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35.勇者ハイラント・ヴァリエンテ(side:勇者)




「アダラ、ここを開けろっ!」






ピュアからあんな良く分からないボードゲームで勝敗が決まると聞いてから怒りのままに、アダラの部屋の扉を粗っぽく叩いたり、ノブを乱暴に回したりを繰り返していた。しかし、部屋の中の人物は当然その声が聞こえているにも関わらず、一向に出てくる気配はなかった。



「居留守を使うな、アダラ!!」


暫くの後――ついに、無理矢理扉を壊して入ると、アダラは真っ暗な部屋の中で机の上に例のボードゲームを広げていた。彼女は、顔だけをこちらに向ける。


「人の部屋の扉を壊しておいてその言いようはなんですか、無礼ではすみませんよ?」


「……い、居留守を使うそっちの方がぶ、無礼だろうっ」


なぜか、足が一歩後ろに下がった。

声に殺気が籠っていたわけでもないのに。


「扉を壊すのと、夜に女人の部屋を訪ねてきた人物を無視するのとでは、どっちが悪でしょうね。念のため聞いてあげましょう、どちらですか?」


アダラはため息交じりに、ボードゲームを片付け始める。


「大体、扉を壊さずとも中に人がいることはわかっているのですから言いたいことぐらいそこで言えばいいでしょうに。まったく、これだから失恋男は嫌なのです。どっかの唐変木並にドン引きです」


「私は失恋などしていないっ! 現在進行形で恋愛中だっ!」


「ああ、片想いは継続中でしたね」


「彼女はきっと私に振り向くっ!!」


片付けの手が止まり、そのままその手はこちらに向けて伸ばされる。一瞬の後、自分のすぐ後ろにあった燭台に火が灯る。


「っ……」


更に足が一歩後ろへ下がった。


「暗いので部屋の明かりを付けただけです、別に貴方なんかを不意打ちしたりしません。何を怯えているのです?」


「私がお前に対し、なぜ、怯えなければならないんだ! 扉を壊したことは謝罪しよう。だが、こちらの言い分も聞かずにいるそちらも謝罪をすべきだとは思わないのか? それにだ、決闘を預かると言っておきながらボードゲームで決着だと!? 舐めているにもほどがあるっ!!」


「で?」


「でって……」


「本当にめんどくさい人ですね。で、どうしたって聞いてるんです。……いえ、もう、返答はいらないです。会話に飽きました。実力行使に入ります」


裕に五メートルほどの距離があったはずなのに、一瞬にして目の前に彼女の姿があった。また後ろへ下がろうとしたが足を払われ、気がつけば床に伏していた。

ついでに、あのやたらと重い足も背の上だった。


「っ、だか、おも……」


「宣言したので、不意打ちではありません、ほほほ」


足はすぐに退くが彼女はしゃがみ、そのまま私をジッと私を見つめるので蛇に睨まれた蛙のごとく何もできなくなった。


「自分が不幸せだとでも思っているのですか、馬鹿なのではないのですか?」


「何をっ!」


食い下がろうと体を持ち上げると、頭を押さえられた。


「お黙りなさい、どうしても起きあがりたいなら正座しなさい、正座。大体、人が説教しようとしているのだから自主的に正座ぐらいしてもよいのではないですか? これだから、まったく」


渋々正座をする。泣きべそは掻いていない。


「いいですか、耳をかっぽじって聞きなさい。自分が世界一不幸だと思う馬鹿も居るでしょう。自分が世界の中心ですもの、そう思う人も居るでしょう。誰かと自分を比べて、相手を見下し優越感や安堵を感じる馬鹿も居るでしょう。自分が一番不幸なんて思いたくないに決まってます、自分のことなのですから。いいですか、不幸かどうかなんて、その人自身の物差しでしかないのですよ、所詮。大体、どれだけその人物が過酷な状況にあるのかなんて目に見える範囲ぐらいしかわからないのに、そこからその人の不幸を計って誰かが不幸だ、自分が不幸だなんて言えるのかが理解できません。そもそも、そんなことを考えるなんて馬鹿馬鹿しいとなぜ思えないのですか? 感じた何かがあるとでも? いい加減にしないさい、そんなの傲岸不遜と言うものです。他人と自分の不幸を比べるのは、おやめなさい。そこには何の意味もありません。それよりも、幸福を探しなさい。よっぽど、健全です。ああ、もしかしたら自分のことを幸福だなんて言えるのは能天気か、ポジティブ残念野郎とでも思っているのかもしれませんね。そうですよ、ズバリその通りです。何度も言いますが幸せも不幸も自分の物差しで決まるのですよ。過去は変えられません、他人も変えられません。ならば、自分を変えるほかないでしょうに」


