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22.国と人



『世界平和共同戦線条約の下、我々は「魔王」のせん滅に励んでいるからだよ』






八つの時、本を読むようになって俺は親父に質問した「なぜ、自分たちの国を方位で呼ぶのか」と。




七、八の歳になるとほとんどの子供は文字の読み書きを習い始める。

裕福な子は家庭教師を雇い、雇うことができない子供は日曜日に教会で修道士たちが開く日曜学校へ通うことで教わることができる。


王立学院など学校は魔力の使い方を学ぶだけの場所だ。そんなことができて当たり前として授業が進んでいく。



魔力を使用するにあたり、俺たちは世界の魔に関わる全てのものを習わなければならない。

魔力、魔法。魔術、魔石。魔術、魔獣。そして――魔王に関わるものを。世界平和共同戦線条約もその一つだった。






世界平和共同戦線条約は今から遡ること五百八十一年前に、この大陸の国々の偉かった過去の誰かが決めた法律であり、「魔王」と呼ばれる存在が世界に知られた日でもあった。






世界には三つの大陸があり、名をサバーフ、ディーア、ノクスと呼ぶ。


俺たちが住むのはサバーフ大陸というのだが、本当にディーアやノクスと呼ばれる大陸があるのかは定かではない。海を隔てたその向こうに行くことができないからだ。


魔獣は魔王が生まれるずっと前から存在していた。当然だ、魔獣とて母胎に居るうちに魔臓が生成されるのだから。


魔獣とそうでない獣の違いは単に、人を害するか害さないかで決まり、更に言うなら海には魔獣しか居らずより手ごわいと、される。

人間が海に出るには船しかなく船の上からしか戦うことができないが、やつらにとっては全てが戦場になるという点が大きいだろう。その為、よほど強い魔術師が居ないでもない限り海に出ることはできない。


それでなくとも他の大陸がどこにありどのくらいの時間が行くのにかかるのかわからないのだ、行きようもなかったと言えた。


仮に魔術で転移するにしても、大量の魔力が必要になる上に、これも正確な場所がわからなければ海の上にドボンと落ちて魔獣の餌になるのがオチだ。

成功したとして、同じような奇跡的な確立でしか帰ることができない。だから、誰も行ったことがない。あるのかわからないものになっている。



サバーフ大陸には十二の国が事実上存在する。

それを東西南北と中央の五つに分けてこれをその方位に合わせて、東の国。もしくは大地などと呼ばれている。


東、西、南にそれぞれ三つ。中央に一つ。最後に、北に二つ。


中央がここスィリディーナ国であり、北を目指すにあたって他国からの物資の豊富さが売りで最も魔術が発展している国のため、魔術師を探す目的でも立ち寄られている。その点からすると、北へは比較的穏やかなルートで行けるだろう。


また、北の二国のうち一国は国として存在するものの事実上は、魔石を得るために存在する大きな街にすぎない。

市場に流れる魔石のほとんどは北の国で採取されたものだ。他の国でもとることができるがここほど上質なものはなく、また大きい魔石はとることができないためにやむを得ず設置されたものと言える。


もう一国は、魔王が住む領土を国とし、敵国の危険区域として分けている。世界平和共同戦線条約のみそはここだ。


以前はお互いどの国がどの国を攻め、領土を広げるかというのに勤しんでいた昔の人々が仲良く手をとるにはお互いの国の境目を失くすほかなかったのだ。

世界平和共同戦線条約とはいうなれば、「魔王を倒すまでは友達でいましょうね」という半永久的停戦を意味する。


一つの敵に立ち向かうため、全ての国は一つになった。名を伏せ、一つとした。


そうは言うものの当初はこれを守らず中央の魔術師の誘拐や、全ての国による北の魔石の争奪戦などが繰り広げられていたらしい。やっとのことでこの条約が意味を持ったのは、死者の数が人口の三割を越えた時点だったと言われている。国々は事の重大さに気付き「協力してのせん滅」になったのだと、歴史ではそう学ぶことができる。




北の国でしか魔王は生まれない。


なぜ生まれるのかは、六百年近く経とうとする今もわからない。

五百八十一年前、「魔王」は突如として生まれ以降いくら倒そうとしても不定期に「魔王」が現れるのだ。


尚、魔王が現れた場合、最低でも二千の兵士を出さなくてはならないが、これはこの中央の国の最低人数だ。魔術が発展している一方で、中央は小国だからこその人数だった。

対して、他の三国は五千から一万の兵を出すことが義務付けられている。


今回現れた魔王は六年間もの間、北の国に居た。「勇者」が倒すまで、ずっと。




中央からは大人で魔術師として戦える人が兵として出て行っていただけなので俺というか、魔術の才がない者と騎士団に属さない者はまったくと言っていいほど、関係がなかった。

ルックは軍学校を卒業してもまだ魔王が居た場合、戦場に出ていたかもしれないが……。


それに比べると三国は教育制度の違いもあって魔法を使える者は多く居ても魔術師が居ないため、根本的に兵として多くの人間が戦場に出て行かざるを得なかった。






「にぃさん、わの歌は退屈かね?」


酒を飲み始めてからどれくらい経った頃だろうか、いつの間にやら白いサテンの女が目の前に居た。歌っていた時とは違い南の強い訛り言葉で、こちらを侮蔑するようにそう彼女は言う。

