35-4:一人目の敗北
35-4:一人目の敗北
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ラケシスが黒蘭色のクレデターの手に落ちた。
流誠はプロミス・オブ・スマイルの砲口を銀色の魔法石に向けた。
ティーカが叫んでいるように、もう少しなのだ。
もう少しで彼女が望んでいた未来が手にはいるかもしれない。
自分と、ティーカと、近衛乱と、サクラ・アリスと、四人で手に入れる小さな幸せの未来がすぐそこにまで来ているのだ。
負けない。
負けられない。
ティーカを守る騎士として、ここだけは負けてはならないのだ。
彼はいつも負けてきた。
里見藍を守るために戦い、負けた。
ティーカを守るために戦い、負けた。
だが、負けてきたからこそ、今の久我流誠がいるのだ。
負けが騎士をさらに成長させてきた。
迷い、立ち止まりつつも、その度に愛する者に背中を押され、やっとここまで来たのだ。
黒蘭色のクレデターは動かない。
動かない標的を狙っているというのに、流誠は魔法を使えなかった。
先程、黒蘭色のクレデターは流誠の紫の魔法弾をいとも簡単に受け止めたのだ。
無策で魔法を連発しても、結果は何も変わらない。
流誠は考える。
黒蘭色のクレデターに勝つための戦略を、愛すべき紫の妖精の願いを、そして、今ここにいる彼の仲間達を。
視線を感じた。
刹那、次元監視者である来名秋生と視線が交差する。
ティーカを守るために幾度と無く刃を交えてきたライバルだから、彼の強さを知り、彼が信頼できる仲間であると断言できる。
流誠は小さく頷いた。
騎士は誰かを護っていなければ、主人公になれない。
しかし、主人公と姫がいてそれだけでは物語は成立しない。
物語には彩る脇役が必要であり、そして、主役もまた別の物語では脇役でしかないのだ。
『Purple Hope Hand』
プロミス・オブ・スマイルから紫色の腕が伸びた。
それは勝利を掴み取るための意思。
大切なモノを優しく抱きしめたい想いの結晶だ。
これまでの敗北を想い出す。
その度に見てきた愛する人の悲しみに満ちた笑顔を想い出す。
守りたいのはそんな笑顔ではない。
もっと彼女たちが幸せに笑っている笑顔を守りたいのだ。
黒蘭色のクレデターが流誠の攻撃に気づいた。
再び流誠の魔法を掴もうと腕を伸すが、その黒蘭色の腕に朱天使の魔法である火球が降り注いだ。
黒蘭色の腕が弾かれ、紫色の腕がクロートを握りしめた。
黒蘭色のクレデターの反応は素早い。
先程、雪色の十字架を破壊したように、プロミス・オブ・スマイルと同じ周波数の次元振動を送り込んでくる。
紫のカードにヒビが走る。
ティーカとの絆、自身への誓約、共に過ごしてきた想い出。
すべてが砕けそうになっているというのに流誠は平静だった。
なぜなら、彼はもう、一番大切なモノを手に入れているからだ。
騎士として、自分がティーカにしてやらねばならないことは想い出を守ることではない。
物語の始まりであった、紫のMSデバイサーが砕け散った。
しかし、物語は終わらない。
紫の腕が黒蘭色のクレデターの動きを封じた僅かな刻が希望を繋げた。
黒蘭色の腕にある金色のブレスレット、今、そこに赤き天使の腕が重なり合っている。
一人目の魔法使い―紫騎士:久我流誠―の敗北は、またしても繰り返されたが、騎士の願いは天使に受け継がれた敗北であった。
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