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王都警備隊・2  作者: 風羽洸海
穢れた遺産
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九章(1)


   九章



 宿では意外にも、起きてリーファの帰りを待っている人物がいた。

「遅かったね。探しに行こうとしていたところだよ」

 雷の氷漬け、というものがあるとしたら、こんな感じだろうか。リーファは首を竦めて余計なことを考えていた。

「怒鳴るなよ、ロト。真夜中だぞ」

 ベッドに横たわったまま、シンハが一応注意する。だが、ロトの周囲では静電気がバチバチ音を立てそうなほどだ。背後に小言を積み上げた山がそびえているのは、幻覚だろうか。リーファは山が噴火するか土石流が発生する前にと、慌ててまずは謝った。

「ごめん、ロト。色々事情があってさ。ともかく、お説教なら後でいくらでも聞くから、この親父さんを介抱させてくれないかな」

 先手を打たれ、ロトは渋面になったものの、それでも気遣わしげにルクスを見やった。

「分かった。ベッドに寝かせるかい? なら僕が足を持とう。」

 せえの、で二人はルクスを空いている方のベッドに横たわらせた。靴を脱がせ、衣服を緩めて怪我がないか確かめる。それから水を飲ませて。

 少しルクスの表情が楽そうになってから、ロトが「それで」と切り出した。

「この人は誰で、君はどこで何をしていたのかな」

「それがさぁ……」

 リーファはちょっと頭を掻き、横目でシンハの顔色を窺ってから答えた。

「オレのせいでシンハが大変そうだからさ。なんとか一人で頑張ろうと思って、ミルテがいた裏庭に行ってみたんだ」

 ロトが片眉を上げ、シンハは微妙に苦笑を含んだ複雑な顔をした。リーファはその顔つきの意味が気になったが、二人とも何も言わなかったので、仕方なく説明を続けた。

 ミルテの骨らしきものを見付けたこと、何やら不吉な人影が現れたこと、納屋でルクスを見つけたこと……。

「親父さんを担いで出たところで、ウートのおっさんが待ち構えてたんだ。でも最初、そうだと気付かなかったよ。気配が普通じゃなかった」

 異様な恐怖感、裏切り者という言葉。ミルテの叫びにウートが意識を失い、倒れたこと。

 そこまで話すと、リーファは室内の面々をぐるりと見回した。どうにか身を起こして話を聞いているシンハ、その傍らに立つロト、ぐったりしたままのルクス。そして、ルクスの枕元に座っているミルテ。

 室内には煤けたランプの明かりしかなく、誰もが幽霊めいている。こうしていると、ミルテもほかの人間と同じ、生きた存在のように見えた。その手がルクスの腕を貫通していることさえ気にしなければ。

 リーファはミルテの手元から目を逸らし、強いて平静を保って話しかけた。

『ミルテを埋めた奴に、ウートのおっさんは取り憑かれちまってるんじゃないかな。違うかい、ミルテ?』

『……あいつよ。あいつがあたしを埋めたの』

 そうつぶやいて、ミルテはルクスの体に触れた。いたわってさするように、あるいは何かを探すように。

『父さんはあいつと話してた。ほかにも一人いたわ。何を話してたのか、あたしには分からなかったけど。父さんは嬉しそうだった。それなのに』

 ミルテはきゅっと唇を噛み、うつむいた。伏せたまつげの下から、すうっと涙がひとすじ頬を伝う。

『きっとあいつが、父さんを殺したんだわ』

 ミルテが遠い記憶の中に閉じこもってしまったので、リーファは困ってシンハとロトに視線で助けを求めた。どうやら今は、論理的な話が通じる状態ではなさそうだ。

 だがシンハはぼんやり何事か考え込んでおり、ロトは微かに疑問符の浮かぶ表情をして、小声で言った。

「リー、そこに彼女がいるのかい」

「え?」驚いてから、リーファは慌てて声をひそめた。「あんたは見えてないのかい」

「そのようだね。君や、陛……その、二人とも見えているんだから、僕にも見えるかと思ったんだけど。どうやら僕は鈍い性質らしい」

 ロトは悲しげに言って肩を竦めた。ルクスがいるので、おおっぴらにシンハの身分や事態の詳細を口に出来ず、なんともやりにくそうだ。もっとも、今のルクスの状態からして、何を話してもその内容を理解できるとは見えないが。

「ふうん。そうなのか」

 リーファは曖昧な口調で相槌を打った。羨ましいような、不便だなと言いたいような、妙な気分だ。常日頃ロトのことを、何でもこなせる有能な側近、と見ているものだから、その彼が全く手も足も出ないことを自分が当たり前に行っているのが、にわかには信じがたい。

 リーファの無意識に芽生えた下剋上の兆しを感じ取ったのか、ロトは警戒するように眉を上げた。仕方なくリーファは、やや強引に話題を変える。

「ええと、状況を整理するのは一眠りした後にしようか。さすがに疲れちまったし、夜中じゃいくら声をひそめても聞かれる可能性が高いもんな。だから今はとりあえず、さっきおあずけにしておいた、お説教だけ貰っとくよ」

