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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
智慧の守護者
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五章 囮捜査(2)


 ディナルとゼクスによる尋問の結果、この連中がグリフィンにフロブを売った、ということが確かになった。相手が魔法学院の学生であると、知った上でのことだと言う。

「グリフィンは、フロブを実験に使うと言ったらしいわ」

 父親から詳細を聞き出したフィアナが、表で待たされているリーファに教えてくれた。

「確かに、実験には違いなかったな」

 リーファは口角を片方だけ上げ、辛辣な笑みを浮かべる。性質の悪い実験だ。子供が一人、何か邪まな目的で密かに行う実験。

「学院で使うわけじゃないぐらい、売人も承知、か」

 やれやれとリーファは頭を振った。買い手がもし学院のお偉方なら、あるいはフィアナが扮した貴族のような者であるなら、うんと代金をふっかけて、濡れ手で粟の儲けも期待できるだろう。しかし、

「子供ひとりじゃ出せる金も限られてるだろうに、そんな相手にまで売るとはね」

 よほど密売人たちは金に困っていたのだろうか。

「それがね、うんざりする話なんだけど……グリフィンはこの上なく魅力的な取引を持ちかけたのよ」

 フィアナはため息をつき、汚れたドレスの裾をはたいた。もしかして、と眉を寄せたリーファに、フィアナは投げやりな口調で「その、まさか、よ」とうなずいた。

「出来上がった『不死者の薬』を半分渡す、って」

 途端にリーファは地面を蹴りつけ、男でも滅多に使わないような悪態をついた。

「今頃グリフィンの奴、薬を持ってどこかにとんずらしてるんじゃないだろうな。見付けたらただじゃおかねえぞ」

 ちくしょう、と唸り、てのひらに拳を叩きつける。それから彼女は何げなく顔を上げて通りの向こうを見やり、目をしばたいた。

「あれ? なんだろう」

 誰かが馬で走ってくる。町中で馬を乗り回す、それも単騎でといったら、城に出入りする伝令兵か、警備隊の緊急連絡ぐらいだ。

「何かあったのかしら」

 壁にもたれていたフィアナが姿勢を正す。何人か待機していた隊員達も、不安げに騎影を見守りながら、道のなかほどにばらばらと出てきた。

 待ち受ける彼らの前で馬が止まり、案の定、警備隊の制服を着た青年が、鞍から転がり落ちるように降りた。

「イーラ本部長はここに?」

「ああ、いるよ。どうしたんだ」

 リーファが答えると、青年は息を切らせ、自分を取り囲む顔ぶれを見回してから短く答えた。

「死体が上がった」

 なんだって、とざわめく隊員達。その声で建物の中からゼクスが現れた。

「何の騒ぎだ?」

「あっ、班長!」

 伝令の青年は彼を知っていたらしく、ぱっと姿勢を正して敬礼した。

「本部長に伝えてください。南門の近くでシャーディン河から死体が上がりました。いくつかの特徴からして、捜索中の少年、グリフィンと思われます」

「――っ!?」

 リーファは驚きに息を飲んだ。フィアナも口元を押さえ、声を殺す。二人は目配せを交わし、パッと走りだした。

「こら待て、リー!」

 ゼクスが慌ててそれを呼び止める。「でも」と振り返ったリーファに、彼はやれやれと指示を出した。

「シリル=ファーノンを南門まで連れてこい。一番手っ取り早く身元確認が出来そうなのは、そいつぐらいだろう。魔法学院の関係者でもいいが……」

 そこでちらりとフィアナを見やり、肩を竦める。

「それはまた後でいい。なんだったら、そいつの乗ってきた馬を使え」

「了解!」

 リーファは敬礼し、馬の手綱をとった。シリルを連れ出すとなれば馬がいた方がいい。自分だけなら、王都の端から端までだろうと走るところだが。

「フィアナは先に南門に向かってくれ。オレはシリルを引っ張り出してから行くよ」

「わかったわ。それじゃ、後で」

 フィアナもうなずき、南門へ近道すべく狭い路地に走って行く。それを見送ってからリーファは、ひらりと鞍にまたがった。ゼクスがそれを見て、おお、と何やらわざとらしい声を上げる。

「なんだよ」

 ムッとなってリーファが睨むと、髭面の班長は白々しく感心して見せた。

「おまえ、馬にも乗れたんだなぁ」

 馬を使えと言ったのは何だったのだ。リーファは目つきを険しくした。乗れないから走って行く、と答えるのを期待していたのか?

