29.帰宅
「てぇーい、とりゃー」
こちらキラリと、額に汗を輝かせながら剣を振っているシャドくんです。なんと、あの勇者パーティーとの遭遇から一夜が経ちました。
え、翌日なのに、メイリーのところに行かなくていいのかって……だって、行きづらいんだもの。仕方ないじゃないか、男の子はガラスハートなんだもの!
自己主張したものー、のー(セルフエコー)。
大丈夫、対策としてメイリーには電子コール出したし(もちろんのごとく、今は遮断してますが、何か?)!
ああ、ちなみにレインからは昨日いろいろ物を押し付けられたけど、別のネックレスだけ貰って来た。また、なんかあったら嫌だし。
そう言うわけで、今はその内来るであろう(来てほしいわけではない。ここ重要)に備えて庭で剣を振っているのであった。
「シャド、腰が引けているぞ、それでも男か、貴様!!」
シュロムと言う名のお目付け役付きで。
(なんで、こいつ家に居るんだよ。人が温かいベットで夢見心地だったのに……)
先ほど、なんだか自主的っぽく締めくくろうとしたけれど、強制です。メイリーの家に行かないってのは前日には決めてたから久々に昼まで寝過ごそうとしてました。
「ちゃんと、真面目にやってんじゃんかー、ほれ、そーい」
剣をぶんと、縦に力強く振り下ろす。
「その発声からして貴様にはやる気が感じられん! どこぞの馬の骨にメイリーをとられてもいいのか!!」
(ほんと、お前なんなんだよ。いつからメイリーに対してそんなに優しくなったんだよ。この間は、自分が結婚するとか言い出すし、もう脳みそ腐り過ぎだろ)
「はー、それは大変ですねー」
朝の六時に叩き起されてそろそろ、二時間。正直、もう疲れたし、心も折れた(最初っから折れっぱなしなのはおいて置く)。
「シュロムさーん、一旦朝ご飯にしようよー、お腹と背中がくっ付いて死ぬー」
地面に突き刺して、そこに顎を乗せる。
「一食抜いたぐらいで死ぬか、昼まで剣を振り続けろ!」
「いやいや、文系にブロードソード持たせてる時点で結構ないじめよ、これ。ご飯タイムの要求ぐらいは許されるべきでしょう。今までしんどかったのも我慢して振ってたんだしさー」
飯に行くふりして逃げる予定とか、脳内で立てたりはしてないですよ、ええ。
「文系に貴様が逃げたりするからだろうが! 自分の怠慢を私に押し付けるな」
「いや、別に逃げ……いいけどね」
魔力がない時点で、そういう方へ進む道が崖崩れしたように塞がってたというのが第一の理由なんだけど。どうせ、伝わんないんだろうし、いいや。魔臓が二つの人だって騎士目指す人居るし、完全に俺は逃げてますよ、はいはい。ご本が友達。読書って楽しいですから。
(そういや、本結局最後まで読めてないなー、死ぬまでに読めるかなぁ)
晴れた空。こう言う日には、木陰とか、窓辺で本を読むのに向いているというのに何が悲しくて、剣を振るのか。
「あー、無理。もー、無理」
地面に座り込む。ぼかぁ、本が読みたくて堪らないのでぇす。
「座るな!」
「だったら、食糧補給を要求する。飯食わせろ、飯ー」
ぜひ、逃亡のための活力補給にご協力を!
「そら、飯ならこれをやろうじゃないか」
差し出されたのは丸パンで、綺麗な焼き色が付いていいて美味しそうなものの一部、食べかけだった。
「母さん、食べかけはいらないっていつも言、って、……か、母さん?」
さー(血の引く音)。
「母様!」
ぐわん、ぐわん(意識が遠のく音)。
「息子ども、帰ったぞ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
腰に手を宛ててふんぞり返る人を尻眼に、ダッシュ開始。足が棒の様だとか、腕がパンパンだとかそんなことはお空の彼方へ飛んで行きました。今俺にとって重要なのは逃げることである、最重要任務である。この人に剣なんか持ってるのを見られてはいけないのである。
「おいおい、何いきなり走りだしてるんだ? 一緒に走りこみでもしたいのか、シャド」
追いつかれて、足を払われて俺は一昨日ぶりに地面とご挨拶した。
「すみませんでした、俺が悪かったです。もう逃げ……急に、走りだしたりしません。ごめんなさい」
地面に正座しながら考える。この世界の最悪を寄せ集めたようなこの人がなぜ、ここに。いや、自宅だから帰ってくるのはわかるけど、今帰って来た理由がわからない。
大体、何このタイミング。仮に、俺に訓練を付けさせるつもりで誰かが呼んだとしたらそれは判断ミスである。完全なる誤りである。死ぬ、死んでしまう。死亡フラグの建築士たちが総動員するからっ!!
