35-1:敗北の始まり
35-1:敗北の始まり
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彼はずっと叫び続けていた。
何の前触れもなく、次元の狭間に飲み込まれた時から常に叫び続けてきた。
この体の全てを闇色に染められたとしても、たった一人愛した彼女の名を何時までも叫び続けていた。
その叫びが、願いが、想いが、ついに届いたのだろうか?
彼の前にあった闇が開け、桜色―彼女にもっとも似合う色の光が差し込んできた。
彼は迷う事無く、光に導かれた。
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「サクラっ!!」
意識を、いや命さえも失っているのではないかとも思う友の元にティーカは駆け寄った。
住んでいた次元で畏怖の色として、次元に災いを招く色として恐れられていた紫色。
自ら、望んだ訳ではなく、禁忌の色の羽をはやして生まれてきたティーカ。
誰にも愛されなかった彼女に唯一、分け隔て無く接してくれた初めての友人。
彼女がいたから、ここまで生きてこられた。
彼女がいたから流誠とも出会えた。
ティーカは、この恩を少しも返せていない。
「サクラっ!!」
自らも次元を自由に航行出来る能力を持っていたため、他人には理解されずにいたサクラ・アリス。
彼女は近衛乱という異次元の住民と恋に落ちた。
違法な次元航行を行った事で彼女は次元監視者によって強制送還されたものの、近衛乱との想い出を語るサクラ・アリスは何処までも幸せそうだった。
「死なないでっ!!」
ティーカは小さな体に蓄えた全ての魔力を、左腕に集めた。
あんなにも幸せそうだったサクラ・アリスが豹変したのは、
『もう一度、乱君に会ってくる』
と言って次元を再び越えた後からだった。
再び次元を越えた先で何が起きたのか、サクラは語らなかった。
しかし、サクラがやどした狂気を目の前にして、理由などはどうでも良かった。
ただ、唯一の友に、かつての様な幸せそうな笑顔を浮べて欲しい。
たったそれだけを願って、ここまで来た。
「もう少しなのよ、サクラ。もう少しで。本当にもう少しで」
ティーカは左腕に集めた魔力を、
サクラと共に過ごしてきた想いを、
すべて、桜色の友達に注ぎ込んだ。
「シャアアアアアア!! あたし達が願っていた、望んでいた、夢見ていた、幸せが、手にはいるのよ!!」
そのティーカの真摯なまでの想いが引き金になったのであろうか。
これまで静かに、ゆっくりと、だが確実に桜色の次元を浸食してきたクロートの進行が突然と止まった。
七人の魔法使いの間に走る、一瞬の疑問。
しかし、それは次の瞬間には、驚愕に変わっていた。
まるで、クロート自身がブラックホールへと化したかのように、これまでクロートが生み出してきた黒の次元がクロート自身に吸い込まれ始めたのだ。
危機を感じた魔法使い達は各々の魔法を駆使して、クロートを食い止めようとしたが、その動きを完全に完全に硬直せざるをえなかった。
「あれは、なんだ………」
それは、誰の呟きだったのだろうか?
あるいは皆の呟きであったのだろうか?
七人の魔法使い達の前に、まるでクロートから生み出されてきたかのように、一匹のクレデターが立っていた。
そのクレデターはまるで人間の影が立体化したかのようであった。
しかし、七人の魔法使い達の目を引いたのはそこではない。
そのクレデターの色であった。
黒蘭色。
そうとしか表現できない美しい光沢を持つクレデターが、一体、そこに立っていた。
そして、彼はゆっくりとした、しかし、全くの隙のない動作でクロートを拾うと自らの右腕に次元を生み出すMSデバイサーをはめたのだった。
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