22-7:砕けない拳
22-7:砕けない拳
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鉄鬼兵なんて目に入らなかった。
ただ、目の前で生気を失ったかのように茫然自失としている友人の姿しか鳴恵は見えていなかった。
「玉露!!」
叫びは、しかし、友に届かない。
玉露の目の前まで駆け寄った。
剣士の肩をしっかりと握りしめ、自分がここにいることを玉露に伝える。
肩を思いっきり揺すり、何度も何度も何度も『玉露』と呼び続ける。
だけど、それでも愛刀を失った剣士の心は戻らない。
鳴恵を見る瞳は、鳴恵を捉えておらず、過去を見ているかのように揺れ続けていた。
「津樹丸……津樹丸……津樹丸……」
壊れたオルゴールのように、玉露は何度も同じ名を繰り返すが、その想いに答えてくれる相棒はもうこの世には無い。
「しっかりしろ、玉露!! 逃げるな! 諦めるな! オレがここにいる。リリだって側にいる。
だから、オレ達がお前を支えてやるから、現実から逃げるな!! 折れた心を取り戻してくれ!!」
鳴恵の想いもまた玉露には届かない。
玉露の肩を一度きつく、強く、握りしめ、鳴恵は友から手を離した。
その一瞬、僅かながら玉露が哀しそうな目をしたのは多分、見間違えではない。
本当なら、玉露が元に戻るまでずっと側にいて、その震える肩を抱きしめていてあげたい。
「待ってろ、玉露。すぐに終わらせるから」
だが、ここは戦場。
鳴恵と玉露を取り囲むように剣を持つ鉄鬼兵と、槍を持つ鉄鬼兵が立ちはだかっているのだ。
鳴恵はゆっくりと立ち上がり二体の鉄鬼兵を、大切な友達を傷付けた奴らを睨み付けた。
奴らの狙いは、鳴恵の右腕にあるクロート。
玉露は鳴恵を守るために鉄鬼兵と戦い、こんなにも傷ついた。
ならば、今度は鳴恵が玉露を守る番である。
「玉露、悪い。お前の相棒、少し借りるぜ」
そう言って、鳴恵は折れた津樹丸を拾い上げた。
既に壊れたMSデバイサーであるが、元々魔法が使えない鳴恵には関係のないこと。
刃がついた刀として、今は津樹丸を使わせて貰う。
津樹丸を手にした鳴恵は独特な構えを取る。
右腕は一切添えず、左腕一本で構えを取ったのだ。
「さあ、いくぜ。紅流剣技、十六夜」
自らの流派を名乗り、鳴恵は剣を持つ鉄鬼兵に斬りかかった。
武器が半分に折れた刀なので、練習時のようなリーチがない。
その上、鳴恵の剣技はあくまで素人に毛が生えた程度の腕である。
玉露の剣技を完璧にトレースした鉄鬼兵に勝るわけがない。
「っく」
鉄鬼兵の剣に弾かれ、鳴恵の体が宙を舞い、地面にたたき付けられた。
詰まる息を何とか吐き出し、もう一度津樹丸をかまえる。
「やっぱり、おばさん並には上手くいかないか」
切れた唇から流れる血を右の拳で拭う。
左手には折れた刀、勝てない理由をこの刀に押しつけるつもりはないが、玉露が戦えなくなった理由は間違えなくこの刀が理由だ。
折れた剣、そこにはまだ玉露の魔力が残っており、クロートが貪欲に魔力を吸収していた。
そして、同時にこの刀が玉露と共に過ごしてきた記憶も鳴恵に流れ込んでくる。
親友を超えた大切な相棒。
それでもきっと玉露と津樹丸との関係を言い表すには適切ではない。
玉露と津樹丸が出会ってから共に過ごしてきた苦楽を垣間見て、鳴恵はある決断を下した。
「わるい、玉露。計画変更、ちょっとすぐには終わりそうにないや」
鉄鬼兵との戦闘でクロートはさらに魔力を吸い、覚醒が早まったようだ。
ここで鳴恵が取る最良の手段は逃げること。
次元を守るために、友を捨ててでも逃げなければならなかった。
敵の手に”クロート”が堕ちれば、きっと新たな次元が生まれてしまう。
だが、その危険をあえて選ぶ事に迷いはない。
鳴恵は、構えを解いて、鉄鬼兵に向かい両手を上げ降伏の意志を示した。
突然の行動に、逆に鉄鬼兵の方が次に取るべき行動を迷っていた。
「騙すつもりはねえ。剣を交えて分かったぜ、今のオレじゃお前達を倒せない。
だから、ここはひとまず降参だ。命を無駄に散らしたら、逆転なんて出来ないもんな」
そう言う、鳴恵はうっすらと笑っていた。
そう、これは諦めたから降伏するのではない、逆だ。
こんな事では鳴恵は諦めないから、ここで降伏するのだ。
次元を救い、そして、それ以上に友を救うために。
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