「ほら、腹が減ってるのだろう?」
ぐいぐいとパンが頬に押し付けられる。彼女は知るまい、その度に地味にライフが削られることを。
「いえ、もうなんかいろいろとお腹いっぱいです。すみません、ほんと、すみません」
お腹どころか、胸が一杯すぎて食べる気がしません。
「そうか、うまいのに」
しょんぼりしながら、パンを食べ始める母親。
だぁああがしかし、これに騙されてはいけない。同情? は、同情なんかするか、こいつは血も涙も、常識も忘れた化物だっつの!!
普通、魔力の低い子供に耐性を付けさせるとか言って、笑いながら攻撃魔法を連続でぶっ放してくるか!? いいや、常識があったらしない!! 絶対しない!!!
いくら、本人に悪気がなくても許されるボーダーラインってのがあるっつの!
他にも思い出せば涙の止まらない話は山の様にある。
例えばある時は、日常生活の中に罠(食事に致死一歩手前の毒が仕込まれたり、寝具に横たわると上からナイフが降ってきたり)が仕掛けてあったこともあった。
また、ある時はシュロムと紐に繋がれたままダガーだけで熊に立ち向かわせられたりもした。無論、即効で、紐切ってシュロムを囮に逃げたのは言うまでもない。そして、この馬鹿はキラキラと目を輝かせながら自信満々に熊を狩って来やがった。遺伝半端ない、俺はきっと川に捨ててあったに違いない!
ついに堪忍袋が切れたというか、生命の危機を感じた俺が「なんで、こんなこと急にするのさ」って聞けば、この女は言うに事欠いて「あまりにもひ弱だから、育て方が悪かったんだなぁ思った。で、いっちょもんでみた(シュロムはおまけに鍛えたらしい)」って、ふざけんな。一歩間違ったら、死ぬわ!!
……おかげさまで、攻撃を避けるのだけは上手くなりましたがね。シュロムくんはぐんぐんと戦闘民族の血を目覚めさせていきましたがねー。
一言言わせてもらうなら、お前が育て方間違えられてるっつの!!
そんなこんなで、この人と修業的な何かが結びついた時俺はうさぎのごとく逃げ出してしまう習性がついたのさ!
逃げ切れないと知ってても逃げるのさ!!
「母様、なぜお帰りに?」
「なんとなく、気分的に?」
(気分で帰ってくんな、一生出かけてろよぅ!! もしくは、俺がどこか遠くへモブ子とランデブーするあたりに帰って来い!!!)
生まれたてのバンビのごとくガタブルする、俺。頭の中は、逃げたいの四文字しかない。
「二人仲良く、修行かー、いっちょ……」
「だぁあああああああああああっ、お母さま、シレーナさんはどうしたんですか!!」
仲良くない、仲良くない。あなたの参加も望んでない!!
「シレーナ? ああ、食堂で飯食ってるわ」
「じゃあ、俺たちも食堂で朝ご飯をいただきましょう、そうしましょう!」
親父とシレーナさんに助けてもらおう、この化物を遠ざけてもらおう! 平和な日常よ、カンバック。シュロムもついでに引き取って貰おう、そうしよう!!
「ほら、飯ならこれ……」
「いやいあやいああ、食事は椅子についてじゃないと、ほら、紳士淑女の礼儀がありますからああああああっ」
パンは見ない。知らない!
「私は別にパンで……」
「行儀が悪いざます!!」
何寝言言ってんだ、馬鹿が、ハゲろ! 父親と兄の毛根が俺に移れ、ばっきゃろう。
「シャド、戦場には食堂はないんだぞ?」
「ここは戦場じゃなくて、家ざます。寝ぼけるなざます、黙るざます。早く飯にするざます!」
二人が考え込む隙を与えないぐらい早口で言う。
いいですか、皆さん、獣に考えさせる時間を与えてはいけません、それは命取りです。同時に、本能で動いてはいけません、動くとやられます。本能で彼らは生きているのです。
こう言う時は知的に、素早く動くことこそが生存に繋がるのです!!
「しかたない、食堂で飯にするか……あ、シャド、あとでシレーナをジャミル家に送って行けよ」
「ぬぅわんで、俺が!? ごほほん、送るのはシュロムやお父さまでよいと思われるざます」
「だって、お前メイリーと婚約したんだろ。なら、いずれシレーナは母親なんだからお前が行くのが筋だろうが」
知らねーよ、そんな筋。
仮に筋が通ってるとしても、この婚約認めてねーよ。
つうかああああ、この人にも知られてるぅうう!!
もう、俺に逃げ場はない。ああ、なぜだ、会いたくないのに、神よ、なんと非情な!!
「母様、私が送っていきましょう!」
(おぉー)
心の中でこっそりシュロムを応援する。助け舟? 助け舟?
「え、シャドでいいよ」
座礁しました。ちーん。
「……わかったよ、送ってけばいいんだろ」
会わずに帰る、俺は逃亡する、しばらくここには帰らない! これぞ、究極の選択!!
これで、モブによる平穏で夢と希望に溢れたごくごく普通な日常が、俺の目の前に……。
「そうそう、今日シレーナたちを呼びたいからそのまま他のも家に連れてこいよ」
送り届ける意味ないじゃねーか、こんにゃろ。
シレーナさんの初期キャラがアダラとやや被りしてて、次回を考えてたら投稿し損ねた。