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 何だかなあ。礼の「アヤシイ男」を取り逃がした日から、私の気分は沈んだまま浮き上がってこない。

 サイバーポリスのストーリーは、「クエスト」を受けてお金を稼ぎ、トップランクの賞金稼ぎになること。

 「クエスト」は基本的に作られたものなのだけれど、たまにサイトで悪さをした人を捕まえるという、実践的なものもある。

 「アヤシイ男」もそれに該当すると思う。

 ベッドに上半身を投げ出したまま、私はぼんやりと考えていた。

 携帯電話が鳴った。こんなときに誰や。

「空気読みぃや」

 言っても詮無いことを言って、電話に出る。

『もっしもーし。みそかちゃんでーす。勝ちましたなあ』

 テンション高い。頭がキンキンする。相変わらず元気やな、みっちゃん。サイトに行ったか、同じチームの奴に聞いたかで私らの情報を掴んだのだろう。

 みっちゃんは小学校時代の友達で、今は同じ神奈川県内に住んでいる。「今は」なのは私が転勤族だからだ。

「おお、みっちゃんか。その節はどうも」

 彼女の声を聞いて、ちょっとだけ気分が上昇した気がした。

『うん、みっちゃんよ。聞いたんだけど、きなちゃんしてやられたみたいね』

「やかましわ。それがどないやっちゅうねん」

 それをわざわざ掘り返しにきたんか。みっちゃんの事だからそれはないと思うけど。改めて言われると傷つく。ていうか自分、今さっき「勝ちましたなあ」て言うたやん。

『べっつにー?』

 やっぱり。

「まあええわ、そっちはどない?」

 電話の向こうでわざとらしいため息が聞こえた。

『キナコのせいでやることがなかったよ』

 お陰でつまんなかったじゃんよ、もー樹夏ちゃんのばかばか。そんな子供らしい幼馴染みの言葉に、思わず噴き出してしまう。大量発生したウイルスの掃討というクエストがあったのだけれど、彼女たちが行ったときには、もう解決したあとだったのだろう。

「あー、そらすまんかったなあ」

 しかしばかはちょっとむかつく。

『ほんとだよ、まったく』

「んじゃ、次も任しとき」

 少し胸を張って言えば、みっちゃんが怒ったように返してきた。

「いーや、次は東組が勝つね。絶対だからね」

 サイバーポリスはクエスト進行の利便さから、チームを組んでいることが多い。私は西組というコンビをアーサと二人で組んでいる。対してみっちゃんの属するチームは東組を名乗っていて、西組とは対立関係にある。

「えー」

 うちらのが一歩リードしてるねんで。

『そうだ、海老名行こうよ』

 唐突に、みっちゃんが言った。

「は?!」

 思わず素っ頓狂な声が出た。

 ――えっと、今までの流れは一体。

『情報交換だよ』

 そのあとみっちゃんが何だか強引に時間を指定し、ともかく私は海老名に向かうことになった。

 時計は一時だった。


 海老名の駅で、私は地団駄を踏んでいた。邪魔にならないように柱に隠れるようにして。理由はとにかく。

「遅い!」

 良く大阪の人はいらち、せっかちだと言われるけど、人を呼んでおいて待たせるとはいかがなことか。

 ――そう言えばみっちゃん、時間にルーズなんや。ものすっごく。

 思い出す。小学校の頃、みんなが「五分前行動」をする中、彼女一人だけ「時間ぎりぎり」に動いていたことを。

 まあ五分前行動が出来ない訳じゃなくて、ただ単にしないだけなのだろうけど。そっちの方が質悪いが。

 ――それにしても遅い。

 折角海老名に来たのだから、みっちゃんには適当に謝罪のメールを入れて、自由行動をしようかと思い始めたときだ。

 背後でゼェハァ息を切らす音が聞こえてきた。見知った声だ。

「ごめん、遅れた」

 みっちゃんだった。

 振り向けば、膝丈のショートオール。白いタイツに、紐で緩く結ったブーツ。薄手のカーディガンを着ていて、その下からは水色と黄色の縞模様のシャツが覗いている。

 それよりも目を引くのは、背中まで届く黒髪。髪とコントラストになるような白い肌。コントラストの中間色みたいな灰色の目。

 近づくにつれ、私との身長差が明確になる。馬鹿にしてるのかと言いたくなるくらいには背が高い。少なくとも、周囲の人は姉妹かと誤解するくらいには。それでも同い年なのが不思議だ。

「そんな慌てて走ったらこけるで」

「え? あ!」

 まるで打ち合わせでもしたみたいに、見事なタイミングでみっちゃんは転んだ。

「おい」


 みっちゃんが遅れた最大の理由は、姉弟げんかだと言う。ただ、聞いているとみっちゃんに非があると思える内容だった。

「だってね、ゲームやテレビばっかじゃ体に悪いでしょうから、一緒に連れて行こうと思ったのよ。そしたら切れられて」

「当たり前や! 中坊にもなって姉貴の買い物にホイホイついて行けるわけないやろ」

 これはみっちゃんが悪い。中学生の男の子が、姉ちゃんの買い物についてくなんて恥ずかしすぎやろ。

「えぇー」

 無自覚かいな。

 駅で会って早々、みっちゃんに遅れた理由を尋ねた結果がこれである。今はカフェで尋問に答えているところだ。弟くんが可哀想やわ。イオン君だっけ。すごく体に良さそうな名前なのは覚えてる。

「それにしても相変わらずの遅刻癖やなぁ」

「だっていーじゃんよぉ、五分ぐらい」

 彼女の家が駅から少し遠いのは知っている。「都会の田舎」である。自転車で飛ばしても、軽く二十分はかかるのもわかっている。しかし、

「五分前行動は常識!」

 混み始めたカフェの店内で、私は抑えた声で怒鳴った。

 そもそも駅まで二十分かかることを想定して動くべきだ。

 みっちゃんは眉を寄せた困った顔のままケーキを食べた。人の好きなモノは簡単には変わらないらしい、食べることが好きなのは昔から一貫してる。

 ため息をついてから、私もカフェラテを飲む。

 チン、とフォークを置く音がした。音のする方を向けば、みっちゃんが楽しそうな顔でこっちを見ている。ケーキは半分くらいなくなっていた。相変わらず早っ。

「で、これからどーするん」

 私もカップをソーサーに置く。

「ショッピング」

「うちから話聞くんじゃないんかい」

 目的が変わっちゃっとる。

「だって折角海老名に来たし」

「おい。本末転倒やろうが」


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