30.幸せ願う
「送ってくれるの? なら、旅は道連れってことでゆったり歩きながらいきましょうかー」
さながら、鶴の一声だった。否、まさしく、鶴の一声だった。実のところここで、「いいのよー、そんなことしなくてー」とか言うのを期待していた俺は全力で泣きそうになった。
言うわけないよね、知ってたよ、知ってましたが期待してました。いいんだ、期待した方が馬鹿なんだもの。
(おまけに、食堂に行ったら、と既に親父もシレーナさんも食べた後だったので俺は結局飯も食えてないし……最悪、あーぁ)
そういうわけで、やたらとよい天気が恨めしいこの頃の俺である。
鶴の一声――別名、シレーナさんのお願いにより俺はポニポニの手綱を引きながら歩いているわけだが、ポニポニは山の様な荷物が積まれた荷車を引いていることが不満なのか「ぶるる」と啼いたり、隙あらば荷物を俺の尻にぶつけようと意気込んでいる。やめろ、痔にでもなったらどうしてくれる!!
(せめて、普通に元々の馬車のまま移動したかったなぁ)
数歩先を踊るようにして歩くシレーナさんは、俺のことを完全に聞き手と判断しているらしくただただ旅の話を続けている。
歩きたいとかいうから、なんか魂胆があるのだと思ったのに延々と旅の話が続いている。いや、ある意味これも精神的負荷がかかっているし、そういうあれなのかもしれない(メイリーが年取った笑顔バージョンと居ると思うだけでも辛いし、ドルークさんが家に居た場合も辛い。八つ当たりマジで怖い)
「それでねー、リーフちゃんったら東と北の国境でバッタバッタと魔獣を……」
(もういいよ、あの人の伝説作りとか夜眠れなくなるからやめて!!)
正直、今いろんな意味で泣きそうである。一番アレなのは魔獣倒す母親の話されてることなんだけどね! その素敵な笑顔が憎いよ!
「あれ、なにこれいじめ? 皆、俺のこといじめるの好き過ぎじゃない?」とか思ってますけど何か?
「じわじわ嬲らずに、いっそ一思いにやってくれよ!」とか言いたくてたまらないけど、何か!?
言いたいことあるなら言えよぉおおおおおおっ!
できることなら、ダッシュしてどこか遠くへ行きたいです、はい。
きゅるるーっと、切なく鳴く腹。お前の気持ちは良くわかるよ、腹。だって、体の一部だもの。
(腹減った死ぬ、このままでは餓死する。精神的な死か、肉体的な死。どっちらかをこのままでは迎えてしまう!)
「今日は本当にお天気が良いわねー」
「えーあー、大変良いお天気だと思われます」
その台詞は、家を出発してから三度目です。と、思う俺であった。
……………、五分後。
「……シレーナさん、あの……今回帰って来たのって、メイリーのことですか?」
男の子だからガッツを見せようとか思ったわけです、嘘です。耐えられんくて自分から話題振ることにしました。たったの五分の間に俺のライフが限りなくゼロになったので振りました。
だって、ここでライフを使い切ったらメイリーと対面できないんだもの。男の子は繊細なんだよ、ここ重要。テストに出るかもしれないよ!
「いいえ、リーフちゃんが帰りたいって言ったのよ。それに、実のところ、メイリーちゃんが誰と結婚しても本人がいいなら別にいいのよー、あなたでも、勇者でも。他の誰でもね」
彼女は歩みを止め、俺も歩みを止める。
「だったら、他の人をせっと……」
「シャドちゃん」
「はい」
メイリーよりも歳を重ねた顔。違う色の瞳。よく似ているけれど、彼女が浮かべる豊かな表情があるために知らない人はメイリーは彼女よりも、父親に似ているように思いがちだ。
「自分とメイリーどっちが幸せならいい?」
「メイリーです」
間髪入れず、即答する。考える必要なんてない。幸せになってほしいだから、だから、俺。
違う、違う、だって、ほら、だって、俺――。
頭の中で誰かが叫ぶ。俺は耳を塞ぐ。
「実を言うとね、昔わたしドルークじゃない人と婚約していたのよ」
「えええええっ!!」
何そのカミングアウト、聞いたことないんですけども!!
「更に言うなら東の国の生まれなのよー、わたしー」
「はああああっ!?」
頭の中が真っ白に飛ぶ。なにそのカミングアウト。あれ、たしかこの国の男爵家の娘さんって話をあの髭デブ親父たちからは聞かせられて育ったはずなんだけども。
「そういう冗談とか、今いらないですよ、ははは。面白いですけど」
時と場合を考えてください。いきなりすぎて乾いた笑いしか出ません。
「いやねー、冗談じゃないのよー。本当に、本当。今回の旅だって、東の国境沿いにある故郷に出る魔物をあらかた片付けるためだったんですものー。そのために、リーフちゃんが一役買ってくれたの」
目の前のその人の様子は先とまったく変わらない。変わらないから、俺には真偽がわからない。
「事実だったとして、なんで今そんな話するんですか、ははは……はは。そう言うの、きついですよ」
「幸せになって欲しいからかしら。あなたにもあの子にも、ね?」
「……………」
幸せ、幸せ、幸せ?
