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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
智慧の守護者
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二章 増える謎(1)


 翌日、リーファは新しく立てた予定に従って、警備隊本部を抜け出すことにした。

 裏口からこそこそ出て行こうとするリーを、ディナル警備隊長が見付け、野太い声で呼び止める。

「こらぁッ! 貴様はこの後、面談の予定が入っとるだろうが! 給料の査定に響いてもいいのか!?」

 脅し文句も効果がない。リーファはすたこら走りだし、角のところでひょいと振り返って、小馬鹿にしたような敬礼をした。

「とある人から、特別厳重な見回りを頼まれましたので! 警らに参ります、失礼!」

 怒鳴り声を背中に受けながら、リーファは瞬く間に姿を消した。

 無事に逃げおおせたその足で魔法学院に向かいかけ、そうだ、と踵を返す。

(どうせ行くんなら、ほかにも何か手掛かりがないか、もう一度グリフィンの部屋をあさってみよう。もしあれが何か物騒なことを記した本の切れ端なんだったら、部屋にもまだ、その手のものが転がってるかもしれない)

 だとしたら、放置しておくわけにもいくまい。つくづく魔術師ってのはロクなのがいねえな、などと勝手に一般化し、貧民街に足を向けた。

 行ってみると、下宿屋の様子は昨日とまるで変わっていなかった。やはりノックに返事はない。こんなことなら、鍵をかけ直しておく必要すらなかっただろう。

 リーファはまたちょいちょいと細工をして、扉を開けた。

「うっ」

 一晩閉め切っていたせいか、ぷんと臭気が鼻をついた。心なしか、昨日よりも酷くなったような気がする。

(何の臭いだろう。部屋の隅っこでチーズでも腐ってんのかな)

 今日は本格的に家捜しして、生物なまものは始末しておいてやるのが親切かもしれない。

 そんな事を考えながら敷居をまたぐと、扉を開けた時に落ちた通達の紙が、カサリと爪先に触れた。リーファは屈んでそれを拾い上げてから、昨日、何が不自然に思えたのかにやっと気付いた。

「封書じゃない」

 半ば呆然と、声に出してつぶやく。

 金銭的な価値はないものの、これとて重要な書類には違いない。それなのに、剥き出しのまま扉の隙間に挟んでおくなど、不用心すぎる。封筒に入れなくとも、せめて三つ折りにした紙に直接封印が捺されているべきだ。でなければ、これでは誰でも自由にご覧下さいと言うも同然ではないか。……現に自分も見たわけだが。

 リーファは目つきを険しくし、その場で通達をためつすがめつ子細に検分した。どうやら開封時に一緒に切ってしまいかけたらしく、小さな切れ込みが折り目の端に入っている。三つ折りの紙が重なる部分には、もちろん封蝋の跡はない。

「一度、誰かがこれを読んだってことか」

 己の不明に対して小さく舌打ちし、リーファは警戒の目で室内を見やった。

 恐らく、読んだのは部屋の主、グリフィンだろう。彼が行方不明になったのは、通達の日付よりも後だ。誰かがその時期をごまかすために、室内にあったこれを扉に挟んで、外から鍵をかけたに違いない。

 ……だが、誰が?

 一度部屋を不用心に開けてしまったのが悔やまれる。爪先立ちでそろそろと窓に近寄ると、明かりを入れるために鎧戸を開け、リーファは床に屈み込んだ。日光を受けて、床の上に散らばる埃や糸屑、髪の毛などがちらちらと光っている。

 ひとつひとつ拾い集めてみた結果、手掛かりになりそうなのは、濃紺色の糸屑が数本、それに金と茶色のそれぞれ短い髪ぐらいだった。金髪は昨日のフィアナのものとも考えられたが、それにしては太くて短いし、まっすぐで癖もない。

(誰か、グリフィン以外の奴がいたってことだな)

 いずれの髪が主のもので、客のものか、そしてまた客はいつ居たのか、そこまでは分からない。間の抜けた話だが、リーファは自分が探している人物の外見すら知らないことに、今頃ようやく気付いた。

(後でフィアナに訊こう)

 リーファはポーチから薬包紙を取り出すと、小さな手掛かりを丁寧に包んだ。

 それからさらに痕跡を探して、部屋中を丹念に調べ回る。

 ベッドの下に何か落ちていないかと、床に這いつくばったところ、どうやらそこから特にぷんと臭うようだった。床に汚れが見られるものの、目に付くような物は落ちていない。

 それが済むと、今度は机のまわりや小さな箪笥を調べ始める。何か乱雑な字で書き付けられた羊皮紙や、何度も書いては消した跡のある小さな黒板などを見ているうちに、リーファは妙なことに気が付いた。

(これ……魔術、なのか?)

