番外1.未来を知らない子供たち
「メイリーさん、さすがにそろそろ寒くて死にそうなんですが……」
暗い空、白い息。服からはみ出た顔がやたらと寒いなーと、俺は今思っている。
「私はキツクない、大丈夫」
「いや、お前は大丈夫かもしれないけど……」
「何?」
メイリーは子供らしくない低い声で、俺に問う。
「……お前、お……もーいいよ」
吐いた溜め息は呼吸と同じくらい、白かった。
俺、界隈でも有名な良い子のシャドくん、八歳。将来は爽やかイケメンに成長する予定である。最近、いじめっ子として有名な我が兄シュロムくんがあのままの性格で女の子に黄色い悲鳴やらお手紙やらを頂いているのできっと俺もいけるはずであると信じていたりする。
やや夢見がちだが仕方ない、男の子っていうものは大概夢見がちなものだ。
と、そんな素敵未来が待ちかまえているはずの俺であるが、今、幼馴染の女の子からプチ拷問を受けている。超ツライ。
拷問内容は、我が家のだだっ広い庭で星空を見上げると言うものである。
最初に言っておくがこれは、星座観測ではない。ただ、寝っ転がって星座を見るという拷問なのである。余談ではあるが、見上げている間特に会話はなかった。時折俺から寒さを訴えたり、下らない話をしたり、暖かさを称賛したくらいである。それゆえに、どれがどの星かなんてものは俺もメイリーもわからないままである。
てか、マジ寒い。鼻をずびずびしてもそろそろ限界なんだけど、イケメン予定なのに鼻たれとかマジカッコ悪いんだけど……。雪降ってないだけマシとかどんだけだ、風邪ひいたらどうしてくれる!
いや、最初は「寒いし、めんどくさいけどまあ、いいか」とかで終わったんだけど、実際に外に出てかれこれ二時間近く同じ体制で寝っ転がってみたら「なにこれ、話が違う。え、ちょ、え」となったんだよ。寒い、マジ寒い。血液の巡回が正常に行われていない気がする。ヘルプ!
(しっかし、メイリーがやたらと俺にじゃれてくるだなんて……人間らしく幼馴染が成長して俺ちょっと嬉しかったりもするんだよ!)
しばらく前にメイリーをいつものとおり、シュロムのいじめを庇ってからやたらと俺にかまってくるようになった。これは素晴らしい出来事である(相変わらず、泣きもせず不機嫌顔なのはここでは沈黙する。沈黙は金なのだ)。なぜなら、特に他人に興味もなく不機嫌顔だけが取り柄だった彼女が自分から行動し始めたということに俺は少しばかり感動を覚えているからである。
ただし、同時期ぐらいから兄の俺への兄貴風が強くなったことに対しては、……あいつはアホの子で、どうしようもなくて別の意味で感動を覚えるばかりだ。
それに対して、幼馴染の成長を温かく見守る俺はさすが、貴族。紳士である。兄に爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいの紳士っぷりである。フフフ。
この間のいじめは魔法を使ったりと手が込んでいたので、彼女も感謝というのをついに覚えたのかもしれないな。この調子で他の友達を作成してほしい。そして、――俺に迷惑をかけるのをやめてくれ。寒い。
「シャド」
「おん?」
名前を呼ばれたので、右っ側を見てみると横に寝ころんでいただけのはずのメイリーがやたらと近くに居た。少しばかりさっきよりも右側が温かい気もしたが、俺は素知らぬ顔をする。
「手貸して」
「はいはい、ほいよ」
大人しく手を差し出す。黒い色の手袋をした俺の手を、コートと同じ赤い色をした彼女の手袋が掴む。
「……手袋の上からだと温かくない」
そういいつつ、俺の手袋を脱がしにかかるメイリー。ゴラ、テメぇ、喧嘩売ってんのか。
「ギャー、やめなさい、寒いだろ。寒いんだからな! あのね、勘違いしているようだから言うが手袋してようが、してまいが外に居る時点で寒いんだよ!」
脱がされた手袋を再び、はめる。あー、寒かった。外気温マジ、パない。
「わかった。じゃあ、もういいよ、家に帰ろう」
そう言って、むくりと起きあがった彼女が指差すのは俺の家だった。
やっとか、やっとなのか。その一言が欲しかった俺は破顔した。鏡を見れないのが残念なくらい実に晴れやかな顔をしている気がする。
せっかく父親も母親も、あのめんどい兄が社交界デビューなるものをするために外出しているのになんで外に出て寒い思いをしなければならないのだと、この拷問が始まる前から実は思っていたのである。ああ、彼らが帰って来る前に暖かい場所でくつろげるのか、これは朗報以外の何もでもないな。うんうん。