なんで、どうして、誰がどうやって?
「だったら尚のこと、他の人を説得すべきですよ。勇者も薦めないですけど俺だけはダメでしょ、普通に考えて。俺が魔力ないってわかった時のこと覚えてるんでしょ、ちゃんと。それからのことだって、二年前の夏のことだって……全部っ」
高位の人間に魔力がないのは罪なことだ。一庶民だったとしても、低魔力の人間は差別される。そんな人間がなにかできるなんてはずない。
唇を一回、噛む。自分を落ちつけるために、深呼吸をした。
「ははは、何を根拠にするのかはしりませんけど、俺と一緒で幸せとか無理ですよ」
「無理かもしれないわねー。でも、あの子はあなたが居れば幸せだと言うでしょうね」
そうかもしれない、けど、それは違う。
「あいつのあれは依存ですよ。もちろん、そういう風に俺がしたからって責めたいなら責めてもいいです。きっと俺が居なかったらメイリーはあんな風にならなかったでしょうからね」
きっとじゃない、絶対に。
「責める必要があるの? ねぇ、シャドちゃん、どんな男ならあの子をを幸せにできると思っているの?」
「もちろん、イケメンで地位があって、金を持ってて、性格が良くて……」
シレーナさんはため息を吐く。
「そんな人だったら幸せになれるのかしら?」
カミングアウト、その一。
俺はメイリーが手元から離れていかないように、そのチャンスを積んできたからです。わぁ、最低。
「なれますよ、絶対」
赤ん坊が母親なしでは生きていけないように、そういう風に甘やかして目隠ししてきた。
「あら、女の幸せって意外なところにあるものよー? だって、わたし、ドルークのこと嫌いだったもの」
「……………」
「当時のわたしはね、婚約者の人のことが好きで、大好きだった。なのにあの人は、わたしのこと嫌いではなかったけれど特別に好きでもなくてねー、女遊びばかりしてた。家同士が決めたことだったからってのもあったのかもしれないけれど。で、そこに、ドルークはいきなり現れたかと思うと求婚してきたのよ。出会い頭だったのに、思いっきり右頬を叩いてしまったわー、他国の貴族って言っても格下の子爵だったことも赦せなかった理由の一つだけど」
クスクスと、シレーナさんは思い出し笑いをする。
「婚約者に嫌われたくなかった。いいえ、違うわね、自分の想いを軽いものとして誰かに扱われたくなかったの」
この立場だと、俺が婚約者でメイリーが求婚されたシレーナさん。勇者が求婚したドルークさんになるわけだ。
ほら、やっぱり、あなたも選んでいるじゃないですか。駄目なものより、いいものを。
カミングアウト、その二。
王様はきっと姫様じゃなくて、メイリーと勇者をくっつけたいと思っているだろうけど、俺は馬鹿を装い気付かないフリをしている。
親の魔力は関係ないってのが今の通説だが、少し前までは魔力の強い人間同士からの方が魔力が強い子供が生まれるって思われてた。恋愛推奨のこれだって、昔魔力の強い一庶民を嫁に娶る口実に作ったものだ。
近年には魔力の強い王族も貴族の女児も生まれなかったらしく、血や魔力を重んじる王族は仕方なく庶民を娶ったと言うのは貴族の間では有名だったらしい。貴族崩れの俺でも知っているのだから、事実なのだろう。
次代の駒として魔力の強い子供が王としては欲しいはずだ。踏み切らないのは、うちの母親やドルークさんを敵に回したくないか勇者自身に理由があるのだろう。
王子たちが知ってるかは知らないけど。どっちにしろ、あの様子じゃ王子以外はちゃんと勇者を応援してることにかわりないか。
「どうして、シレーナさんはドルークさんを選んだんですか?」
「だって、あの人わたしのために死んでくれるものー」
「死ぬから?」
それが、理由?