 なかには確かに、ブッシツドウテイ部らしい内容も多い。リーファも知っているいくつかの薬草の名前や、混合手順などといったものの走り書きが読み取れる。だが、それだけではなかった。

「三七一年、……の御世、法令第三十……なんだこりゃ」

 いったいグリフィンは、何の勉強をしていたのだ?

 リーファは眉を寄せて考え込んだ。グリフィンは魔術師。の、はずだ。だが、あの燃えかすが王立図書館から紛失した例の本だとしたら、彼は死体の埋葬習慣についても調べていたことになる。まあ、まだそれは多少なりとも魔術に関係があると推測もできよう。

 だが、これは何だ?

(まるでオレが、入隊試験に向けて勉強した内容みたいだ)

 現在この国には、体系づけられた成文法が存在しない。過去数百年にわたって時の国王から出された法令の積み重ねが、すべての裁判の基礎になっている。現国王は時代に合わないものをふるいにかけて、まとまった法典を作らせようとしているが、いつになれば出来るやら。まさに気の遠くなる作業だ。

 そんなわけで便宜上、大法典とよばれる膨大な法令集とは別に、各都市や自治組織ごとに法が作られている。リーファが勉強したのは当然、王都シエナの都市法だ。

 しかし、魔術師が法令を学ぶとなると、どんな理由があるのか想像もつかなかった。

「うーん……今はこれ以上、わかんねえな」

 ひとりごちて、リーファは腕組みした。

(この辺りは六番隊の管轄だから、怪しい人物を見なかったか、とか、何か騒ぎはなかったか、とか、詰所に行って訊いてみるか。それからフィアナんとこに行って……)

 とにかくまず、あの燃え残った紙片の内容を確かめよう。それからグリフィンの外見を教えてもらって、この部屋にいたもう一人の人物を割り出さなければ。

 改めて紙片を取り出し、じっと眺める。

 なぜこれが燃やされなければならないのか。燃やしたのは誰なのか。

 首を傾げつつ、リーファは下宿屋を後にした。


 六番隊の受け持ちは街の新しい区画だ。と言えば聞こえはいいが、昔の市壁の外側に無秩序に広がってしまった町を新しい市壁で囲った区画なので、まっとうな界隈であってもやはり町並みは雑然としている。

 下宿屋を含む界隈は特に貧しい地域である南区で、三班の管轄だ。リーファは詰所に向かうと、まわりの建物と同じく薄汚れたその扉を開けた。

「っと、失礼」

 室内の警備隊員全員から鋭いまなざしを向けられ、リーファはノックし忘れたことに気が付いて謝った。立ち上がって剣の柄に手をかけていた何人かが、やれやれと肩の力を抜いて椅子に腰を下ろす。物騒な場所の警備隊が見せる反応としては、頼もしい。

「何の用だ、七光り」

 無愛想に言ったのは、班長らしい男だった。髪も髭も手入れされておらず、制服を着ていなければ、この辺りのごろつきと区別がつかない風体だ。リーファを睨む灰青色の目は、苛立ちと不快感に満ちている。警備隊長の姪であり国王ともつながりのある彼女が、気に入らないのだろう。

 リーファは、ここには配属されたくないな、と考えながら平静を装って答えた。

「行方不明者の捜索をしています。名前はグリフィン、この近くに下宿を借りている魔法学院の生徒ですが」

「そんな話は聞いてない」

 最後まで説明させず、班長はぶっきらぼうに否定する。リーファはため息をなんとか小さく抑えた。やれやれ。

「まだ捜索願いは出ていませんから。出すような友人知人がいないのかもしれません。ただ学院の方には既に半月ほど出席しておらず、住居を尋ねても無人なので、何かあったのではないかと思いまして」

「よっぽど暇を持て余しているらしいな、ええ?」

 厭味と言うにはあまりに冷淡にいなし、班長は椅子にふんぞり返る。埒があかない。リーファは冷ややかな怒りを面に浮かべると、班長の机にドカッと片足を乗せた。荒っぽい部署で、大人しく“良い子”に徹していては何ひとつ引き出せないと見切ったのだ。

