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「ふー。いっぱい買ったね」
確かにみっちゃんの両手には膨れた買い物袋、だが私の手はみっちゃんのバッグ以外何も掴んでいない。(買い物袋はみっちゃんが自分で持つといって譲らなかった。)
みっちゃんは相変わらずで、あれから買い物をしたりカラオケに行ったりで、「アヤシイ男」、ひいてはIC関連の話にすらまったく触れてこようとしなかった。
本当、一体何のために海老名に来たんだろう。
「満足しとるのはみっちゃんだけやで」
みっちゃんに付き合ったせいで、来てから大分時間が経っていた。外が薄暗い。
「えー、そう?」
先を歩いていたみっちゃんが振り向いた。そんな不思議そうな声を出すな。
「そうや」
「だって楽しかったじゃんよ」
「いやいやいや。まず目的が違っとるやん」
ここに来た目的は互いの情報交換やろ。
もう駅は目の前だ。
みっちゃんがじゃあね、と手を振りかけてあ、と口を開いた。
ベンチに移動して、みっちゃんはどかりと座り込み、ふうと息を吐いた。ばあさんかいな。
けど結構満足そうな表情をしている。本当に楽しかったんやね。
「そうだそうだ、言うの忘れてたよ」
くたびれたことをおくびも隠さずに、みっちゃんは言った。すまんな、持つの手伝ってあげれば良かったな。
「その前に口閉じい、随分な間抜け面すぎて目も当てられん」
「口閉じたらしゃべれないよ! それでね、ドクターから聞いた話なんだけどね。例の男がICの会員情報を外に流したっぽくてさあ」
「はぁ!?」
頭を誰かに殴られたかの様な衝撃に見舞われる。奴が、そんな。
あの時に捕まえていなかった私のせいだ。
「それで、奴のことを便宜的にA.m.って呼ぶことにしてね」
みっちゃんのどうでも良い情報を聞き流し、私は唇を噛んだ。
「そか」
返すのがやっとで、頭の中では自分を責め立てる文句が渦を巻いていた。ぐず、のろま、とんま。
お前があの時仕留めなかったからこんな事になったんだ。
お前のせいだ。
ぐっと両手を強く握って、唇を噛んだ。
「きなちゃんのせいじゃないよ」
「うん」
「これはA.m.が勝手にやったことだから、気にしなくて良いよ」
みっちゃんの優しい言葉が身に沁みるようだ。
「ありがとう、ところでA.m.って誰?」
「さっき説明したじゃんよ!」
「聞いとらんかった」
きなちゃんってば意外なところで天然だね。みっちゃんがそう呟くのが聞こえた。
別れ際、空の暗さにため息を吐く。
駅の前で話し込んでいたのが主な原因だ。
「まあ、お前のことやからさして心配しとらんかったが」
家に帰って遅れた弁明をするなり、母のこの一言である。酷い。
「娘の心配とかせぇへんの」
「なんでうちが心配せんとあかんのや」
なんかもう、反論する気すら起きない。話していると気分がへこむ。沈むのではなく、へこむのだ。
「もうええ、寝る」
「夕飯は」
「いらん」
自分の真っ暗な部屋に入る。明りをつけてベッドに座った。
パソコンをつけ、インターネットに接続した。A.m.が本当に情報流出をしでかしたのなら、それを止めるのは私の役目だ。
ICにログインしようとしたところで、ポケットの中で携帯が震え始めた。
「はいもしもし」
『あ、きなちゃん?』
「なんやの、もうくったくたなんやけど」
『あのね、A.m.の事なんだけどね』