08.親友なら苦楽を共に
「ちょ、おま、何それっ! ぎゃあはははははははははは、はあっ!! プッ、ぅぅう、腹が、腹が……あーははは!! 笑い死ぬ、死ぬっ!」
「こういう時は気にしないのが優しさだろうに! 友達がいのないやつめ!」
むっさい男のオアシス、レッカーに到着したけれども……笑ってるね。むかつくことルックは大笑いだ。勇者にもう一回ボロボロにされてしまえばいいのに!!
だが、こちらを見ているのは奴だけではない。周りの他の奴らも見ている。
……。
わかってるよ! え、モブの顔のどこに注目要素があるんだよって、ツッコミを入れたいんだろ!? おうおう、教えてやんよ、頬だよ! 手形がバッチリついてんだよ! 例の嘘を送り届けた時に言ったらこうだよ!
俺が何をしたというんだ!
回想。
そう、あれは、ジャミル家の玄関前でのことでした。
俺はいつものようにメイリーを送り届けたのです。今日は友人であるルックとの用事があったので、時間は少しばかり早かったでしょうか……。
もちろん、モブですから、俺には下心などと言うものはなかったのです。いつだって、全力でモブです。な、なのに!! いきなりメイリーが、きゃーっ! あーれー、おたすけー!
……ウソデス。
これじゃ、叩かれないですね、ええ、実際はこうでした。
「いいか、安全だとは思うがパパラッチ等には気を付けるんだぞ。顔も化粧落とさないと大変なことになるからな」
「わかった。また、明日」
「おん?」
別れ際、そう言われたのですかさず例の嘘を吐く。もちろん、追求されて嘘くさくならないように別れ際をあえて選んだ。
言っておくが、言い忘れとかじゃないからっ! 所長に言って満足とかじゃないからっ!
「おーおー、そうだ、そうだ、言い忘れてたわ」
言ってるだけで言い忘れてたわけじゃないからっ! 会話の流れ、流れ!
「今日パパラッチ居ただろ? ああいうのが今後増えたら困るってんで、所長が当分研究所来んなってさ。つーわけで、俺はこっち来ないかぁらーって、眉間皺、皺っ!」
給料ドロボーな上に、仕事放棄な俺を批難するための皺ですか? 勇者と戦って来ようかなという俺ですよ、給料以上のことしようとしてますよ!!
「化粧と髪は?」
「じ、自分で?」
「自分で?」
ニラ見あい。じゃなかった、睨み合い開始。じぃー。
「「……………」」
プイ。あ、やった、美形との睨み合いに勝った!
「明日もちゃんと来て」
でも、何かに負けた。
「そんなに俺に会いたいのー、えー、仕方ないなー」
バチン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これ、事の真相。ね、今の流れ、俺叩かれるとこなかったでしょ!
「隠すとか、治すとかいろいろあんだろ、ヒィー、ヒィー、ぷくく」
「時間も魔力もねーよ、もう、次笑ったら奢らないからなっ!」
ここへ直接来た俺にそれを言うか、こいつ!
傷を治せるほどの魔力を使えると思うのか、こいつ!
「それとこれは別。オレは被害者、お前は加害者に人を売った極悪人だろ」
モブ知識。自己主張は噛まずに真顔で、言うよねー。
明日も、こいつが勇者にボコボコにされますように! 眼鏡パパラッチとかに追われて逃げまどいますように!
「しゃーねえな、笑ったことだし、治してやるよ」
ルックの手が俺の顔の前に差し出される。
淡い光が顔の前に生み出され、ジンジンと痛んでいた頬は熱を失っていく。
「いやー、あまりの優しさにシャド、恋しちゃいそう、うふ」
目を輝かせて言ってみる。瞼、ぱちぱち。
「死ね。さーて、何飲むかなー。あ、おねーさん、とりあえず、料理上からここまで持ってきてくれる?」
「ちょ、え、どんだけ食うの?」
お酒飲むんだと思って、高いの飲める感じでしかお金持ってきてないよ、俺!