「七光りなもんでね」

 いーっ、と歯をむいて言い返し、リーファはブーツの踵で馬の腹を軽く蹴った。

 

 馬を使うと、司法学院まではすぐだった。門の駒留めに馬をつなぎ、門衛に警備隊の火急の用件だと告げて中に入ると、ちょうど昼休みの鐘が鳴った。校舎からぞろぞろと学生が吐き出され、昼食や休憩のために、校庭や寮に流れて行く。

 流れに逆らって校舎に向かうのは、ひと苦労だった。えいこの、とじたばたしているリーファの耳に、聞き覚えのある声が届く。

「リーファさん?」

 振り返ると、同じく何人もの学生にぶつかりながら、よろよろとシリルがこっちにやって来るところだった。やった、とリーファは顔を輝かせ、おおい、と手を振る。

「どう、したん、ですかぁ」

 あっちへ流され、こっちへ呑まれしながら、シリルがようやくたどり着く。リーファはその腕を掴み、有無を言わせず流れの外へ引っ張り出した。

「ツイてるぞ、こんなにすぐに見付かるなんて!」

 あはは、とリーファは嬉しそうに笑ってシリルの肩を叩き、

「よし、行くぞ」

 そのまま強引に門の方へ連れて行く。シリルはわけがわからず、うろたえてきょろきょろした。

「えっ? えっ、あの、なんですか? いったいどこへ?」

「南門まで付き合って欲しいんだ。ちょっと確認して欲しいことがあってね」

「外に出るんですか!?」

 シリルがあまりに素っ頓狂な声を上げたので、リーファは足を止め、目をぱちくりさせて少年を見下ろした。

「なんだよ、お外が怖いってわけじゃないだろ?」

「だって、外出届も出していないんですよ。普段ならともかく、今の時期は無断外出なんてことしたら……」

「あ、そうか、入試が近いんだったな」

 しまった、とリーファは舌打ちした。強引に連れ出したら、シリルにあらぬ疑いがかけられるかも知れない。横車を通そうとするなら、それこそ『七光り』に頼るしかなくなってしまう。リーファは焦る心を抑え、

「とにかく、一度事務室に行きましょう」

 というシリルの提案に従って、校舎に入った。

 外出届を書いて職員に許可を貰うのにかかった時間は、リーファにしてみればとんでもなく長かったが、シリルに言わせれば奇跡的な短さだった。死体の身元確認、などという物騒な目的が威力を発揮したのだろう。

 昼休みが終わるより早く、二人は馬にまたがって中央通りを南門へと向かっていた。リーファの後ろに乗せて貰ったシリルは、人目を引いていささか居心地が悪そうだったが、生憎とリーファには、多感な年頃の少年に配慮している余裕はなかった。

 南門には既に先刻の伝令青年が戻っており、二人の姿を見付けると、先に立って案内してくれた。

 門を出るとじきに、シャーディン河にかかる橋に出る。この河は北から流れてきて王都の東側を通り、いったん西へ向かってから再び南へと蛇行している。王都シエナは蛇に抱かれる格好になっているわけだ。

 その橋を渡った街道沿いには、ちょっとした町並みがある。門が閉まってから辿り着いた旅人のための宿が主体だが、橋の東側にも小規模の船着き場があり、羊毛の輸送と加工などが行われているのだ。

「死体が引っ掛かってたのは、その船着き場でね。ほら、そこ」

 青年が指さす。橋のたもとで、警備隊員が何人か集まっているのが見えた。

 リーファとシリルが馬を降りて船着き場に行くと、フィアナが振り返った。

「あ、姉さん……その子がシリル?」

「ああ、そうだよ。シリル、こっちはオレの従妹でフィアナ=イーラ。魔法学院の研究生で、グリフィンの件を最初に持ってきた疫病神」

 おどけて紹介したリーファに、フィアナは「もう」と怒ってから、シリルを気遣うように、曖昧な笑みを見せた。

「よろしく、シリル。いきなりこんな事に引っ張り出して、ごめんなさい。それで……心の準備は大丈夫?」

 死んだのがさほど親しくない相手だとは言っても、いきなり見せるわけにもいかない。心配そうに問うたフィアナに、シリルは硬い表情で、はい、とうなずいた。

 死体のまわりにいた隊員たちが場所を空け、シリルは前に進み出る。

 引き上げられた死体は、金髪の小柄な少年だった。見開かれたままの目はまだ魚につつかれておらず、茶色の虹彩が判別出来る。白くふやけた指には薬品の染みらしい色とりどりの斑点がぽつぽつとあり、服の袖口も同様に汚れていた。

