M-17:第5話
M-17:第5話
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜、ちょっとトイレに行きたくなったあたしは、明かりもつけずに階段を下りていた。
そして、一階まで降りてくるとどうしてだがリビングの光が付いていることに気づいたの。
お兄ちゃん、寝るときに消し忘れたのかな?
「もう、お兄ちゃんはしょうがないな」
そう呟いてあたしはリビングの明かりを消そうとドアノブに手を掛けて、動きが止まった。
お兄ちゃんは明かりを消し忘れた訳じゃない。
ドアの向こうからお兄ちゃんの声が聞こえてくる。
「そうなんだ。だから、キミは定香を魔法天使にしたんだね」
そして、どうやらリビングにいるのはお兄ちゃんだけじゃないみたい。
いつもまるで狙ったかのようにあたしのお兄ちゃんの良い感じの空気をぶちこわす、KYな魔法の杖まで一緒みたい。
「はい。その通りです。お兄様」
ちょっと、イリル。
あたしのお兄ちゃんを気安く”お兄様”なんて呼ばないでよ。
お兄ちゃんをお兄ちゃんって呼べるのは、妹であるこのあたしだけの特権なんだからね。
っと、いつものあたしなら、今すぐこのドアを開けてイリルに叫んでいた所だろう。
でも、今のあたしは出来なかった。
あたしの心の何処かが怯えていたから。
何になんて分からないけど、今のあたしにはどうしてだかこの扉を開く勇気がもてなかった。
「でも、そんな話をボクにしても良かったのかな?」
「あなただからこそ、お話しなければならないと思いました。覚悟だけはしておいて下さい」
お兄ちゃんとイリルは何を話しているのだろう。
なんか、もう重要な所は終わってしまった後ぽいけど………。
「どうして、今なんだ。そんな重要なこと、隠すならずっと隠していれば良いし、話すなら、ボクと最初に会ったときにするべき話じゃないのかな。定香の事を気にしてくれていたのか?」
「それもあります。けど、一番の理由は定香さん……パラレル・ティーカじゃない魔法天使が現れたからです。
正直、自分には彼女が分かりません。味方なのか、敵なのかさえ分かりません。
でも、もし彼女が自分がこの次元に来た理由を知っているのなら、真実をあなたに話さなければならないと思いました」
なんか、いつものイリルぽくないシリアスな空気が流れている。
でも、あたしじゃない魔法天使ってシリアル・アリスの事だよね。
イリルがこの次元に来た理由、それに真実。あたしはお兄ちゃんが『可愛い』って言ってくれたからパラレル・ティーカをしているけど、確かに考えてみれば、どうしてイリルはあたしを魔法天使に選んだのだろう。
分からない事が多い。
今、ここでドアノブを捻ってイリルをつかみ取って、振り回して、無理矢理にでも真実ってヤツを吐かせたら、この胸のモヤモヤは消えるのかもしれない。
「でも、駄目だ。どうしてなのかな、今の私は全然、お兄ちゃんへの想いが弾けないや」
あたしはそっとドアノブから手を放した。
そして真実から逃げるように一歩後ろに下がった。
ねえ、どうしてなのかな。
さっきからあたしの頭の中にずっと同じイメージが浮かんでいるの。
それは、悪夢としか表現できない地獄絵図。
思い描いた自分を呪い殺したくなる惨劇。
どうして、あたしはこんなにお兄ちゃんのこと、大好きなのに。
どうして、さっきからずっと、お兄ちゃんが死ぬイメージが離れないの。
お兄ちゃんの体から青銅色の剣が生えて、お兄ちゃんが死ぬシーンが途絶えることなくあたしの中で流れ続けるの。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




