33-3:雷の帰還
33-3:雷の帰還
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何をしても間に合わない。
そう判断するだけの時間しか残っていなかった。
玉露はリリシアではないのだ。
清斬を使わずに魔法を発動するにはそれなりの時間がかかる。
ならば、振り下ろされる刀を真剣白羽取りをとも考えたが、敵の刀身には魔法の炎が漲っており触れようものならその瞬間に手首ごと持って行かれることだろう。
玉露は覚悟を決めた。
だが、それは負ける覚悟ではない。
この一撃で左腕の一本を失ったとしてもその先で勝利を掴み取るための覚悟だった。
だから、鉄鬼兵の刀が振り下ろされる間、玉露は恐怖で目を閉じることはしなかった。
何処に逆転のチャンスが潜んでいるか分からない。
好機を見逃さないためにも、現実から逃げ出さないためにも、目を見開いていた。
走馬燈という過去に逃げることもなく、希望がある今を見据えてずっと見ていた。
”僕はこんな事じゃあきらめない”
それは言葉にならない程の確かな想いであった。
その想いが通じた訳ではない。
彼女は彼女の意思でこの場に戻ってきたのだから、彼女が戻ってきたのは剣士の想いが実現したのではない、彼女の想いが実現したに過ぎない。
だが、言い換えれば、それは剣士と彼女の想いが同じであった故での事であろう。
『Thunder BreaK』
爆音が鳴り響いた。
そして、音に遅れる事、コンマ数秒。
鉄鬼兵と玉露の間に黄金色に、輝くナックルカードを両手にはめ込んだ彼女―六番目の魔法使い、神野鳴恵―がまるでテレポーテーションしてきたかのように割り込んできたのだ。
玉露の動体視力を持ってして辛うじて、追えるほどの速度である。
常人であるはずの鳴恵がどうしてそんな速度を出せたのか理解できなかった。
でも、それ以上に鳴恵が無事であったこと、そして、友達が目の前にいること、ただそれだけで不覚にも涙が出てきそうな程に嬉しかった。
いつから、自分はこんなにも涙もろくなってしまったのだろうか?
こぼれ落ちそうになる涙を自嘲することで必死に堪えていた玉露であったが、突如として現れた鳴恵が右手に持っているMSデバイサーに気づいた瞬間、そんな我慢はあっさりと決壊してしまった。
有り得ない、と思った。
どうしてなの、と答えが出てこない。
もしかしたら、鳴恵共々これは幻覚なのかしてない、と自分を疑った。
それでも涙が流れる。
嗚咽を漏らすことなく、ただ瞳から水滴だけが静かに流れ落ちる。
まるで、そうすることでこれが現実であると確認しているかのように何度も流れ落ちる。
鉄鬼兵の腕に力が込められる。
玉露は恐怖した。
また、あの過去が繰り返されるような気がしたから。
でも、過去は繰り返されなかった。
鉄鬼兵の剣を受け止めている、相棒はもう折れることなどない。
これが現実であると玉露に語りかけるようにMSデバイサーが優しく緑色に輝いた。
そして、輝きはさらに増していき、一つの衝撃波となり、剣の鉄鬼兵を吹き飛ばす程の強力な魔法を生み出した。
これは魔力を持たない鳴恵には出来ない芸当、ならば誰が。
簡単だ。
鳴恵が持っている、あの意思を持つMSデバイサー自身が作り出したのだ。
「嘘っ………」
「いいや。これが現実だぜ、玉露」
鳴恵はそう言って、腕にしっかりと握りしめていたMSデバイサーを本来の持ち主である玉露に差し出した。
「悪いな、玉露。すぐに返すと言っておきながら、かなり時間をかけてしまった。まあ、その分、利子付きで返さしてもらうから、これで許してくれないか」
玉露の手に日本刀型のMSデバイサーを返して、鳴恵は鉄鬼兵と向き合った。
ここは戦場である。
再会を喜び合うのは、戦いが終わってからでも遅くはない。
両手に金のMSデバイサーを握りしめ、鳴恵は鉄鬼兵と向き合った。
そんな鳴恵の背中を呆然と見つめている玉露。
流れ落ちている涙はまだ止まらず、鳴恵が返してくれたMSデバイサーの上にこぼれ落ちる。
分かっているはずなのに、小さな頃からずっと一緒だったから、握りしめただけで本物か偽物か判断できるはずなのに、それでもやっぱり信じることが出来なかった。
恐れながら、腕の中にいる緑の刀身を眺める。
そこには文字が浮かんでいた。その文字を見た瞬間、剣士の涙は止まった。
『玉露』
もう、間違えるはずがない。
このMSデバイサーは、玉露の相棒、津樹丸である。
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