34-2:二人の思いで
34-2:二人の思いで
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「嘘、嘘、嘘、何これ」
漆黒の闇に映し出された想い出にサクラ・アリスは頭を抱えた。
あれほど、念願だったクロートが手からこぼれ落ちたというのに、その事にさえも気づかず、口元を手のひらで覆い、何度も首を横にふった。
「乱君、乱君、乱君、乱君」
乱の生み出した漆黒の闇に映し出されているのは、牢獄の中で過ごした乱とサクラの想い出だった。
囚われの身であった乱と、次元に迷い込み彼の元にやって来たサクラと、二人のが塀の中で過ごした、愛の時間が映し出されていた。
「乱君。ねえ、乱君、乱君!!」
黒の障壁に腕を伸すが、乱の想い出はサクラが触れると霧のように全てが手のひらからこぼれ落ちてしまう。
何度も、
何度も、
何度も、
何度も、
何度も、
滑稽とも哀れとも思えるほど繰り返し、
サクラは手を伸し、
乱との想い出を掴もうとするが、叶わない。
「乱君!!」
その瞳に涙を溜め、地面にしゃがみ込む桜色の狂気。
大切な人が再び消えていく恐怖にサクラは怯え、狂い、乱れた。
目から涙が、
鼻から鼻水が、
口から涎が、
醜くこぼれ落ち、
絶叫した。
「いやああああああああああああ!!」
彼女の騎士はそんな愛する者の醜い姿を見ても、守るという想いに変化は一片たりとも乱れは生じなかった。
「サクラ」
そっと地面に転がったクロートを拾い上げ、愛する者の名前を呟く。
これが、おとぎ話なら愛する者にキスをして、狂気の姫は正気を取り戻し、二人は末永く平和に暮らせましたとエンドマークが付くのだろうか。
そんな感慨を胸に抱きながら、乱は静かにサクラの前にしゃがみ込んだ。
そっとサクラの瞳に溜った涙を拭ってあげる。
「あなたは、誰?」
「近衛乱」
「そっか、乱君と同じ名前なんだね」
サクラはニッコリと笑った。
狂気に彩られてはいない、かつて近衛乱が愛した彼女の笑顔がそこにあった。
「………、お前は、まさか?」
「サクラ・アリスだよ」
そして、彼女の方から乱に向って唇と唇を重ね合わせて来た。
想定外の事態に近衛乱の思考が僅かに遅れた。
サクラの手が懐に伸びてきた事に反応が出来なかったのだ。
クロートが再び、狂気の桜色の手元に戻される。
「ごめんなさい。乱君。わたしはもう戻れないの」
焦点の定まった瞳がしっかりと近衛乱を捉えている。
その瞳には確かな決意だけが残っていた。
「お前は、まさか」
「流石、乱君。わたしの考えていることは全てお見通しなんだね。ごめんなさい。でも、最後に乱君と再会出来たから、もう思い残すことは何も無いよ」
正気に戻っている。
ここにいるサクラはもう狂気に彩られたあの時のサクラとは違う。
それなのに、乱は恐怖していた。
彼女の言うとおり、サクラが何を考えているのか分かってしまったから。
止めろと抱きしめるより早く、サクラは乱から離れていた。
その彼女の右腕には漆黒のMSデバイサーが一枚、握りしめている。
牢獄の中で教えた窃盗術がこんな形で使われた事に舌打ちしながら、近衛乱はサクラ・アリスに向って手を伸したが、騎士の思いはもう届かない。
「ごめんなさい、乱君」
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