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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
智慧の守護者
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七章 罠(1)


 翌日、警備隊の本部に出勤したリーファは、奇妙な伝達が出されていることに気が付いた。すべての隊員に、次のような内容が知らされたのだ。

 ――今晩、魔法学院で大掛かりな実験が行われる。そのため、日没後、魔法学院の結界が解かれることになっている。ついては、警備隊九番隊、およびその隊員から応援を要請された者は、日没後も本部に待機のこと。

 部外者が内容だけ聞けば、魔法学院の連中がまた何か妙なことをするらしい、という以外は、特に変わった点はないように思われる。だが警備隊員は、自分たちの組織が一から七番隊と、外回り担当の通称八番隊から成っており、九番隊など存在しないことを知っているのだ。

 リーファはその伝達事項を聞かされて、わけがわからずに顔をしかめた。

(もしかして、隠密の仕事っていう符丁なのかな。この伝達事項がデマで、実際はそんな事はない、とかいうような?)

 この伝達事項を六番隊三班にも伝えろ、と命じられ、リーファはあれこれ考えながら街を走って行った。広場で隊員たちがたむろしており、聞こえよがしにこの件について話しているのが、実に不自然だ。

(さてはこの話も、フィアナの言ってた『罠』の一環なんだな。この噂でダンを魔法学院におびき出すってわけか)

 詰所に着いて、髭面の班長に聞いた通りの内容を伝えると、案の定、ゼクスはにやりとして言った。

「了解した。てことは、おまえも今夜は忙しいってこったな」

「……やっぱりか」

 リーファは複雑な顔をした。おや、とゼクスが意外そうに目を丸くする。

「何も聞いてないのか?」

「今のところはね。だいたい予想はつくけど……そのうちフィアナ本人か、その使いが来て、今晩に備えて昼寝しとけって言われるんだろうさ。そんな暇ねえってのにな」

 ふてくされたようなリーファの物言いに、ゼクスは豪快に笑った。

「よく分かってるじゃないか。よし、ご希望通り、たっぷりこき使ってやる」

「思いやりのねえ上司だな……」

「上司?」ゼクスは言葉尻をとらえてニヤリとした。「うちに来る気になったか」

「冗談じゃねえよ!」本気で嫌がって見せるリーファ。

「失敬な奴だな。今ので昼寝の時間は確実になくなったと思えよ」

「なっ、横暴だぞ!」

 リーファが抗議すると同時に、詰所のドアをノックしてフィアナが現れた。

「すみません、こちらに……あ、いたいた。姉さん、今夜の予定は誰かに聞いた?」

「まだだよ。この専制君主に昼寝の時間を奪われたとこさ」

 リーファが苦い顔で答えると、フィアナは目をしばたたかせた。

「あら、今のうちに寝ておくつもりだったの? だったらごめんなさい、早速姉さんには頼みたい仕事があるんだけど」

「えー!?」

 ゆうべもちゃんと眠っていないのに、とリーファは悲鳴を上げた。しかし、フィアナの方が自分よりもはるかに睡眠不足のはずだ。それを考えると、あまりゴネるわけにもいかなかった。白々しく同情したゼクスを恨めしげに睨み、それで、とフィアナに向き直る。

「仕事って?」

「説明するから、学院まで来てくれる? 父さんにはちゃんと言ってあるから」

 言葉だけは『お願い』したフィアナの笑みは、いっそ憎いまでに無邪気だった。

 学院への道すがら、リーファはひそひそと訊いた。

「結界を解く、って聞かされたけど、本当にやるのか? ガセだろ?」

 近くでダンが聞いていたら罠がおじゃんになるので、極力小声でささやく。だが、フィアナの方はけろりと答えた。

「本当に解くのよ。だから徹夜で準備にかかってるんじゃない」

「危険すぎないか?」

 リーファは不安に眉を寄せた。ダンをおびき寄せなければならない以上、警備をうんと厳しくするわけにもいかない。もしもダン以外の敵意ある存在が、一気に押し寄せたりしたら対処できないだろう。

 第一、そんな事態は、幽霊嫌いにしてみれば極力避けたいものだ。

 いささか情けないながらもリーファがそう打ち明けると、フィアナは苦笑で応じた。

「いくらなんでも、この王都にそんなに幽霊だの魔物だのが徘徊してるわけがないわよ。それに、どっちみち……」

「どっちみち?」

「あ、ううん、なんでも。とにかく心配要らないから、今は準備を手伝ってね」

 フィアナの物言いにひっかかりを感じたものの、リーファはおとなしくうなずくしかなかった。魔術に関しては素人なのだから。

 結局、あれこれの道具を運んだり、広い敷地のあちこちに奇妙な筒を埋めたりといった雑用に追われ、解放されたのはやっと夕刻になってからだった。夜半にもう一度来るように言われ、リーファは城に戻ると、少しでも眠ろうとベッドに潜り込んだのだが、当然ながら目が冴えてなかなか寝付けなかった。

 

「まさか、もう始まってねーよな」

 月を見上げながら、リーファは息を弾ませて城下町を走っていた。いっそ起きていた方が良かったかもしれない。諦めかけた頃にうっかり眠ってしまったので、目覚めるのが遅くなってしまった。

