23-3:白が優夜に出会う
23-3:白が優夜に出会う
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どれほどの時間、小歌は迷っていたのだろう。
先の戦いの途中で乱に負けた小歌は事の結末を知らない。
目が覚めたときそこにいたのは、心が壊れた玉露ただ独り。
次元監視者である来名秋生の姿はそこにはなく、彼を手伝うことを己の使命としていた小歌は、己の道を見失い、迷っていた。
だが、そこでいつまでも迷い続ける小歌ではない。
迷っていても何も始まらない、何かをしなければいずれ飢え死にするだけだと、あの次元で嫌と言うぐらいに思い知らされたのだ。
だから、小歌はここに来た。
来名秋生に繋がる僅かな道を求めて、彼が追っていた『クロート』を持つ女性が住んでいたこの家に。
「あら、可愛い服ですね。鳴恵ちゃんのお友達かしら?」
正面から呼び鈴を鳴らし、ドアから出て来たのは見るからに優しく、まるで安眠の夜であるかのような女性だった。
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女性の名は神野小夜子といい、神野鳴恵の母だと名乗り、小歌のことは何も聞かずに家の中に招き入れた。
家の中は綺麗にまとまっていたが、廊下から”鳴恵の部屋”と書かれたプレートを見た瞬間、何故か心が締め付けられるような気がした。
「でも、ごめんさないね。鳴恵ちゃん、実はここ数日家に戻ってきてないの」
「戻ってきてない? 全く、連絡も無しに?」
小歌に紅茶を差し出して、小夜子は特に深刻な風でもなく、娘がテストで赤点を取ってしまったからどうしようというぐらいの感じで話を切り出した。
「ええ。何の連絡も無しにね。リリシアちゃんもそうだし。全く、クロートを持ち歩いたまま、二人して何をしているのかしらね」
小夜子の様子があまりにも場違いであったため、小歌は思わず無防備になっていた。
そこに唐突に出て来たクロートの名前。
顔に驚愕の表情が浮かぶのを抑える手段は何もなかった。
そして、小夜子が優しく笑った。
「やっぱり、あなたもクロートを追ってきた魔術師なのね。お願い、あなたの知っていること全て教えて」
全ては小歌の正体を探るための芝居であった。
流石というか、小歌の倍以上人生を歩んできただけあって、小夜子の方が上手であったと言うことだ。
それに、最後の質問。
あえて平穏を装っているが、その瞳は明らかに不安で触れていた。
やっぱり、彼女は母親だ。
娘が心配で仕方ないのだろう。
だが、その一方で強い母親でもあるのだった。
彼女はどこまでも娘を信じていたのだから。
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「小夜子さん、これは?」
小歌も小夜子も自分が知っていることの全てを話し、最後に小夜子はテーブルの上に青い魔法石を置いた。
「リリシアちゃんから預かっていたの。
もしもの時は、この魔法石を使ってくれってね。
私は見ての通り、普通の人間。でもあなたは違う、その雪色の笛で魔法を使うことが出来る魔法使い。
あなたなら、きっとこの魔法石をリリシアちゃんの元に届けてくれると信じているわ。
だから、これをあなたに託したいの」
「でも、リリシアはライナさんに反抗した。もし、次もライナさんに反抗するのなら、きっと小歌は躊躇わず彼女を攻撃する。
それでも、その魔法石を小歌に託すの?」
「ええ。だって私は信じてますもの。
力のない私にはそんな事しか出来ませんけど、なら出来ることは最大限にするしかないですからね」
優しく微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、小歌は何故神野鳴恵という人物が魔法も無しに戦うことが出て来ているのか分かった気がした。
この母親を見て育ったのなら、納得だ。
魔法が使えないことに引け目を感じず、使えないなら使えないで戦う道を探る。
こんな母親の娘に生まれた鳴恵をほんの少しだけ羨ましく想い、小歌はテーブルの上から青の魔法石を受け取った。
「ねえ、一つだけ聞かせて。あなたは神野鳴恵が生きていると思う」
「はい。もちろん。なっていっても私の娘ですからね」
迷いのない瞳だった。
だから、小歌も信じることにした。
来名秋生は必ず戻ってくる。
何って言っても彼は次元の天使なのだから、簡単に負けたりなんかしない。
青の魔法石をポケットにしまい込み、小歌は雪色の笛を握りしめた。
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