「もちろん、死んでくれるだけじゃ駄目よ。一緒に生きることができない人間は誰も幸せにできないわ。ドルークはね、『死ぬ時は貴女を守って死にます、一緒に生きてください』って言ったのよ。婚約者からは到底聞くことのできないその台詞に若干ぐらっときて、考えてみたの。ドルークと婚約者とどっちと結婚したら幸せになれるかって」
「婚約って家同士のものでしょう? シレーナさんが決めることじゃないじゃないですか」
現状の俺があがいているように婚約破棄は難しい。特に女からの婚約破棄だなんて相当の理由でもない限りムリだ。
「そうね、普通はそうなのでしょうけれど他国との友好関係を考えれば受けた方が良い話でもあったの。だから婚約者に言ったの『どうして、欲しい?』って。そしたら、『好きにするといい』って言われてしまったの」
少し彼女は悲しげに顔を顰める。
「ああ、この人とは絶対に幸せになれないのねって、自分の想いごと否定された気がしたわ。それに比べてドルークったら誰だったかしら、えーっと、そうそうダム。ダム・シアリアスさんが彼に似ているからっていびるぐらいわたしのこと好きなのよ、ふふふ」
パッと、顔を明るくする。
「リーフちゃんと違って、婚約破棄の代わりにこの国に居る遠縁に養女に入ることになってしまったけれど。選んで良かったと思うわ」
コロコロと本当によく表情が変わる。こういう可愛らしいところがドルークさんは好きなのかもしれない。俺は別にどうでもいいけど。むしろ、残念なイケメンである第一騎士団長がいびれられる理由がそれとか。
(心狭い)
「ねえ、シャドちゃんはメイリーのために死ねるかもしれないけれど生きれないでしょうー? 勇者は知らないけど、きっと死ぬことはしてくれないのだと思うわ。強い人は強い人の弱さを知らないから正直微妙なのよね。そう言うわけで、親としての望みはあの子のために生きて死んでくれる人ならそれが一番いいと思うのよー」
彼女の言うとおり、俺はメイリーのために死ねるだろう。盾になる必要があるならそうするだろう。
罪滅ぼしの意味もある。けど、別の意味もあるから。
「ドルークさんのそれは条件がよかっただけですよ、俺は俺ってだけで駄目ですよ」
「あら、結局あなたはそれを選ぶのー?」
「天変地異でも起こらない限り、俺がメイリーを選ぶことはないです。なんで、メイリーに言って聞かせてください、お願いします」
選べたらなんてことはない。選ぶことはできない。
メイリーの幸せに俺は不要だ。
「わかったわ」
シレーナさんはまた歩き出す。俺も歩き出す。
「本当に今日は良い天気だわー」
「そうですね」
本日、四度目の天気の会話をした。
「もうここまでで、いいわー」
ジャミル家の門前につくとシレーナさんはそう言った。
「……。馬、ここに置いて行きます。家に今日行く時にでも連れてってください」
俺は手綱を彼女に渡す。気遣ってくれたのだろう。……あの話がしたくて、ここまで俺を連れて来たのかもしれない。もしかしたら、あの場から逃がすためかも知れない。
「いろいろとすみません」
「ねぇ、シャドちゃん、メイリーちゃんのこと考えてあげるならもう中途半端に優しくしちゃ駄目よ。あの子その分だけあなたに優しくして貰えるって思ってしまうから」
「わかってます。それじゃ……」
「ひひぃん、ぶるるる」
ポニポニが甲高く鳴く。玄関からメイリーが出てくるところだった。
見るなり少し嬉しそうにして俺とシレーナさんが居る場所にメイリーは小走りにやって来る。髪は一応とかれているが結われることなくそのままなせいで、風がそれで遊ぶ。
「シャドっ! あ、母様おかえり」
母親が二の次って。
(本当にいろいろと駄目人間にしてしまったなぁ)
「お茶飲む? 上がってく?」
「シャドちゃんはこのあと街に用事があるらしくて、ついでにわたしをここまで送ってくれたのよー」
「そう」
いつか勝手に離れていってくれるのだと思っていた。
勇者と決着がついたらあの話も無効になるのじゃないかと思っていた。
自分から動かないと俺は手放せないし、メイリーも逃げていかない。
「ごめんな、メイリー。じゃあな」
幸せにしたかったってのは本心なんだ。
世界で唯一縋れる何かがメイリーだったから。
「明日は来る?」
「当分自主練とかしてるから来ないよ、勇者に殺されたくない」
「じゃあ、付き合う」
「そういうのはもういらないよ、大丈夫」
「シャド?」
「俺行くから。シレーナさん、それじゃ」
「ええ、またそのうちにねー」
シレーナさんは、俺が家に今日帰らないだろうことを気付いているだろう。
メイリーは、夕飯に俺の家に行くことになって違和感を膨らませていくだろう。
冷たくするのって本当に難しい。
頭が良いから避けられているって気付くだろう。
「またね!」
「おう、またな」
ちゃんと笑えているだろうか、俺は。寂しいと、気取らせられずにいるだろうか。
すべては君の幸せのために。
誰かのために死ねる人間は大して強くない。強いのは生きることのできる人間だ。と、個人的に思う。
改正が寝たり、掃除してたりでできなかった。