25-3:桜色と共に
25-3:桜色と共に
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サクラに飛ばされた衝撃は扉では吸収できずに、壁にぶつかることでやっと止まる事が出来た。
全身に満遍なく激痛が走り、瞳の奥が白黒の明滅を繰り返す。
飛びそうになる意識を辛うじて食い止めて、鳴恵は前を見た。
「オレは、こんなんじゃ、諦めないぜ……」
呟き、地面に立ち、桜色の彼女を見る。
「ねえ、頂戴よ、クロートを私に。私、どうしてもクロートが必要なの。だから、頂戴。いい加減くれないと私、あたなを殺しちゃうよ」
サクラから再び衝撃波が放たれ、鳴恵は再び壁に叩き付けられる。
骨が軋み、悲鳴を上げてしまいそうだったが、耐えた。
脳裏にリリシアの仏頂面と、玉露の困っている顔が浮かび上がる。
まだ、まだ、鳴恵は戦える。大切な友のために。
衝撃波が止み、再び地面に倒れ込む。
だが、休む暇など無い。ゆっくりと起きあがり、サクラと対峙する。
「だから、言っているだろう。渡すさ、お前がオレの条件を飲んでくれたらな」
「何で、私は早く、乱君と暮らす虹色の世界を作りたいの。
早く、早く、早く、早く、作りたいの。
なんで、あなたはそんな私の願いを邪魔するの?
あなたには乱君の助けを求める叫び声が聞こえないの?」
「ああ、オレには乱って奴の声は聞こえない。
だが、変わりに、オレの大切な友人が心の奥で泣いている声は良く聞こえてくる。オレは友のために、やらなちゃならない事があるんでね。
で、それはお前の力がどうしても必要なんだよ。だから、取引だ」
「嫌だ!!
私は乱君と、乱君と!!」
三度、サクラの体から衝撃波が放たれる。
だが、鳴恵の体が吹き飛ばされることはなかった。
サクラと鳴恵との間に流誠とティーカが割ってはいり魔法で防護壁を生み出していたからだ。
「流誠さん、ティーカ……」
「鳴恵、あんた何馬鹿なことやってるの!!
今のサクラを見たら分かるでしょう。今のあの子を刺激するのは、危険過ぎるのよ。死にたくなければ、あの子の言うことに素直に従いなさい」
ティーカの忠告はもっともよく分かる。
あの衝撃波を何度も喰らっていたら、いつか鳴恵は死ぬだろう。
だが、命をかけてでもやり通したい道が鳴恵にはある。
「忠告ありがとう。でも、ごめん。オレはどうしても、行かなきゃいけないんだ。あいつのために」
そう言って、鳴恵はサクラを強い意志を持つ瞳で睨み付けた。
話してみて分かったのは、サクラには言葉が通じないと言う当たり前のこと。
彼女は自分という殻に閉じこもっていて、他人の言葉など聞こえていない。
聞こえているのは自分に都合の良い言葉だけ、都合の悪い言葉はこうやって全てはじき飛ばす。
なら、言葉による説得が無理であるのなら、この想いで彼女を説得するまでだ。
彼女の乱への想いは強くそれ故に歪んでいる。
想いが彼女を壊したというのなら、想いだけが彼女を動かす原動力であるのかもしれない。
サクラの衝撃波が止んだ。
それでも鳴恵はサクラを見つめ続ける。
この想いをサクラに分かってもらうために。
そして、初めてサクラの視線を感じた。
今まで何処を見ているのか分からなかった彼女の視線が初めて自分に向いているのが分かった。
そして、サクラの想いが鳴恵に流れ込んできた。
乱と呼ばれるあの青年への想いが鳴恵1人では受け止められない程、咲き乱れる桜の如くあふれ出す想いの渦が流れ込んできた。
その想いに負けない様に、渦に飲み込まれない様に、想いが想いで掻き消されないように、鳴恵は心に玉露とリリシアの顔を思い浮かべる。
愛情と友情が静かにぶつかり合い、やがて止まった。
「分かった。それじゃ、出発は明日の早朝。それで良いね」
想いが止まり、サクラの声が響いた。それは今までの浮ついた声ではなく少なからず、心が通っている声であった。
サクラがあの桜色の光の殻に閉じこもってからは一度も聞くことが出来なかった昔のサクラの声に似た声であった。
「ああ、そうしてくれると助かる。正直、もう立っているのがやっとだしな。
あ、後、悪いがもし明日………寝坊……するよう…なら…起こし………」
全てを言い終えるより先に鳴恵は地面に倒れ込んだ。
流誠が急いで駆けつけるも、彼女はやり遂げた達成感に満たされた顔で、安らかに寝息を立てていた。
サクラはそれ以上何も言わずにまた桜色の扉の奥へ戻っていく。
「ねえ、流誠。あたし、あなたの言いたいことが少しだけ分かったわ。
この子は魔法が使えない。でも、確かに、敵わないわね」
サクラが壊れて以降、初めて彼女が昔に戻ったような気がした。
しかし、それをやってのけたのは、親友であったティーカでもなければ、恋人であった乱という青年ですらなく、サクラとは全く関係のなかった1人の女性であった。
悔しいと感じない訳ではないが、サクラを元に戻せる可能性はまだ残っている。
そう分かったことが何よりも嬉しかった。
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