「はい、シャド、抱っこ」
「お前は子供か!」
身長は俺がやや大きいくらいなのに、なぜ抱っこを要求されるのか。お姫様抱っことか非力な俺に要求すんな。
「おんぶ?」
「ちげーよ、そんな選択肢じゃねーよ。キョトンとして首かしげんな」
シャドはメイリーをやや軽蔑するような目で見た。
だがしかし、メイリーに効果はないようだ。手を広げたまま何かを待っている。
「お前なー自分で歩けよー、今から怠惰に走ると年頃にはぶくぶくして目も当てられないぞ。いいか、そんなことになったら一人で孤独死か、権力にものを言わせる他なくなるぞ! ドルークさんが無理矢理哀れな生贄を連れてきたらどうするつもりだ。今のまま可もなく不可もない体形のまま出るとこだけ出るようにして成長するのが理想だかんな!! 頑張れメイリー、やればお前はできる子だ。というわけで、おんぶも抱っこもなしな方向で!!!」
「顔が寒くて動けない」
ばたりと、手を広げたままメイリーは地面に倒れ込む。手は広げたままだった。大事なことなので繰り返す。彼女は、これ見よがしに手を広げていた。
「おいおいおーい、お前、それ随分前に俺が似たような台詞で死にそうだってアピールしたの忘れての発言なのかー、コンチクショー。つうか、お前今の今まで寒い発言なかったのに、我がまま通そうとして急にか弱い発言とかしてんじゃねーぞ」
「……。う、ご、け、な、い」
きっちり聞こえるようにメイリーはそう言った。
あーあー、そうですか、おんぶか抱っこされない限りそこから梃子でも動かないつもりなんだな。よし、わかった、マジお前このヤローって気分だがわかった。寒さから一刻も離れるためには妥協する他ないんだな。そうか、わかった。
「いいか、部屋に戻ってもお前に甘いココアも温かいお茶も淹れないぞ。今日の甘やかすのはこれだけだからな。絶対淹れないんだからな!」
「うん」
手を掴んで、体を起こす。
赤いフードが外れて零れる金髪。夜なのに月夜でそれはキラキラ光っていた。
「そういや、お前この間リボン買い直してやったのに、なんでつけてこないんだよ?」
あの一件以来、メイリーは髪を結ばなくなった。
シレーナさんが結んでもすぐに解いてしまう。長い髪邪魔そうなのに、何か感じるものがあったらしい。だが、言う。邪魔なら結べ、見苦しい。
あの後、わざわざ似たようなのを俺がお小遣いから買わされたというのに、まさか、その酷い話を忘れたんじゃなかろうな!
喧嘩両成敗ならぬ、仲立ち人成敗である。マジで酷い。母親から「喧嘩を助長させんな」って殴られた、クソぅあれが他所の国では由緒正しき淑女だなんて俺は信じないぞ。野蛮人だ、あれは野蛮人以外の何ものでもない……!
「燃やされたら困るから箱の中に仕舞ってある」
ドヤっとした顔でメイリーは答える。
「いや、買ってやったんだから使えよ。第一、お前髪の毛いっつも邪魔そうにしてるじゃん」
「いいの、あれは使わないの」
ムフーっと鼻息荒く、且つ、自信満々な回答だった。
なぬ、では、なぜ俺が購入しなければならなかったんだ。誰か理由を説明してくれ、責任者出てこい。
「ボサボサ頭が威張んな。いいか、身だしなみを整えるのは紳士淑女にとって当然だぞ」
喋る度に冷たい空気が肺を満たす。二酸化炭素が少なすぎて、白くなる息は一瞬だ。喋り過ぎたせいだ。まったくもってやってられん。あー、早く家の中に入って暖を取りたいー。
「いいか、家の中に入ったら強制的にそこら辺にあるリボンで結ぶからな、覚えとけよ」
おんぶをするべく、地面にしゃがみ込む。ここから、家まで二百メートルないぐらい。俺は無事にたどり着けるであろうか。
「ん」
ずしりとした重みに、俺は思わず「うへーっ」と声を上げた。
なんか、急に駄目な気がしてきた。寒いし、動きたくない。ツライ。拷問の第二弾が始まるなんて聞いてない。
「シャド、温かい」
「さようか」
さっきよりは確かに温かいと思ったが、俺はメイリーが調子に乗ると断言できたので絶対に言うまいとそう決めたのだった。
「あー、寒ーっ」
未来なんて知らないとある少年と少女の過去の話。
そんな過去もありました。とさ。
閑話で折り返し的な感じになったので、意味もなく番外を上げてみました。
たまにはギャグだけの話も書きたかったんです、すみません。
ちなみに、本編は近日公開予定です。