一息で言い終えると、めんどくさそうにアダラはため息を吐く。早口だったせいもあって、ほとんど意味が理解できなかったのだがそんなこと言えば火に油を注ぐことになるのでジッと正座を続けた。


「まあ、自分を変えたところで過去も他人も変えられませんから、環境が早々変わるわけはないのは貴方自身がご存じでしょうけど」


「言いたいことが分からない……」


話が理解できない。そもそも、自分が不幸だとかそういった話は考えたことがない。窺うようにアダラを見ると、彼女の眉間に皺が寄っていた。

しまったと思ったが、彼女の態度が悪いのがそもそもの原因なのでこちらも睨み返す。


「わからない? もちろん貴方のことですよ。何を聞いていたんですか? ずっと貴方にお説教しているのに、わからないとはなんですか。耳はついているんですか? どこぞの唐変木並にありえないですね。馬鹿どころか、独活の大木ですか? まったく、貴方は救いようがありませんね。貴方は過去を捨てて、新しく生きると決めたんでしょう? それを、過去をまた拾い集めて、手に入らないからと誰かに八つ当たりするなんて見苦しいにもほどがあると思わないのですか?」


「お前に、なぜ、そこまで言われないといけないんだっ!」


逆切れと世間ではこの行為は言うだろう。確かに扉を壊したのはやり過ぎたと思う。だからってなぜこうもいろいろ言われないといけないのだろうか。と言いたい。


「さあ、さっぱりわかりません。なぜ、言わないといけないのか。ああ、理解も出来かねるせいかもしれませんわ。魔王も倒していないのに、勇者なんて気取る貴方たちのことなんて理解できませんから。そうですね、事実上、魔王はいなくなりましたから、あえて倒したと言い変えてあげるのぐらいはいいですけれど。……勘違いしてはいませんか? 普通なら王子が一躍時の人となって本来ならもてはやされていたんですよ? それを、お情けで勇者に、いえ、訂正します。あの狐のことですから、真実がバレた時の保身も含めて貴方を勇者に仕立て上げたが正しいですね」


私にはわからない。


「散々遠まわしに言ってあげてましたが、効果がないようですのでズバリ直球でいきましょう。ここは貴方が夢見た場所ではなく、針の筵です。真実がばれて身を滅ぼすのは貴方ですよ」


アダラの言葉は難しく、理解ができない。


「ハイラント・ヴァリエンテになることを択んだということは過去を捨てたことなのだとそろそろ自覚したらどうです?」


なぜ、シャド・スペクターを憎んではいけないのか。

なぜ、メイリー・ジャミルを愛してはいけないのか。


帰れる家がある。家族が居る。友人が居る。一つくらい貰ってもいいではないか。


「魔王を倒した勇者になるということは、後戻りできないということなのですよ」


私だってずっと欲しかったんだから、貰ってもいいじゃないか。


「メイリー・ジャミルは貴方の過去の象徴です。諦めなさい、捨てなさい、慎みなさい」


なぜ、そう思ってはいけないのか私には理解できない。


「彼女は過去じゃない、今だ……」


いつもよりも、ずっと柔らな声で彼女は私に説く。


「……可哀想な子ですね、本当に」


伸ばされた手は緩やかで、逃げようと思えば逃げれたのに、私は受け入れる。

頬に触れられた手は想像以上に冷たく、一瞬身が強張ったもののそのまま触れられたままにする。


「私は、可哀想なんかじゃない。不幸だと思ったこともない」


私は、可哀想なわけじゃない。生きている、今、生きている。どこが可哀想なのか、わからない。


「だから、貴方は可哀想なんですよ。唐変木どころか、独活の大木と呼びたいくらいに。誰かを妬ましく思った時点で、それは、自分が不幸だと認めることになるんですよ」


いつかの自分に与えられた言葉を思い出した。


たった一言だった。

会話をしたわけでもなかった。


覚えていなかったとしても良かった。否、むしろ覚えていなくて良かったとすら思った。


なぜなら、初めて、メイリー・ジャミルと会話をした時、私は――ハイラント・ヴァリエンテなんて大層な名前でもなければ。勇者なんて肩書も持たないただの奴隷だったのだから。


