35-3:五人目の敗北
35-3:五人目の敗北
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絶好の好機であった。
小歌が最後の魔法で作り出した雪色の十字架が黒蘭色のクレデターを完全に束縛している。
リリシアは横にいる来名秋生と目配せをした。
長年、共に多くの次元犯罪者を捉えてきた相棒は小さく頷いた。
秋生は背中に生やした灼熱の翼をはためかせ、リリシアは彼女の友からヒントを得て、足の裏に雷撃を発生させ、二人の魔法使いはまさに神速で黒蘭色のクレデターに迫る。
狙うはただ一点、黒蘭色のクレデターの右腕にある金色のブレスレット、クロートだ。
四と五。
朱と青。
二人の魔法使いの腕が次元を司るMSデバイサーに伸びる。
だが、黒蘭色のクレデターは彼らが肌で感じていたように一筋縄ではいかない相手であった。
秋生の手がクロートにまさに届くその瞬間、狙っていたかのように次元振動が発生したのだ。
次元が、世界が、自身が、すべての根底が揺さぶられるかのような振動に秋生の手元がぶれた。
それだけではない。
この次元振動は雪色の十字架と振動数を合わせていた。
自身が持つ魔法周波数と全く同等の次元振動をぶつけられ雪色の十字架がいとも簡単に砕け散った。
黒蘭色のクレデターが秋生を見た。
次いで、リリシアを見た。
黒蘭色のクレデターと目があった瞬間、リリシアは自身の中に胎動を感じた。
人形である自分は赤ちゃんを産むことは出来ないと言うのに、まるでそこに赤ちゃんがいるかのような錯覚をリリシアに与える。
リリシアは200年以上前に、完全という言葉に支配された魔法使いがあらゆる次元の英知を集結して作り出した人形。
その体内にはあらゆる次元の英知が詰まっている。
次元を成長させるMSデバイサー、ラケシスももちろんその一つである。
リリシアはまるで生理痛でも走ったかのように口元を歪めた。
その隙が彼女の命取りとなった。
朱の羽を生やした秋生よりも、次元の英知を集結して作り出されたリリシアよりも、何よりも早く黒蘭色のクレデターの右腕がリリシアの脇腹を貫いたのだった。
十字に架せられているとは言え、クロートを持っている黒蘭色のクレデターに肉薄したことが仇となった。
全く、何と愚か者であった事だろう。
リリシアは奪われまいと黒蘭色のクレデターの右腕を両手で掴む。
しかし、彼女の小さな腕では何も出来なかった。
一気に黒蘭色のクレデターがリリシアの体内から腕を引き抜く。
その腕の中には、銀色に光り輝く魔法石―フェイトが一つ、次元を成長させるMSデバイサー―ラケシス―がしかと握られていた。
リリシアは人形である、脇腹に風穴が一つ開いたぐらいすぐに回復することが出来る。
しかし、阻止しなければならないのは、クロートを持つ黒蘭色のクレデターが、ラケシスさえも手に入れた事である。
これで、次元を生み出す全ての条件が黒蘭色のクレデターに揃った事になる。
青の瞳を輝かせ、最も得意とする召還魔法を発動させる。
しかし、魔法が発動されるよりも早く、ラケシスを通じて、許容オーバーの魔力がリリシアの中に流れ込んできた。
人形の意思と関係なく、装備されていた非常装置が発動した。
それは、万が一体内から許容オーバーの魔力が流れ込んできた時、リリシアが魔力の暴走で破壊されないよう、一時的に全ての魔力装置を遮断する機能である。
これで、許容オーバーの魔力が流れ込んできたも体内の破壊を最小限に抑えることが出来る。
しかし、一方、魔力装置を再結合するまでは魔力が一切使えないという事態に陥る。
今のリリシアは文字のごとくただの人形になってしまった。
魔力装置を再結合出来るまで少なくとも一時間。
その間、青人形は一切の魔法が使えない。
黒蘭色のクレデターがもはや用無しとリリシアを放り投げた。
五人目の魔法使いはもはや為す術無く壁にぶつかるしか無かった。
五人目の魔法使い―青人形:リリシア・イオ・リオン―の敗北は、まさに、次元崩壊の危機を助長させる敗北であった。
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