M-25 第七話
M-25 第七話
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桜が咲いていた。
あたしは確か、シリアル・アリスの攻撃に飲まれて意識を失ってしまったんだ。
ってことは今、あたしが見ているこの咲き乱れる桜は天国の光景………?
「いやだ、やいだ。あたしはまだお兄ちゃんに告白してないもん。
お兄ちゃんとキスしてないもん、
お兄ちゃんと一緒に寝てないもん、
お兄ちゃんと結婚してないもん、
お兄ちゃんの子ども産んでないもん、
いやだよ。天国なんて、絶対にいやだよ。
あたしの弾ける想いは全然お兄ちゃんに伝えてないんだよ」
「いや、定香さんはどちらかというと地獄に行ってしまいそうな気が………」
相変わらず空気の読めない魔法の杖が、左手で小さく呟いた。
地獄耳なあたしにはもちろんその呟きが聞こえている。
あたしはとりあえず、近くあった桜の樹にイリルをぶつけようとイリルを思いっきり振りかざした。
「あれ?」
でもイリルを桜の樹に当てることは出来なかった。
まるで桜の樹がホログラムであるかのようにイリルをすりつけて……違う。
桜の樹じゃないホログラムみたいに実態がないのはあたしとイリルの方だ。
その証拠に、桜の舞い散る花びらはすべてあたしをイリルをすり抜けて地面へ落ちている。
「ねえ、イリル。これどういう事?
人って死んで天国に行くとみんなこうなるの?」
「死んだ後がどうなるなんて自分にも分かりません。でも、ここが天国じゃないって言うのは確かですよ、定香さん。
あ、もちろん定香さんみたいな極悪人が落ちる地獄でもないですよ」
ぴくとあたしの手が引きつる。
思いっきり何かにぶつけてやりたい気分だけど、あたしとイリルはこの世界じゃ実体がないみたいだから、何かにぶつけてやる訳にはいかない。
ここは抑えよう。
でも、いずれしっかりとあたしは天使なんだってその体に教え込んであげないと。
「じゃあ、ここは何処だっているのよ?」
「多分ですけど、ここは彼女の想いの世界だと思います」
イリルがそう言って、あたしは初めて気づいた。
あたしから少しだけ離れた場所に立派な洋館が建っていて、そこのテラスに彼女がいることを。
「桜、愛理子」
テラスには桜愛理子がいた。
まさに深窓の令嬢といった形容詞が似合う佇まいだ。
でも、気のせいかなあたしの知っている桜愛理子よりも少しだけ幼い気がする。
「はい。定香さんは、シリアル・アリスの攻撃に飲み込まれてしまいました。
魔法天使の力の源はまさに想いです。どうやら、シリアル・アリスの想いは相当だったみたいですね。
ここはシリアル・アリスの想いの世界。
敗れた定香さんは、その世界に飲み込まれたって所でしょう」
イリルが丁寧に解説してくれる。
ようは、これは桜愛理子の想い出と解釈すれば言い訳ね。
「あっ」
テラスに立つ桜愛理子の元へ1人の男性が近寄ってきた。
桜愛理子が笑顔で振り向く。その笑顔を見ただけであたしには分かった。
だって、あの笑顔はあたしがお兄ちゃんへ向けている笑顔と同じだったから。
彼が、桜愛理子の想いの源。
つまりは彼女が好きな人なんだ。
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