M-26:禁忌
M-26:禁忌
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「うふふふ。蘭さんたら、またそんな事を」
「きゃあ、蘭さん。何処を触っているのですか? そこはくすぐったいですわ」
「どうぞ、お召し上がり下さい。わたしが作った手料理ですので、お味はキッチンメイドが作った物より劣るとは思いますが、それでも蘭さんにはわたしの料理を食べて欲しいのですわ」
「こ~~ら、いけませんわよ、蘭さん。なんであなたはそう手が早いのですか。全くですわ」
「蘭さん、絶対に約束ですわ。来年は絶対に、わたしにこの世界で一番美しい桜を見せて下さいね。絶対ですよ、約束やぶりましたら、わたし蘭さんの胸の中で思いっきり泣いてやるのですからね」
あたしは桜の想いを見ていた。
その全てに蘭と呼ばれる彼が出て来て、その全ての中で桜は幸せそうに笑っていた。
(何よ、お兄ちゃんに恋しているなんて絶対に嘘じゃない。
あんた、お兄ちゃんの前じゃこんな顔一度も見せたこと無かったじゃない)
頬杖をついて、桜愛理子と蘭との甘酸っぱい想い出を見ながら、あたしは不思議でならなかった。
(こんなにも想いを伝えたい人があんたにもいたじゃない。
それなのに、どうしてあんたはお兄ちゃんに近づいてきたの?
どうしてお兄ちゃんを殺そうとしているの?)
また想い出が変わった。
今度は真夜中の寝室だ。
この想い出には蘭という青年は出てこない。
ネグリジェ姿の桜愛理子が机に向かって、なにやら日記を書いているみたい。
人の想い出を不可抗力とは言え、こうやって勝手に盗み見しているのは、いけないことをしている気分になる。
今更かもしれないけどあたしは日記から視線を外した。
確かに桜愛理子は許せないし、あたしの敵だ。
でも、この想い出の中にいる彼女はあたしと同じ、1人の男性に恋するただの少女だ。
そんな彼女が書いている日記を見るのは、きっと彼女の心の中を盗み見るのと同じ事なんだと思う。
それだけは絶対にしてはいけない。
敵だろうが、憎かろうが、許せなかろうが、他人の恋の想いを勝手に知ってはいけないんだ。
「定香さん、愛理子さんが動きますよ」
イリルの言葉であたしは我に返った。
確かに桜愛理子は椅子から立ち上がり、廊下へ出て行った。
あたしもその後を追う。
というか追わざるを得ない。これは桜愛理子の想い出の世界だから、彼女が移動すると同時に世界も移動するのだ。
彼女は何処へ行くのだろう?
そう思いながら、彼女の後をついていったあたしは、彼女の両親の寝室から光が漏れていることに気づいた。
桜愛理子も気づいたみたい。
どうするべくか迷っていたみたいだけど、寝室から怒鳴り声が聞こえてきて心が決まったみたい。
申し訳なさそうにドアに張り付き、中の様子を窺っている。
あたしもちょっと気になったから愛理子とは反対側のドアから中をのぞき込む。
そして、知ってしまった。
桜愛理子の幸せをすべてぶちこわす残酷な真実を。
「分かっているのか!!
蘭は、儂らが近衛家に養子へ出したのだぞ。あやつは儂らの子供なのぞ。
それなのに、それと知らず、愛理子はあやつに恋しておる。
近衛蘭が実の兄とは知らずにな!!」
横を見ると、そこにはもうあの幸せそうな愛理子はいなかった。
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