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35-7:二人目の敗北

35-7:二人目の敗北


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 怖くないなんて、嘘だ。

 怖くて堪らない。

 本当は今すぐこの場を逃げ出したいと剣士は思っていた。


 黒蘭色のクレデターとの戦いで仲間達のMSデバイサーが数多く壊れていくのを目の辺りにしてきた。

 このまま戦い続ければ津樹丸がまた壊れてしまう。

 そんな恐怖が玉露を包み込んでいた。


 しかし、かつては弱さとして嫌悪していた恐怖という感情も今の玉露は自然と受け入れることが出来ていた。

 津樹丸を握りしめる手、かつては津樹丸しか握る事が出来なかったその手は、今は違う。


 冷たくて、でも力強いリリシアの小さな掌。

 温かくて、でもちょっと堅い鳴恵の雄々しい掌。

 その手は今は、大切な友人と手を繋ぐことが出来る。


 月島の一族で育ち、隔離された世界でただ闇法師を狩るという運命のためだけに生きてきた日々。

 唯一の相棒を除き、誰にも心を開かず、開いて貰えず、そして、開けなかった剣士が出会えた友が、恐怖の底から救い出してくれる。


 だから、怖いけど、大丈夫だ。


「津樹丸。行くよ」

 桜色の次元に銀色の魔法石が舞っている。

 津樹丸ではじき飛ばしたラケシスが重力に従ってゆっくりと降下している。

 玉露と乱と黒蘭色のクレデターが皆、この戦いの決着を運命づけるMSデバイサーに標的を定める。


 三人が駆けた。


 ラケシスに近いのは乱と黒蘭色のクレデターであり、鳴恵の魔法により神速の加速度を得た代償として玉露は黒蘭色のクレデターから少し放れた場所に移動していた。

 この距離間ではどうあがいても、ラケシスを黒蘭色のクレデターから奪い取ることは出来ない。

 ならば、壊すまでだ。



「双花両斬!」

『翠式連舞』



 津樹丸が光り輝き、緑の斬撃が放たれる。

 一騎当千の剣士が放った必殺技は誰よりも早くラケシスにたどり着いたが、しかし、銀色の魔法石に傷一つ追わせることが出来なかった。

 緑剣士が次の攻撃に出ようと再び、津樹丸に魔力を込めた瞬間、黒蘭色のクレデターが玉露を見た。



 黒蘭色のクレデターの闇よりも深い歪みが玉露の中に残っていた闇を呼び起こした。



「うっわぁぁぁ」

 津樹丸を落とし、玉露は自分の胸を押さえつけた。

 確かに全て浄化したと思っていた。

 しかし、あの闇緑剣士として闇法師に憑かれていた時間が長かったためだろう。


 闇法師のごく一部が既に玉露と一体化していたのだ。


 それは本当にごく一部、月島の本家で持ってしても果たして何人気づけるのだろうかという僅かな闇。

 しかし、その闇が黒蘭色のクレデターに刺激され、動き出したのだ。

 恐怖はない。

 これぐらいの闇ならすぐに抑えつけることが出来る。

 身体を乗っ取られることもない。


 それに、もしこの身体がまた闇色に支配されても友が救い出してくれる。

 だから、怖くなど無かった。

 

 そして、気づいた。


「そっか。あなたも一緒なんだね。あなたも待っているんだ」

 胸を襲う激痛に耐えながら、かつて闇法師―クレデター―にその全てを支配された事のある魔法使いは、黒蘭色のクレデターを見つめ続けていた。




二人目の魔法使い―緑剣士:月島玉露―の敗北は、剣士にけして消えない傷が残っていることを知らしめ、黒蘭色の想いが僅かに届いた敗北であった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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