「意味がわからない、私には……理解ができない」


別に、ハイラント・ヴァリエンテなんて名前が欲しいなんて言っていない。

ずっと欲しいと思ったものを欲しいと言っただけでなぜ、怒られなければならないのだろう。

こんなにも諦めるように言われなければならないのだろう。


私にはわからない。











今、北の国と呼ばれている場所の元々の民はほとんどが初代魔王に殺され、残った一部はとっくの昔に他の国から支配されており人として生きてはいなかった。子供も大人も採掘場で魔石を掘らされ、魔獣が現れれば剣をとらされ盾にされていた。


彼らは道具で等しくどこかの、誰かの物だった。



ある時、北の国に子供が一人生まれた。名前をルドルフと言った。


子供は高い魔力を持っていた。他の誰かより多少綺麗な顔をしていた。

採掘場で野垂れ死ぬはずだった子供は、人買いに気に入られて売られていった。


西と呼ばれる国でなんでもする駒になるように努力を強いられた。吐くほどしごかれながら、魔術と剣術を教え込まれた。

努力を怠り、見限られればどうなるのか子供にわかるはずもなかったのでただ必死に学び続けた。




やがて時が経ち、子供は少年になった。

魔獣や敵を殺すための道具として成長していった。


また別の人買いに気に入られて、中央と呼ばれる国に売られた。

髪や目の色が王子と同じだからと王様に買われた。少年は国の王子の影武者に択ばれた。


中央の国はなんだかんだで憎まれているらしかった。

身代わりになってすぐ、毒を飲まされた。子供のうちからならせば毒では死ななくなるらしい。

少年は王子がやっていることをすべて覚えることになった。


毒に鍛練、少年はついに倒れた。

立ち上がろうにも立ち上がれず、城の中庭で転がっていた。


『倒れているの? 寝転んでいるの? ……返事できないの? 動けないくらいつらい? …・…人呼んでくるから、そのまま寝転んでて』


倒れた少年に少女が手を差し伸べた。


耳に届いた言葉は単調で、優しさは含まれていなかった。

けれど、その声に少年は不思議と泣きたくなった。


生きるためには強くなる必要があって、生き場を得るためには剣をとる以外の選択肢がなかった。これは、少年にとってそれだけの話だった。


採掘場で野垂れ死ぬ未来しかなかった。それが、今では決まった時間に飯は食べられ、一人用ではないが寝床は藁の山からリネンのシーツが敷かれ掛け布団まであった。

見切りをつけられない限り、空腹や寒さに震えることもない。


生きること、それ以上に何を望めばいいのか少年は知らなかった――幸せなんて言葉の意味も知らなければ、世界には希望があるなんて思いもしなかった。

同じような境遇の誰かが「死にたくない」と言いながら死んだから、ただ少年は「死にたくない」とだけ思って生きていた。


少女は、そんな少年にとって青天の霹靂だった。


道具は壊れても代用品がいる。怪我をしようが死にかけようが関係ない。手当をするのは自分で、誰かに手当してもらうことなんて初めてだった。


誰かの噂話で、その子の名前を聞いた。少年にとってそれが宝物となった。




更に時が経ち、青年になった。

身代わりから剣となった、盾となった。

王子からハイラント・ヴァリエンテと名付けられた。友人だからと名前を与えられた。



――名前を奪われた。それでも、まだ、少女の名前が宝物だった。



ある時、王子が北に居る魔王を倒す旅に出ることになった。青年も付いて行くことになった。剣士と修道女も旅に付いて来ることとなった。

王子を勇者にするための旅だったが、青年は必死に剣を振るった。

「生きたい」と思う気持ちは消えていなかった。



魔王の玉座に座っていたのは、自分と同じ道具の少女だった。

言葉巧みに魔獣に操られるただの少女だった。


親が死んだ、誰かが死んだ、自分も死にかけた。

これも、そんな時に手を差し伸べたのが魔獣だっただけの話。


大切な何かが死んでも、青年は泣けないし、泣こうとも思わない。

宝物のあの子が死んでもきっとそれは変わらない。

少女は違ったのだろう。人間が憎いと、世界が憎いと。泣くのだから。

魔力が高かったから道具として魔獣に生かされたのだとしても、魔王として人を殺すのだから。


誰も少女を殺せなかった。魔王を殺せなかった。


少女の記憶を修道女が奪って、魔獣を殺して話は終わった。

少女はピュア・ビーという名前を付けられて、存在を殺されて話は終わった。