「満漢全席な勢いで?」
(しばらく極貧生活決定……)
「おいおい、嘘つけよ、金持ってんだろ?」とか思うかもだけど、伯爵の次男ですから、俺!
金を持ってるのは親父とお城務めの長男だけよ。給料ドロボーはその給料でしか生活してないんだよ!
メイリーの給料と比べたらすずめが、ちゅんちゅんしてる給料だから!
俺、慎ましく生きるモブの鏡みたいな男だから!
「けっどよぉ、なんで勇者はメイリー嬢なんかに求婚すんだろなー。普通に考えて、うんな、冒険しねえだろ。おねーさーん、それから、これと。あと、これも!! ついでに、ビールジョッキで」
「はぁいー」
ムチプリな看板娘のお姉さんが返事をする。
本当に、お前全部、食うんだろうな。嫌がらせのために、一口ずつとか言ったら怒るぞ、俺。
「綺麗だし、頭良いし。給料良いし、子爵令嬢だし、奇女だが優良物件には違いないだろ! おねぇさぁーん、俺水ちょうだい。水」
「はい、これご注文の料理のここから、ここまで分ですぅ。お水はちょぉっと待ってねん」
揺れる胸、立派なヒップ。看板娘も悪くないですね。
モブじゃないですが、なんというか、ムチプリは無敵なのですよ。
「肉旨そうー」
キンキンと、ナイフとフォークがぶつかる(マナー違反なので、良い子はマネしないでね!)。
「オイシソウデスネ」
机の上のこの肉! もう料理って言うか、肉! 肉、肉、肉、魚、肉、肉、野菜、肉。どんだけ、肉食だお前。
ええい、自棄だ、俺も食う!!
グサ。
グサ。
ん?
「お前はいいだろうが、オレならごめんだね。もっと普通の可愛い子でいいわ。その点勇者とか選び放題だっつのに、理解できなぁーい、これはオレのだぁ、楽しみにしてたんだからあああな」
ぎちぎち。なんてことだ、同じステーキにフォークが!
「俺も理解できないが、してきたもんはしてきたんだよ。って、俺のが先にフォークさしました!! 大体、肉なら他にもあるだろぅうううがっつ!」
ぎちぎちぎいぃ。
「傷も治してやったし、今日は俺の慰労の会だろうがっ、ゆ、ず、れ!」
「友達だろ、苦労は共に分け合おうじゃないか! 勇者も半分こ、肉は半分にしないけどもぉう」
「断固、拒否、断る! オレとお前ちっとも似てねぇのに、昔から間違われすぎなんだよ! 肉はオレ、勇者はお前!」
確かに、赤毛だし。ルックは背は高いが筋肉質だ。
俺はどっちかっていうとひょろいモヤシだし、後ろから見ても間違えようがないのだがやたらと間違われるのはルックにもオーラというのが足らないせいに違いない。
「じゃあ、肉譲るから、勇者も貰ってくれよ」
「ははは、冗談、冗談」
「へへへ、本気、本気」
笑いながら、二人同時に無駄に引き延ばされたステーキを一端、皿の上に戻す。
最初と同じく旨そうな感じは変わらないためか、互いのフォークが抜ける気配はない。
「正々堂々と拳で決めようぜ?」
「それはルックに有利すぎるわぁ。じゃんけんにしようじゃないか」
「見つけたわよぉおお、シャド・スペクター!!」
カシャっていう音に俺は後ろを振り返る。
「見つけたぞ、シャド・スペクター!!」
ゴゴゴっていう音にルックが前を振り向く。
前方には勇者、後方には眼鏡っ子。
(なんで、こいつらがここに!!)
二人の矛先は明らかに俺たちに向いている。
「シャドくん、頑張って!」
「待て、お前がシャドだろうがっ!!」
逃げるなら俄然後ろですが、まだ料理一口も食べてないのでここを動きたくないって言う。