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 ミヤハルは結局、あの話を全て理解したわけではないらしい。まあ、しょうがないと思う。彼女はああいう分野がすごく苦手なタイプだから。

 結局今日の授業は右から左へ流れていって、何があったのかほとんど覚えていない。授業中、ずっとあのウイルスのことを考えていたから。

 その考察は、帰りの自転車でも続いた。

 一体誰が、何の為に放したのか。

 最近は物騒だ。ウイルスを使ってデータを不正に集める者もいる。

 「何の為に」はデータを集めるためだろう。ただ、動機という大事なピースがかけている。そもそも何のデータを集めたかったのか。

「わっからーん」

 思わず空を仰いで、またふらついた。今度は体勢を立て直せずに、自転車は乾いた音を立てて地面に衝突した。

 天地が逆転する。

 頭がじんじんする。腰も痛い。爺か。

 私は地面に投げ出されていた。それを理解するのに五秒かかった。

「何やねん。もう」

 もう嫌やわ。腰……じゃないケツ痛いし。骨盤打ったんやろか。

「あーもう」

 投げやりな気分で起き上がり、自転車を立て直す。またがると、やはりおしりが鈍く痛んだ。

 

「ただいま」

 言ったはいいものの、家には誰もいないようだった。おかんは買い物に行っているようだし、大学に行ってすっかり遊び人になった姉貴もいない。

 リビングの机の上には、これでも食っとけと言わんばかりに、粗雑に置かれたポテチの袋がある。

 乱暴にソファに座ると、おしりが悲鳴を上げた。

「痛ッ」

 まさかひびでも入ったんじゃなかろうな。そんな心配をしながらポテチをむさぼる。

 一体誰が何のためにウイルスを放ったのか。

 ――考えても始まらんな。

 カバンの中から携帯を取りだし、アーサのメールアドレスを表示させる。彼女との連絡方法はメールか、サイバーポリスでの会話に限られているからだ。

素早く用件を入力して、送信する。


◇ ◆ ◇

「遅い!」

 アーサは地団駄を踏んだ。キナコがアーサ呼び出してから五分経った。遅刻である。

 苛立ちが募って、その場を歩き始める。と、背後に何かの気配を感じた。

 アーサが宙に手をかざすと、そこにピストルが現れた。振り向きざまにピストルを握る。そこにはあの黒いブロック状の生き物がいた。すぐさま消去する。

 ジッという何かが焼け焦げる音を立てて、ウイルスは消えた。

 ウイルスが完全に消えるのを見届けないうちに、アーサの視界は黒で覆われていた。ウイルスの壁だ。

 アーサはピストルを握る右手を見た。そして人工空を見上げる。

 ――空は、青い。

「って現実逃避しちゃーる場合かボケ!」

 自身を鼓舞し、左手を宙に掲げる。ビームソードが現れ、左手に収まった。

 構えて、大声をあげながら壁に斬りかかった。密集していたウイルスが、少しだけ揺らいだ。その瞬間を狙って銃を撃ち込む。

 どう、という現実世界で聞けば耳を覆いたくなるであろう轟音を立てて、壁の一部が吹っ飛んだ。そこからビームソードで壁を文字通り切り崩していく。

 背中に熱い感触が走った。攻撃されたらしい。振り向き、自分を攻撃したと思われるウイルスを射撃する。

 1分もかからないうちにウイルスはあらかた消滅して、アーサは息をついた。ウイルスに当たり散らしたのが効いたのか、穏やかな表情をしている。

 が、その表情は一瞬にして曇った。

 ウイルスが集まって、人型を成していた。

「なんや、これ」

 曇った顔は驚愕に閃き、ウイルスの集合体を見上げていた。

 気配を感じて、咄嗟に後ろに飛び退く。

 轟音が耳をつんざく。

 風圧に、不安定だったアーサの体は吹き飛ばされた。

 アーサが立っていた場所には、ウイルス巨人の拳が突き刺さっていた。

「なんちゅう……スピードじょ」

 建物にめり込んだ体を起こしながら、アーサは呟いた。次の攻撃に備え、ビームソードを構える。