 その悪びれない口調にロトが顔をしかめ、シンハが失笑した。これだけ間が空いた上に、はいどうぞ、と言われては、いまさら落とす雷などありはしない。

 白々しく瞬きして見せたリーファに、ロトはがっくり肩を落として呻いた。

「……僕がここに着いた時、何を見たか教えてあげようか。客の所持品を物色する宿屋のあるじ夫婦だよ」

「げっ」

「さすがに大っぴらにはしていなかったし、看病していたんだとか、持病があるなら薬を持ってないかと探していたんだとか、もっともらしい言い訳を用意していたけどね。あれは明らかに、病気で身動きできない客の荷物から金目のものを失敬しようとしていたよ。危うく指輪まで取られるところだった」

「あ痛ぁ……」

 リーファも呻いて、片手で顔を覆った。シンハがにやにやしながら追い討ちをかける。

「思いやりはありがたいが、ロトが来なければ俺に関する間抜けな伝説がひとつ増えているところだったな」

「それでさっき、二人とも変な顔をしてたのか……。ごめん、ちょっと考えが足りなかったよ。てっきりあの夫婦も寝ちまってると思ったんだけどなぁ」

 ちぇっ、とリーファは萎れた風情で謝罪した。ロトはそこで矛を収めようかどうか一瞬ためらった後、残念そうに続けた。

「追剥ぎ宿のあるじが肝を潰そうが、巷間に流布する恥ずかしい伝説が増えようが、そんな事はそれぞれ自業自得だからいいけどね。顔を赤らめて物陰に隠れたら済むことだし――もっとも、誰かさんは逆に面白がって調子に乗りそうですが――でもね、リー。もし彼らが身ぐるみ剥いだ上で客を殺して埋めてしまうほど性質が悪ければ、笑い事では済まされないよ」

 ロトの口調は静かで、余計な感情は欠片もない。それだけにリーファは、自分の落ち度を否応なく認め、飲み込まなければならなかった。

「確かにこの村は王都に近くて治安は良い方だ。でも君は、一人で出ていく時にそのことを考えて危険と目的とを秤にかけたかい?」

「…………」リーファは無言で首を振る。

「言いたくはないけれど、君の行動は独善的で軽率だった。今後は二度とこんな真似をしないように、慎重に判断して欲しい」

「うん。気をつける」

 リーファは間を置かずに答え、うなずいた。それからつい、堪え切れずにため息をつく。自分が情けない。

 お説教は終わりだという合図に、ロトはいつものように温かみのある苦笑を浮かべ、慰めるように言った。

「素直に失敗を認めるのは、君のすぐれた才能のひとつだね。それにしてもこのところ随分、何というか……君らしくない迂闊ぶりが目立つけど、大丈夫かい」

「オレは元々あんたほど有能じゃないよ」

 リーファは肩を竦め、相手が顔を曇らせたのに気付いて、慌てて続ける。

「まぁでも確かにね。今回は自分でも、馬鹿なことばっかりやってる気がするよ。だから余計に、慣れなくちゃ、って無理したんだけどさ」

 何に、とは口に出さない。だがロトは納得し、ああ、と同情的にうなずいた。

「そんなに怖いものかなぁ」

「うるさい」途端にリーファは険悪に唸る。「それ以上何も言うな。言うなったら言うなよ!」

 傍で聞いていたシンハが失笑し、何やら言いたげな目を向ける。それでよく慣れなきゃなどと言えるな、とかなんとか。声に出さなくても充分に雄弁だ。リーファはぎろりと睨み返してやった。

 無言のやりとりに、ロトが笑いを堪えてこほんと咳払いした。

「それじゃ、何も言わずにすむように、今夜はもう休もう。リー、君は隣の部屋を使うといいよ。僕が新たな客と知って、実に愛想良く迅速に用意してくれた部屋だ。一人部屋だし、丁度いい」

 リーファは束の間きょとんとし、それから顔をしかめて言った。

「良くねえよ。あんたの寝床がなくなるじゃないか。オレは床で寝るから……」

「あのね」素早くロトが遮った。「僕は女の子を床に寝させて、自分はベッドで安眠できる性質じゃないんだよ。相手が四つ脚の毛むくじゃらだったら別だけど。いいから、隣を使って」

 有無を言わせぬ強い口調に、リーファは何とも腑に落ちない顔をしながらも、おとなしく「わかった」とうなずいた。滅多に女の子扱いされることなどないもので、たまにそう言われると当惑してしまうのだ。小娘呼ばわりされることはままあるが、性別と年代を表すその単語も、たいていは単に「役立たず」の代名詞として使われているにすぎない。

 そんなわけで、リーファはまるで「言われてみればオレって女だったなぁ」とでも言いかねない表情で、頭を掻き掻き隣室へ撤退したのだった。


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