35-8:七人目の敗北
35-8:七人目の敗北
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残された魔法使いはただ一人、そして彼に残されたカードもまた一枚だけである。
次元の命運を左右する銀色の魔法石に七人目の魔法使いは手を伸ばし、黒蘭色のクレデターもまた手を伸ばした。
どうしてであろうか、桜色の次元にいる二人の闇色はまるで、こここそが自分の居場所であるかのように光り輝いているように見えた。
二つの闇の想いが銀色の魔法石に向かい伸ばされる。
(なるほど。お前が私という訳か。サクラがクロートを発動させたのは、お前を呼ぶためだったのだな)
二つの闇はまさに互角であった。
ここにいたっては魔法など無用である。
伸ばした手の先にあるラケシスを手に入れるのに必要なのは、魔法など言う小細工ではない。
必要なのはただ一つ、愛する者への想いただそれだけだ。
乱の中に走馬燈の様にサクラと出会ってからこれまでの出来事が思い出される。
牢獄で出会った謎の異次元人は、呆れるほどの天然娘で、何を想ったのかこんな犯罪者に懐いてきた。
何もない牢獄で、でも彼女だけはどうしてかいつも楽しそうに側にいてくれた。
幸せだった。
彼女が側に入れてればそれだけで、あの豚箱でのまずい飯も美味しく感じられた。
あの幸福がいつまでも続くなど思ってはいなかった。
そして、現実もその通りになった。
次元監視者と名乗る朱の天使が彼女を連れて帰ったのだ。
何も出来なかった。
彼女から預かったMSデバイサーを持ってしても騎士は守り抜くことができなかった。
しかし、物語はそこで終わらなかった。
彼の前に闇に飲み込まれたもう一人の自分が現れたのだ。
そして、闇に浸食されたもう一人の自分が教えてくれた。
愛する者が狂気という色に染まっていることを。
そこから先の出来事はもはや語る必要もなく、彼はついに彼女の元にたどり着いたのだ。
想いに差などなかったのだろう。
しかし、もし違いがあったとしたら、それは愛する者を救えた者と、今だ救えぬ者であったという所だろう。
正しいなどではない、強いなどいう事ではない。
違ったのはただ一つ、想いが叶ったか叶っていないかという、そこだけである。
黒蘭色の想いが銀色の魔法石に届いた。
乱は小さく舌打ちして最後のMSデバイサーを取り出した。
呪文が漆黒のカードに刻まれる。
が、最後のプロミス・オブ・ASから魔法が発動される事はなかった。
黒蘭色のクレデターがラケシスに触れた瞬間、ラケシスが起動を始めたのである。
白銀の魔法石から溢れる光にプロミス・オブ・ASは溶かされた。
しかし、乱は引き返さない。
ここで止めなくてはならない。
愛する彼女のために、そして目的は違えど、目標は同じである仲間達の想いのためにも、乱は手を前に伸ばす。
そこにある銀色の魔法石、次元を成長させる魔力を秘めたフェイトが一つラケシスを奪い取るために。
だが、やはりその手はラケシスに届くことは無かった。
何故なら、あの黒蘭色のクレデターは自分であるから。
そして、サクラが狂気の渦から解放されてもなお、クロートを発動させたのは、彼を救いたかったから。
近衛乱は騎士である。
サクラ・アリスを守る、闇騎士である。
サクラが命をかけて救おうとした存在を、騎士が救う。
その事に何の迷いがあろうか。
だから、乱はラケシスにではなく、黒蘭色のクレデターに触れたのだった。
「っっつく」
ラケシスが生み出す魔力に弾かれ、乱もまた桜色の壁に叩き付けられた。
黒蘭色のクレデターに触れていたのは刹那の間のみ。
しかし、それでも、黒蘭色のクレデターから想いが乱の中に流れ込んできた。
それは、まるで咲き乱れるかのような想いの濁流であった。
七人目の魔法使い―闇騎士:近衛乱―の敗北は、黒蘭色の想いが咲き乱れ、それは想いを届ける道標となる敗北であった。
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