「シャーディン河に死体が浮いてから慌てたって、遅すぎるんだよ。このボンクラ」

「貴様……!」

 ぱっと立ち上がりかけた班長の喉元に、リーファは一瞬でナイフを突き付けていた。七つ道具のひとつなので、細工には使えるが人を刺すにはなまくらである。が、それはそれ。気迫を込めれば充分、脅しになる。

「仕事を減らしてやろうってんだ、感謝して欲しいぐらいだね。この辺りの聞き込みはお手の物なんだろ? ちょこっと情報を寄越せばいいだけだ、あんたの損になるこっちゃねえだろうが」

 声は静かだが、小娘には不似合いな威圧感がある。班長はいまいましげにリーファを睨んでいたが、ややあって、フンと鼻を鳴らした。

「隊長が入隊させたがらないわけだ」

 手の甲でナイフを持つ手をゆっくり逸らし、椅子に座り直す。リーファがナイフをしまうと、班長は皮肉っぽく口元を歪めた。

「度胸は褒めてやるが、組織には向かんな。まあ聞け。この界隈じゃ、毎日何人もの人間が姿を消したり、盗まれたり、傷害沙汰を起こしたり……」

 そこで彼は肩を竦め、抽斗から分厚い書類の束を取り出してバサリと机に乗せた。

「届けがある分だけでこの始末だ。全部記録してちゃ紙がいくらあっても足りゃしないんでな、もう何年も、完全な記録なんざとっちゃいない。事件になってないことにまで、人手を割いてる余裕はないんだよ」

 言っている間にも、慌ただしく一人の女が駆け込んできて、隊員を一人引っ張り出して行く。ケンカらしい。その光景を眺め、リーファは肩を竦めた。

「……それで? 情報が欲しければその書類の山から探せ、と?」

「試してみるか? ここに配属されたばっかりの新人は、いつもこれをなんとかしようとしちゃ、十日ともたずに音を上げるのさ」

 秩序の戦士はそうして一人、また一人と混沌の海に呑まれていったらしい。

 リーファは、この散らかるだけ散らかり切った室内に平然としている面々を胡散臭げに見回し、最後に班長に視線を戻した。相手はすまし顔の裏に意地の悪い笑みを隠して、返事を待っている。

(このくそオヤジが)

 むっつりと不機嫌に、班長の髭面と書類の山とを交互に眺める。そうしてふと、ある事を思いついた。

「という事は」

 リーファは他の面々にも聞こえるように、声を大きくした。

「この辺りで起こった事や住人について、しっかり分かってる人間がほかにいるってことだな。あんたがちょっと調べ物をしたくなった時に、こそこそ会いに行くような奴が」

 すぐには誰も反応しなかった。面倒くさそうにちらりと視線を向けるか、さもなければ完全に黙殺する。しばしの静寂があって、班長がくっと笑いだした。

「おまえ、七光りを使ってここに配属してもらえ。うまくやれそうじゃないか」

「謹んで辞退させて頂きます」

 リーファはわざとらしく堅苦しい言葉を用い、しかつめらしく答える。それから身を屈めて班長にささやいた。

「で、どこに行けばそいつに会える?」

 リーファの育った貧民街にも、そうした存在はいた。事情通で、場合によっては相容れない立場の者にさえ情報を流す。彼、あるいは彼女が一声かければ、街のごろつきや盗っ人たちがこぞって協力する、そんな存在。何らかの組織の領袖である場合もあるし、まとまった組織はないが自然に影響力を持つようになった者もいる。

 いずれにせよ、会おうと思うなら何らかのつてがなくてはならない。

 リーファの問いに対し、班長は「さあね」と応じた。

「生憎と、会いたいからってすぐに見付かる相手じゃない。まぁ、捜してみることだな。向こうの気が向いたら、会ってくれるだろうさ。通り名は『蜘蛛』だ」

「蜘蛛?……わかった、ありがとう」

 ここらが潮時かと判断し、リーファは机から離れる。と、班長が「おい」と呼び止めた。

「未来の上司には、もちょっと愛想良くしておくべきじゃないか?」

(誰が未来の上司だって? 願い下げだ、こんちくしょう)

 リーファは腐ったパイを口に突っ込まれたような顔で振り返り、

「ありがとうございましたッ」

 吐き出すような口調で言い直すと、隊員たちのげらげら笑う声を背中に受けて、詰所を後にした。

 叩きつけるように閉めた扉の奥で、班長が興味深げに「グリフィン、ね」とつぶやいていたとは、想像もせずに。


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