『君が魔王を倒したということにしよう』


空の玉座を見ながら、勇者になるはずだった人がそう言った。

王子は私を友人と呼ぶけれど、駒は駒だと思った。


所詮、これも真実がばれた時の身代わり。

だから願った。一つ。いつだって、欲しかったのはただ、一つだけだったから。











「悪いことはしていない。欲しいものを欲しいと言っただけだ。それに、世間一般ではこれは等価交換だ。私は、王子の願いを聞いた」


触れられていた手は、離れていく。頬は熱を奪われ、冷たく感じる。

見つめ合う目からは何も感じられない。口調ほど厳しい感情も、何も。


「欲しいと言うなといっているわけではありません。駄々っ子のように、誰かから奪ったり自分勝手に意見を通すなと言っているのです。そこにはメイリー・ジャミルの意見も他の誰の意見も反映されていないじゃないですか。勝手に貴方たちが決めたことでしょう? 大体、剣術だの魔術だの貴方とやったら大抵の人間が不公平じゃないですか」


「お前の言うことはまったくわからない」


不意打ちで、バチンと頬を叩かれる。ギョッとして彼女を見ると、さきほどまでと何一つ変わらない顔をしていた。


「な、何を」


「理解力がなさすぎて手が出ました。反省はしていません、当然の報いです」


……………。


「貴方が妬んでいるシャド・スペクターだって悩んでいますし、生きています。あの狐は人を見下しては、安堵を得て生きています。メイリー・ジャミルだって、誰だって必死なのです、自分のことで。生きるので。唐変木については知りませんけど」


茶色の硝子玉の瞳は相変わらずだった。


「明らかに好条件にいる人間も居るでしょうが、そんなのほんの一握りです。ほとんど何かしら問題を抱えてます。まあ、貴方は自分が不幸かどうか、それすら考えることができていないようですが……。そうですね、聞き方を変えましょう。人が持っているものを欲しがって無理矢理手に入れたら貴方は救われるのですか? 何か、報われるのですか? 幸せになれるのですか?」


「それは」


正直、わからなかった。

欲しかったから欲しいと言っただけだった。


「子供の時から欲しかったから、憧れて欲しい欲しいと駄々をこねていないと言えますか?」


「だったら、どうすればいいんだ。……私にはわからない」


「わからないなら、考えなさい! 後先考えずに行動するからこのようなことになったのでしょう!?」


「わ、私にはわからない」


正座していたのでやや足がしびれているような気がしたが、アダラの部屋から逃げ出す。

扉を壊したことはすでに、頭の彼方へ忘却された。











「いっそ、抱きしめてやればよかったのに。そしたら、兄ちゃん自分にメロメロなってもっと動かしやすくなったんと違う?」


足音が完全になくなったのと同時に、声とともに部屋の明かりがフッと消える。


「点けたばかりなのに、勝手に消さないでいただきたいものですね。あと、十八歳までが保護対象で、この手に抱きしめるのは十三歳以下だけですと何度言わせる気ですか。あれはまるっきり対象外です。あまりにもお馬鹿さんなので、ちょっと諭してあげていただけです。大体、あれが動かしやすくなろうがこの件には関係ないというものです」


「そんなもんやろか? まあええわ。とりあえず、……あの時の二の舞は勘弁やで」


暗い闇の中大きな立て割れの瞳が現れて、部屋の中をふらふらと彷徨う。


「こちらも同じ気持ちです。それより、今扉がないんですからふらふらしないでください。幽霊と勘違いされたらどうするんです?」


「ええやん、ええやん、見られたかって、そろそろここともお別れやろ。それよか、なんで自分ゲーム片付けてんの? あの兄ちゃん来たから隠れてただけやのに」


目玉が見つめる先には、片付け途中のボードゲームが机に乗せられたままになっている。


「帰ったのかと思っていたので、つい、片付けてしまいました」


「あーあ、つまらんのー。もう、帰るわ」


月明かりの下アダラは見えない何かに微笑んだ。


「後日、また。今度は月のない日に」






小さく、獣の甲高い鳴き声が部屋に響いた。





お気に入り7000件ありがとうございます。


勇者と魔王の正体は実はこんな感じでした。

折り返し越えたので、いろいろ複線拾っていきます!

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