 まだ夜半を告げる神殿の鐘は鳴っていないが、間に合うだろうか。

 この際、用心ばかりを優先させるわけにもゆかず、リーファは城から学院へ最短距離の裏道を走って行った。裏道と言うより、雑木林の中の道なき道なのだが。

 魔法学院と神殿の間の細い道に出ると、リーファは蔦に覆われた塀を乗り越え、学院の裏庭に忍び込んだ。

 月明かりが白々と草や木々を濡らしている。薬草の畑や花壇の茂みが、地面にうずくまった生き物のように思えて、リーファは身震いした。

 神殿の鐘が夜半を告げた時、リーファは裏庭から表側にまわり、ちょうどフィアナの姿を見付けた。校舎と正門の間に広がる前庭で、地面に描かれた巨大な図形の中に立っている。足元には、何が入っているのか、布をかぶせた籠が置かれていた。

「フィアナ!」

 小声で呼ぶと、フィアナはリーファの姿を認めたらしく、ごくかすかにうなずいて、手にした杖でトンと地面を突いた。

 瞬間、色とりどりの鮮やかな光が、図形の線をなぞって輝きだした。そして、フィアナを中心に風が起こり、ぶわっと外側へ駆け抜ける。リーファは強風にあおられてのけぞったが、それきり風は吹かなかった。そのかわり、空気が微妙に変わった気がする。

(今のが、結界を解いた、ってことか?)

 リーファはためらって周囲を見回した。警備隊員の姿も、学院の学生や教師の姿も見当たらない。誰もいないように思える。

(あそこと……あそこにいるな)

 リーファの鋭い感覚は、校舎や植え込みの陰に隠れている何人かを見付けたが、それにしても少ない。正門の向こうには警備隊員がいるのだろうか。

 不安にかられて、リーファはフィアナの方に走って行ったが、図形の中に足を踏み入れる前に、手ぶりで制止されてしまった。

 フィアナは振り向きもせず、術に集中している。罠でもなんでもなく、本当に何かの重大な実験を行っているかのように。

 呪文を唱える声が、月光の中を、高く低くうねりながら流れて行く。それに合わせて、どんどん辺りは寒くなりはじめ、リーファはぶるっと震えて我が身を抱き締めた。悪寒ではなく、実際に気温が下がっている証拠に、吐く息がかすかに白く見える。リーファは首を竦めたまま、剣の柄に手をかけ、周囲に目を走らせた。

 ダンが現れるとしたら、そろそろだろう。結界が解け、フィアナがこうも堂々と何かの術を行っているのだから。

 一巡した視線をフィアナに戻した時、リーファは信じられない光景に目をみはった。

 フィアナは足元に置いた籠から、赤子を抱き上げていた。眠らされているのか、裸のまま宙にぶら下げられても目を開けない。杖だと思っていたものは光の剣となり、小さな火花を散らしながら、赤子の首を斬り落とそうとしている。

「……っ!」

 リーファは声を上げそうになった。そんなことがあるはずがない、いくら罠でも本当に赤子を傷つけるようなことはありえない、そう理性では分かっているのに。

 膝が震えた。やめろ、と喉元まで出かかった声が、舌の上で凍りついている。

 呪文の高揚にあわせてフィアナが剣を振り上げる。

 堪えきれず、リーファは止めさせようと口を開いた――まさにその瞬間、ゴウッ、と咆哮が上がった。ハッと我に返ったリーファの目に、凄まじい勢いで迫ってくるダンの姿が映る。

「くそッ!」

 リーファは舌打ちした。ダンが潜んでいたのは、フィアナを中心に点対称の方向だったのだ。

(間に合うか!?)

 全力で走り、フィアナの前に飛び出す。同時にダンの手がリーファに襲いかかった。

 すさまじい力に押されながらも、リーファはダンの腕を剣で受け止め、斬り捨てた。いや、ちぎり捨てた、と言う方が正しいかもしれない。刃は骨に当たって止まったが、そのまま振り切ると、肘から先がごそりと抜けて飛んで行ったのだ。

 半ば腐った肉が裂ける音。ぼたぼたと中身が落ち、腐臭が一気に広がる。リーファは嫌悪と罪悪感に顔を歪めたが、隙は作らなかった。相手は腕がちぎれようがなんだろうが、お構いなしに攻撃を続けてくるのだ。

「もう止せ、ダン! あの儀式は芝居なんだよ!」

 怒鳴ったが、相手の耳には届いていないようだった。ダンの頭からフードが外れ、顔があらわになる。落ち窪んだ目には鬼火が宿り、黒く変色した顔は既に、生前の面影など微塵も残っていなかった。

 ダンはフィアナしか見ていなかった。リーファの剣も、それによってつけられた傷も、まったく無視している。リーファは舌打ちし、思い切り回し蹴りを食らわせて、ダンを横に吹っ飛ばした。グシャリ、と嫌な音がする。

 リーファは歯を食いしばって、泣き出したい衝動をおし殺した。

「フィアナ! 早くなんとかしろよ!」

 何か仕掛けてあるんだろう、と振り返る。フィアナはちょうど、剣になっていた杖の光を消し、構え直したところだった。赤子の姿はない。いや、そもそもあれが現実のものだったのかさえ、既に怪しい。

「もう少し……」

 フィアナは眉を寄せてつぶやくと、いきなり走りだした。リーファの陰から出て、校舎の方へと。

「ばっ――フィアナ!」

 ぎょっとなったリーファが追うより早く、ダンが跳躍した。

(捕まる!)

 リーファが悲鳴を上げると同時に、

「来たれ、ドゥーマの炎!」

 フィアナが高らかに唱え、杖の先をダンの足元に向けた。

 ぽっ、と、小さな炎が地面に燃え上がる。次の瞬間、目を焼き尽くすような閃光が走り、轟音とともに真っ白な炎が炸裂した。


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