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M-35:そして、

M-35:そして、


「サクラ……タスケテクレ。…………サクラ……タスケテクレ、トメテクレ、クロートヲ」

 

 返ってきたのは鮮明な声じゃない。

 月並みな表現だけど、壊れかけのラジオみたいなひび割れた声でしかなかった。

 でも、どれだけ聞こえづらくとも、あたし達魔法天使がその想いを聞き間違えるなんて事はない。


 これは、近衛蘭の声であり、彼から送られた想いである。


「蘭さん………。蘭さん、生きてますの。本当に生きてる。そして、蘭さんがわたしに……」

 シリアル・アリスが両手で口を被い、両目から流していた。

 彼女からこぼれ落ちた涙があたしの頬にこぼれ落ちてくる。

 冷たくて、でもそこに籠められた想いは火傷しそうな程に熱くて、あたしまで共感して涙がこぼれ落ちそうになってしまった。


「ええ、助けを求めているわね」


 でも、泣いちゃいけない。

 この涙は愛理子にだけ許された涙。

 近衛蘭を想い続けてきた彼女だけが流せることが出来る想いの激情。

 だから、あたしは想いを堰き止めるように彼女の言葉にならない後を引き継いだ。

「ええ。えええ。ええ」

 愛理子は何度も何度も首を縦に振った。

 さて、近衛蘭の無事って言うか、まだ彼が死んではいない事は確認できたけど、これからどうしよう。

 これでやっとスタート地点に立ったようなモノで、近衛蘭を助け出すには、どうやって彼の元にたどり着くか、どうやってクレデターに喰われた彼を助け出すか?

 問題は山積みだ。

「でもま、なんとかなるでしょう。あたし達、二人の魔法天使がいれば、ね」

 

 この時のあたしは、正直に言って油断しきっていた。


 世界はあたしの魔法で時間を止めたままだし、宿敵であったシリアル・アリスとは既にその想いを分かり合っていて、敵なんて何処にもいなかった。




 そんな風に思い上がっていた。




 そう、あたしはそいつの事を知っていて、ソレが全ての悲劇の元凶だっていうのに、あたしは油断しきっていた。


「え?」


 愛理子の引きつった声が聞こえてきたと思うと、彼女は腰を抜かしたかのようにその場にしゃがみ込み、全てを否定するかのように首を何度も横に振り続けていた。

 その顔はあたしが今まで見たことがないぐらいに恐怖に引きつって………いや、あたしは一度だけ彼女のこんな顔を見たことがある。

 

 近衛蘭がクレデターに喰われたあの瞬間だ。


 あたしは視線をそっと横に動かした。

 愛理子の顔を見た瞬間から予想していた通り、そこには、クレデターいた。


「きっと、定香さんの放った愛理子の想いに引き寄せられてこの次元に来てしまったんです。定香さん、やばいです。速く逃げないと、あいつに喰われてしまいますよ!」

「忠告ありがとう、イリル」

「はい? なんか、そんな素直に返されると逆に調子狂うっていうか。定香さん、もしかして頭強打しているとか? 大丈夫ですか?」

「あら、あたしはお兄ちゃんに本気で恋している事以外は常に正常な頭をしてるわよ。

 でもね、身体は大丈夫じゃないみたい。まだ全然動けそうにないの。

 イリル。あんたは独りで飛べるでしょう。なら、あたしがクレデターの餌になるから、愛理子を連れて、逃げなさい。

 そして、愛理子を近衛蘭の所へ連れて行きなさい」


 あたしはそっとイリルを握りしめていた手の力を緩めた。


「もっとも、あんたは勘違いしそうだから、先に言っておくわ。あたしは死ぬつもりなんて毛頭無いからね。

 近衛蘭はクレデターに喰われても生き続けて、今も愛理子に助けを求めている。

 なら、あたしもクレデターに喰われて生き続けてやるわ。そして、あたしも想い続けて待つの。

 お兄ちゃんって言う最高の騎士が、クレデターからあたしを助けてくれるってね」


 でも、あたしは甘かった。


 本当、この世界の物語を書いている作者って奴がいたらイリルで三発は殴りつけてやらないと気が済まないってぐらいに、終わりは前触れもなくやってくる。




「お兄ちゃん?」




 あたし達魔法天使以外はすべて止まっているはずのこの世界で、

 何故かお兄ちゃんが突然とあたしの前に現れて、

 そして、あたしを守るためにクレデターの前に立ちはだかり、

 近衛蘭がそうであったように、




 クレデターに喰われた。




 あまりにも唐突だった。

 思考が現実についていかない、つけいけない。


「お兄ちゃん?」

「誠流様?」


 あたしと愛理子がそろって呆然とした瞳で、お兄ちゃんを喰らったクレデターを眺めている。

 あたしも愛理子もそうすることしか出来ない。

 クレデターのお兄ちゃんを食べた口らしき部位から、涎が垂れて、あたしの顔に堕ちてくる。


 気持ち悪いけど、その涎を払う気力さえ、今のあたしには残っていない。


 ここでこのクレデターに喰われたら、あたしはお兄ちゃんを一緒になれるのかな?

 なんて堕落した想いがあたしを支配しそうになった。

 愛理子が、そしてサクラ・アリスが狂った理由がやっと分かった。

 あたしも狂いそうだった。

 狂ってしまいたい、この行き場を無くした想いに全てを任せて、現実ではなく空想という世界に逃げ込みたい。

 そう想ってしまう。

 あたしはもう一度、イリルを握りしめた。

 そうすることで勇気を、奮い立たせた。


「お兄ちゃん!! あたしは、お兄ちゃんの事が大好きよ!! 好きで、好きで、実のお兄ちゃんを愛するぐらいに狂ってしまうぐらいに、お兄ちゃんの事大好きよ!!!!!」


 あたしは叫んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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