 無言でじっとそれを見下ろしていたシリルは、ややあって深く息を吸い、目を閉じた。ゆっくりと瞼を開き、もう一度、現実のものだと確かめるように死体を見下ろす。

「間違いありません」

 静かに、彼は言った。この死体はグリフィン本人である――と。

 重苦しい沈黙が、その場を支配する。

 と、シリルが耐え切れなくなったように、口元を押さえてだっと逃げ出した。

「あ、おい」

 リーファは反射的に追いそうになり、一歩踏み出してから思い直して止まった。追いかけてどうする。背中でもさすってやるのか?

「……となると、もう一人の……」

「しかし……毒を持っていたのは……」

 ディナルとゼクスがぼそぼそと話しているのが耳に届き、リーファはどきりとして振り返った。行方不明の二人の内、グリフィンは死んでいた。状況からして自殺ではあり得ない。となると、必然的にもう一人の行方不明者、ダンに嫌疑がかかる。

 今わかっている限りでは、彼が、生きているグリフィンと会った最後の人物だから。

 リーファは眉を寄せて、シリルが去った後の場所に膝をつき、グリフィンの死体を間近で眺めた。シリルと違って彼女は何度も死体を目にしていたし、死人なら生きている人間ほどには怖くない。少なくとも、いきなりこれが動きだしたりしない限りは。

(溺死じゃないな)

 紐か何かで絞めた痕と、それを外そうと掻きむしったがゆえの傷が首に残っているのを見付け、リーファは「ふむ」と唸った。

 三日――いや、もう四日前の深夜、グリフィンの家のそばで目撃されたという、大荷物を抱えた人影。その荷物とは、グリフィンの死体だったのではなかろうか。

(やっぱり、ダンが殺して捨てたってことか……? とすると、例の薬はいつ使われたんだろう)

 あれこれ考えていると、いきなり頭を小突かれた。我に返って見上げると、ゼクスの髭面があった。

「聞いてたか、おい」

「え……、何を?」

 すっかり考え事に没頭していたので、リーファはぽかんとする。訝りながら立ち上がると、また頭をはたかれてしまった。

「グリフィンの身元をもう一度魔法学院で確認するのは、本部の方でやってくれる。俺達はもう一人の行方不明者、ダンの捜索だ。奴がいそうな場所を、しらみつぶしに当たっていくぞ。もちろん、おまえもだ」

 ああ、そういうことか、とリーファはうなずき、「了解」と敬礼した。

「で、まず最初に、シリルに心当たりを訊いて来い、ってところかな」

「そういうことだ。おまえも一応は女だからな、坊やも口が軽くなるだろう」

「意外な口が意外なことを言うもんだね」

 おやおや、と片眉を吊り上げるリーファ。ゼクスはあっさり「建前だ」といなし、

「つべこべ言ってないで、早く行ってやれ」

 ばしんとリーファの肩を叩いた。やれやれとリーファがシリルの走り去った方に行きかけると、フィアナもついて来た。

「私も一緒に行くわ。ちょっと訊きたいこともあるし」

「訊きたいこと?」

「ん、まあね。それより姉さんって、不思議と素敵なおじさまに縁があるのよね」

 いきなり話題を変えられて、リーファはがくりと膝が抜けそうになった。

「何の話だ!?」

「だって」フィアナは拗ねた顔をする。「ゼクスさん、シリルが落ち込んでるだろうって気遣って、ちょっとでも彼と話をしたことのある姉さんを行かせたのよ。さりげない気配りは、大人の魅力だと思うわ」