 しかしウイルス巨人はそこで動きを止めてしまった。

 地面に突き刺した拳から、何か光のようなものを吸い上げているように見える。

「何を……やっちゃーる」

 ウイルス"巨人"とは言っても、体は小柄なアーサよりも一回り大きい位だ。異様なのはその腕だった。

 太い、そしてでかい。真っ黒なそれに光る血管のようなものが浮き出ていた。

 不気味である。

 アーサは建物から体を離し、ゆっくりと地面に着地した。背後で建物の崩れるぱらぱらという音がする。そして深呼吸。

 ――キナコ、早うこい。

 アーサはビームソードを構えると、ウイルス巨人の腕に突き立てた。

 腕が揺らぐ。コンピューターウイルスで出来たからだが、一瞬、苦悶の表情を見せたように見えた。

 すぐに離脱して、ソードを横に薙ぐ。

 存外にも腕は音もなくあっさりと崩れた。

◇ ◆ ◇


「何が起こっとんねん」

 返ってきたおかんに皿洗いを頼まれ、遅れてやってきてみればすでにバトルは終わっていたようだった。

「アーサ?」

「遅いやっしょ!」

 ビームソードの横薙ぎを寸前で避ける。

 そうだった、アーサは堪忍袋の緒が切れやすい方の人種なのだ。

 私のアバターはお手上げのポーズを取った。早速アーサを宥めに掛かる。

「しゃあないやろ、こっちだって都合が……」

「都合があんのはこっちだって同じじょ! そもそも呼び出したのはおまんの方やっしょ!」

 そう言われると、二の句が継げない。

「すまん」

「……まったくよー。で?」

 アーサは道の中央に立ち尽くした、黒い人のようなもののほうを向きながら言った。

「あれが例の」

「ほうよー。おまはんが遅いせいであががふてる羽目になったんじょ」

「おお、生きとる?」

「一枚……足りない……」

「いやぁー、呪わんといてー」

「画面越しに呪えるかの。で?」

 ようやく本題に入る。やっぱりボケ突っ込みがないと安心できんわ。

「例えば落とし穴掘ったとするやろ。したら、誰が引っかかるのかなって、気になるやんか」

「確かに。先公とか、クラスのウザい男子とか陥れてみたいじょ」

「ほどほどにせえよ。んで、様子見に来たくなるやろ」

「ほしてほのまま放置すると」

「ちゃんと食事はやれよ。その原理で、犯人はここに来ていると」

「ほの原理で、先公とウザい男子は餓死寸前で脱出されたと」

「生きとったんか!」

 ……と、また会話が弾んでしまった。慌てて周囲を見回す。アヤシイ人物らしき人影は存在するだろうか?

「奴は?」

 アーサが示す。しかし、仮想空間には人などどこにも見あたらない。

「どこや」

「だから、あっこにあらいしょ」

「うち目ぇ薄いんやろか」

「さーよ」

「ちょ、何か冷たない!?」

 まだ怒っとる。

「とっ捕まえてくるじょ」

 アーサのアバターが走り出した。

「待ってぇな!」

 アーサの後を追いかけてアバターが走る。ようやく画面内に黒い人影が入ってきた。

 ――アーサには、これが見えとったん?

「待てやゴルァ!」

 アーサが逃げる人影を相手に罵声を飛ばしていた。「しばく」とか「はったかす」とか、なんだか平穏ではない言葉が次々とマシンガンのように連射される。

 けれど人影はそんなもの意に介さないという風に消え始めた。

 ログアウトだ。

「逃げんな!」

 私のアバターがアーサを追い越す。速さには自身があるのだ。

 その拳は画面の外からでも堅く握られているように見える。

 アバターが高く振りかぶった。

 そしてそれを勢いよく振り下ろす。

 拳は空を切り、アバターの体は攻撃をしかけたところで止まった。

 人影が立っていたところだ。


「ちくしょう」

 画面の外で、私は強く拳を握りしめて呟いた。

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