐ横にゴスロリ姿の歌姫も腰を下ろしてきた。
彼もまた、アトロポスを持つ天使を見守りながら、静かに尋ねてきた。
「ライナさん。次元監視者を辞めるつもりなんでしょう。クロートを発端としたこの事件で、次元を危機に陥れた責任を取るために……」
幸多はいつから秋生の決意に気づいていたのだろうか。
秋生は静かに自嘲的な笑みを刻み込み、付け加えた。
「それだけではない。小生はこうして、幸多殿や近衛乱達、次元監視者ではない者達を、他の次元に招き入れた。クロートを止めるためにはこれしかないと判断したが、次元監視者に取ってはこれは次元を不安定にさせる禁忌である。その禁忌を犯した罰も含め、この事件が終われば、小生は次元監視者を辞める」
朱の次元監視者が見つめる先で、紫の魔法天使がその相棒をラケシスに向かって投げ飛ばした。
「もっとも、この事件ももうすぐ終わるようだがな」
その呟きが小歌に届いたのか、あるいは届かなかったのか。
朱天使の決意は、白歌姫の決意に繋がった。
「なら、小歌も決めたよ。ライナさんの、その想いを、今度は幸多が受け継ぎます」
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