32-5:小さな幸せ
32-5:小さな幸せ
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その行為に躊躇いは無かった。
この行為が自分がもっとも尊敬している人を裏切る行為であると分かっているが、躊躇わなかった。
彼が出会ってきた魔法使い達は皆、自分の信念を持っていた。
そして、ある者は信念に囚われすぎて道を踏み外し、ある者は自分の大切なモノを守るために信念を捨てた。
あの次元で売春婦として生きてきた時代は幸多を小歌に変えた。
そして、この一連の事件で小歌はまた少しだけ変わっていた。
もう、後悔はしたくないから、彼は、歌った。
フィィィィィィ
雪色の笛が魔法を奏でる。
それは、来名秋生を守るための魔法ではない。
彼と再開する前までその雪色の笛で守っていた者を再び守るために、守りたかったから、白歌姫は迷いのない歌を奏でた。
流誠を包み込んでいた爆炎が消え失せた。
「流誠っ!!」
紫色の妖精が蒼白の表情で爆風の中を飛びかけるが、すぐに空中にあった何かと衝突し、”あいたた”と額を押さえつける。
そして、そんな痛みも爆風の奥に流誠の無事な姿を見た瞬間に消え失せてしまった。
「これは……小歌君の……」
爆風が無くなり、そこにいたのは雪色の魔法に守られた流誠であった。
あれだけ至近距離で秋生の魔法を放れたというのに、雪色の魔法のおかげで流誠は無傷である。
他人から見ればたったそれだけの事であるが、その事がティーカには何よりも嬉しくて、嬉しすぎて、流誠の無事をその体中で感じたかった。
だが、
「先生、ごめん。大丈夫?」
来名秋生の横をすり抜け、相変わらずのゴスロリ服を着た小歌が流誠の元に駆け寄ってくる。
雪色の魔法を解き、駆けだした勢いのまま、ティーカよりも先に流誠に抱きついた。
「シャアア。小歌、あんた、あたしの流誠に何しているのよ!」
「何って抱きついているんだよ。だって、小歌、これまで先生に嫌われても仕方無いこと沢山してきたから。
幸多のやって来たことに後悔はないけど、でも、小歌はやっぱり、先生やティーカちゃんとも一緒にいたいから。
だから、小歌の愛を先生にも分かって欲しいから抱きついてるの」
スリスリスリと小歌が体中で流誠を感じていた。
「シャアアアアアアアア。このアマ、流誠はあたしの流誠なのよ!」
怒り心頭のティーカが小歌に迫るが、歌姫はそんな大切な友人も彼女の騎士と同様に優しく抱きしめた。
「ごめんね、先生、ティーカちゃん。小歌は、先生がやっていることは絶対に間違えている道なんだと思う。
ティーカちゃんを守るのは大切なことだけど、ティーカちゃんを守るために次元を犠牲になんてしたら絶対に駄目なんだよ。
もう、幸多みたいな理不尽な経験を誰もしちゃいけないんだよ」
そこまで言って、小歌は顔を上げ、紫の騎士と妖精の二人の顔を真っ正面から見据えた。
「ねえ、だから、先生、ティーカちゃん。二人はそれぞれお互いを守るぐらいの力しか持ってないかも知れない。
大切な人も、次元も守るなんてもの凄く難しいことで、二人でだったら到底無理かも知れない。
だったら、小歌も手伝う。次元を守るんだったらライナさんだって手伝ってくれる。乱さんは二人の境遇を分かってくれて絶対に助けてくれる。玉露君も、利害が一致すれば仲間だって言っていた。リリシアちゃんは、普段は無表情だけどその心は凄く優しいって小歌、知ってるから、先生とティーカちゃんを見捨てたりなんかしない。鳴恵さんは、どんな逆境でもどんな困難でも立ち向かっていける人だから、彼女が側にいたらどんな苦境でも乗り越えられると思えるよ」
これまで彼が出会ってきた魔法使い達を想い描きながら、歌姫は騎士に進言した。
「ねえ、先生、ティーカちゃん。二人で駄目なら、みんなでそれぞれの幸せを掴みながら、それでみんなも幸せになれる道を見つけようよ。
二人で出来ることなんて、たかが知れてるからさ、それならみんなでね」
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