「……そんなわけねえと思うけどな」

 一気に疲労が噴出したような気がする。リーファは片手で顔を覆った。

「あんな髭オヤジのどこがいいんだ。姉ちゃん、なんだか泣きたくなってきたよ」

 うう、と呻いたリーファの横に並び、フィアナはふざけて腕に抱きついた。

「心配しないで。なんだかんだ言っても、姉さんが一番なんだから」

「それはもっと泣きたいかも」

「あ、ひどい」

 馬鹿げたやりとりの間に、リーファはシリルの姿を見付けた。橋の上で、欄干にもたれかかって水面を見つめている。近くまで来ると、二人ともふざけた気配を消した。

 シリルは、どう表現したら良いのか分からない顔をしていた。実際、本人の心情もそうなのだろう。泣きだしそうで、不快げで、憎々しげで、悲痛な顔。

「リーファさん……あれ、グリフィンなんですよね」

 振り向かず、シリルはつぶやく。リーファは眉を寄せ、その横に立った。フィアナは少し離れて佇み、彼が落ち着くのを待っている。

「自分でそう言ったろ?」

「はい。でも……なんだか、嘘みたいで……あいつなんか、殺しても死なない奴だと思ってたのに。こんな、いきなり死体になってるなんて……」

 ぽつぽつと、問わず語りに言葉を紡ぐ。少年の目から、涙がこぼれた。

「なんだか怖いし、あんなのは気持ち悪いし……でも、あれを見た時、喜んだのも確かなんです。確かにあの時、僕は『いい気味だ』って……ひどいですよね」

「ひどかねえよ」

 リーファは肩を竦め、無造作にそう言った。シリルが顔を上げ、こちらを見る。

「憎たらしい奴の死体なんか見たって、気持ち悪くなりこそすれ、憐れみなんか感じやしねえって。オレだってそうだったしさ。嫌いだから殺してやるとか、酷い目に遭わせてやるとかいう事と、そういう目に遭った嫌な奴を憐れに思えない事とは、別物だよ。あんたは別に邪悪じゃない」

 そこまで言って、リーファはふとおどけた笑みを浮かべた。

「ま、もっとも、オレが悪党なんだとしたら、言うことは信用できねえけどな」

「まさか。リーファさんは、いい人です」

 率直に言われ、リーファは空気にむせてしまった。まいったね、などと苦笑いしつつ、シリルの頭をぽんと軽く叩く。

「分かってんだろ? あいつがどんなに嫌いで、死んだって痛くも痒くもない奴だったからって、殺した犯人を捕まえなくていいわけじゃない、ってことは、さ」

「…………はい」

 シリルは涙を拭いて、小さくうなずいた。声がかすかに震えている。

「ダンのことですね」

「そうと決まったわけじゃない」

「でも、一番ありそうなのは、その線です。学院でお話しした時にも、言ってたじゃないですか。僕は……たとえ殺されたのがグリフィンで、殺したのがダンであっても、このまま見過ごしていいとは思っていません」

 シリルの声には、強い信念が宿っていた。リーファは、そうか、とうなずき、静かに本題を切り出した。

「そうだな。だからオレたちは、ダンを見付けなくちゃならない。この広い王都のどこかに隠れているダンを見付けて、話を聞かなくちゃならないんだ。……彼の居場所に心当たりはないかい?」

 問われて、シリルはしばらく考え込んだ末、残念そうに首を振った。

「すみません、僕にはわかりません。ダンも実家は遠いと言ってました。王都には知り合いもいなくて、学院の外に出ることもあまり……せいぜい近くの酒場とか、グリフィンの家ぐらいだったと思います。身を隠す場所なんて、どこも」

「そうか」

 うーん、とリーファも考え込む。と、フィアナが近付いて来た。

「ついでに、私の質問にも答えて貰えるかしら?」

「あ、はい、分かることなら」

 シリルは少し気後れした様子だったが、こくりとうなずいた。

「ありがとう。じゃあ訊くけど、ダンは魔法について詳しかった?」

「え? いいえ、まさか。全然ですよ。グリフィンと会ってはいましたけど、魔術の話はしてなかったみたいです」

 どうしてそんな事を、とシリルは首を傾げた。フィアナは説明せず、質問を続ける。

「ダンは白黒をはっきりさせる性質だった? 悪いものは悪い、邪悪なものは存在すべきではない、なんていうような?」

「うーん、まあ、近いものはあると思います。はっきりそう言ったことはありませんけど、見ている限りでは、とても潔癖なところがありましたから」

「そう……ありがとう」

 訊くだけ訊いて、フィアナはふいと踵を返す。

「おい、フィアナ」

 慌ててリーファはそれを追い、腕をとらえた。

「何を考えてるんだ?」

「さまよえる死者をおびき出すための方法よ。隠れ場所に心当たりがないとくれば、誘い出すしかないでしょ? 大丈夫よ、心配しないで。実行する時には、ちゃんと姉さんにも知らせるから。今はもう少し、あの子についていてあげてね」

 フィアナはにこりとすると、急ぎ足に父親――ディナルの方へ行ってしまった。

(何をするつもりなんだ……?)

 取り残されたリーファは、眉をひそめ、嫌な予感に胸をざわつかせていた。


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