年齢はレインよりも見た目的には年上に見えるが、実際は二十中頃だろうか。褐色の肌に、黒い髪の女だった。


「退屈かね?」


他の客たちの視線がここに集約される。見覚えの顔がないことに、今さらながらに気付く。色の違いはあれど、ここに今日居るのは三国の人間ばかりだったのだろう。


下手に騒ぎにするのも良くないと、俺は曖昧に笑う。


「ちょいと歌い手さん、坊ちゃんに絡むのはやめてくんな」


女主人がすかさず、声を掛けてくる。すぐ後ろでは、いかつい料理人も麺棒を手に構えていた。


(退散したがいいな、これは)


金を置いて、席から立ち上がる。


「鍵返すよ」


貰った時と同じように、投げて返す。


俺はへらっと笑ってその場を後にしようとするが、ガッと腕を掴まれたかと思う間に天井を見上げていた。

掴まれている右腕と衝撃を和らげるような物のなかった背中の痛みに、俺は声のない悲鳴を上げる。


「退屈かね?」


「坊ちゃん!」


右腕を女主人が取り返し、俺を起こして背を摩る。


「ごほ、ごほっ」


元々不調だった体だが今の一撃でまた、倒れる前と同じように視界が廻り出す。


「ぼぅつぁん、ぼぅつあんっ!」


響く声を抑えようにも、今度は魔術式も何も浮かんでいない。ただ、胸を押さえて呻いた。


「大丈、ぶ。心配い、らない、……つぁ、ふぅ、……ひぅ……背中を強く打った、だけだ」


呼吸を落ち付け、女主人を安心させようとするがなかなか治まらない。


「あんたたち、シャド坊ちゃんに何をしてくれるんだい! 酔っ払いどもが、出てっておくれっ!」


服を掴む。夜もそろそろ遅い。彼女らはこのままでは宿がなくなってしまうだろうし、何より女主人の沽券にも関わるかもしれない。


「俺が、出てぃく。この人たちは、このまま……」


「背の割にひょろいと思えば病気持ちかね、中央は魔術師になれん人間も多いけぇ、南やら他の国が人を出すことになるんぞ」


この女馬鹿かよ、人がせっかく穏便に済ませようとしてるのに。これだから、喧嘩っ早いチート組は嫌いなんだよ、もう、馬鹿じゃないの。馬鹿でしょ、ばーか、ばーか、げほげほ。


「高い酒に、旨い飯。中央はええのぅ」


嘲りに、周りが頷く。どの顔も既に赤く、酔いが回っていることが見てとれた。


(しくったな、家に帰ればよかった……)


女は素面のように思えたが、周りの男たちは何がきっかけで暴れ出すかわからない。条約の所為で表立って喧嘩するような人間も居ないが、喧嘩した場合の処罰は両成敗ということでいかなる理由があろうともお互いに同じような刑罰が下される。


「他所の国の歌なんてどうでもいいがや? さすが、勇者様を輩出する国は凄いのう」


「気分を、害したな、ら謝るよ」


「喋り方も上品なこって、坊ちゃん?」


引かせてくれないらしい。


「坊ちゃん、もういいよ。誰か、騎士団の人を誰か呼んどくれ! 十代の子供相手に、あんたたちも大人げないよ!!」


一応、成人しているのだが、長らく馬を預けている所為か、彼女の中では俺はまだ子供らしい。あれ、なんかこっちの方がダメージを受けるな、なんでだ。


「酔っ払いと言えど、無抵抗な相手に……しかも、うちの国の貴族に喧嘩売って同じ刑罰だと思わないことだね!」


「十代? 貴族?」


信じられないと言わんばかりの顔で、女は俺を見る。

はははははー、モブのプチ常識。年齢は上から下まで五歳は憚れるのさ! モブなので、いろいろな役になれるのさ!


「俺も悪かった、から、呼ばなくてい、い」


十五になれば、他国は戦地へ行く子も居る。人の心を酌めなかった、俺も悪かったのだ。


落ち付いてきた呼吸に安堵し、立ち上がって出口へ向かう。

もう、女主人以外誰も引き止めなかった。






馬小屋の柵に体重をかけつつ、体を支える。


(ペンダントどころか、マジで体不調すぎる。やばいな)


このままポニポニに乗って無事に帰れる気がまったくしない。


「ハニー、僕はどうやらここでお泊りのようです。お願いだから蹴らないでね?」


「ひひぃん」


「嫌だ」と言うように馬は鳴いた。俺は藁の上で膝を枕に目を瞑る。


「ぐほぅ、せ、背中が朝のこわばり並に痛いっ!」






争いは誰しもを傷つける。平穏が一番だ。



女主人は、客と仲良くすればいい。


旅人は、国の人に優しくされればいい。


人は、誰かの痛みを知って泣けなければならない。




冷たくしたら、冷たくされるのは常。


優しくしたら、優しくされるかもしれない。






世界平和共同戦線条約。それは、そのためのもの。



三連休は毎日更新したいwあと、予想よりも話数が伸びそうだったりする!シャド達の世界じゃ魚は食べない仕様となっております、もったいない。そして、青は投稿するとか言いながらPCに伏して寝てたよ!

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