21.小さな決意
「ひひぃーん」
かぷっ。
「……ポニポニさん優しくして、ほんと優しくしてっ!」
地面の上で半泣きになりつつ、頭を未だに噛み続ける愛馬の口を遠ざける。傷心の俺になんて酷いの、コイツ。
(……………)
手のひらを開いては、閉じる。未だ体に残る倦怠感は拭えていないが動かすのがそれほど辛いわけでもなくなった。なった、けれども外がやたらと暗い気が……。
暗いお空には顎のつんけんした三日月型のお月さま、周りには小さな星がきらきらり。視界に映る家々には温かそうな光が灯っている。
「おん?」
夜?
あ、あれ。おかしいな眼鏡っ子と別れた時はまだ夕日が見えていたような? 陽が沈みそうではあったが、沈んでなかったような?
き、記憶違いだな。宿のすぐそばの馬小屋で倒れてたのに、誰も見つけてくれなかったとかないない。あの時は夜だったに違いない、意識飛びかけだったし、そうだとも。身長百八十センチ越えの男が倒れてて誰も心配しないとかない、ない。
心を落ち着けて、馬小屋の柵に寄りかかる。立てないわけもないが、(何か心が折れた気がするから)立って家に帰りたくない気分だ。もう、無理だ(今、どこかでポキって音がした、心かな。心だな、よしわかった)。
全ては、ペンダントの呪い引き続き続行中ってことにしとこうじゃないかっ!
「だばだばぁ」
わけのわからない言葉を発してみる。馬をおびえさせない程度の声で。蹴られたら、怖いからねっ!
(んなわけあるか、ペンダントで片付けてたまるか。片付けたらペンダントがなかった時心がポキっといくどころか、グシャっと逝くわ)
目に映る汚れをとりあえず、落とす。汚いの嫌いなんだよ、変なとこで潔癖なんだよ。譲れない綺麗さがあるのだよ。背中は良くても、頭と体についている汚れは許せないのが俺です。
(まいったなぁ、目眩とか立ち眩みで片付けるのも微妙だよな。そんな可愛いものじゃなかったし……)
「死なないといいなー、平穏でいたいなー」
ぶっちゃけ、検査は受けたくない。病気になったら病院へ行くのは常識でも、身体的問題で実験台になりに行くなんて常識じゃないもの。嫌だね、好き好んで自分の体を提供するなんてぜぇったい! 綺麗なお姉さんたちの看護があっても無理無理プー。
ポケットからごそごそとレインから貰ったペンダントを取り出す。
(呼んだら迎えに来てくれるんだろうが、一応疑惑のペンダントってことで使いたくなす)
こうなったら最近、使った魔力をちょっと考えてみよう。
毎日電子コールに使用、回数不明。一日十回以内ぐらい、たぶん。多い日でも二十はいかない。
昨日の眼鏡っ子襲撃事件の際に突如として現れた氷柱(あくまでも偶然の産物ですが)。
指輪を見た。
指輪を見たのちょっと怪しいな、あれ久々に見たし。今日寝不足だし、もう体調不良でまとめとく? うまく魔力が回復できなかったとかで。
もしくは、指輪の制御が効き過ぎてるとかなんじゃないだろうか? 「お馬鹿さんねぇ、魔力制御装置付けてるのに使いすぎたから倒れたのよ、ダーリン(レインの声真似)」ってことなんじゃないだろうか!
「って、どっちにしろ俺の魔力がなかったってことじゃんかっ!」
「ぶるる」
「鼻息荒い、荒い。騒がないので、怒らないでください」
ポニポニから再度距離をとる。距離あるのにな、怖いな、俺主人なんだけどな。きっと格下なんだろうな、泣けるな。
とにかくだ、魔法は当分使わないことにしよう。そうしよう。メッセージは届いておりませんでいこう。皆めんどくさかったもの、良い機会じゃないか。神さまがきっと、「もう周りに関わらなくてよいのじゃよ、ほほほ」という天啓をくれたんだな、違いない。
(魔力減ってんのかなぁ……そういうのもレイン教えてくれないもんなぁ)
体が大きくなれば魔力も増えるんじゃないかなんて、浅はかな期待が多少は、多少は、たしょぉおおおはあったりもしたんですがね。
(所詮いつまで経っても、俺はモブなままってことか。……そうか、そうだよな、俺は俺だもんな。ああ、なんだか疲れた、な)
いっそ、躊躇うとかそう言う段階をすっ飛ばして、一人でどこかへ消えてしまおうか? 男は度胸ってことで。
誰も探してくれないだろうし、いいんじゃね? むしろ、居なくなって「あー、清々した」って言われるんじゃないの? メイリーだって、案外数日後ぐらいに「最近、シャド見ない」みたいに思い出すんじゃないかね。
レインとかだってなんだかんだで「ダーリン見なくなったわねぇ、誰かに解剖されたかしらぁ」とか言うんだ。
何これ、皆酷い。
心根を少しばかり披露すると別段どこかに行きたくもないし、メイリーの結婚する姿とかは見たかった。けど、ハボンも本の中で「引き際が肝心」なんて書いてたしな。ここらがモブの引き際なんじゃないでしょうか。
(欲張っちゃいけないよな、メイリーが幸せになるまで傍に居るとか……)
俺はさ、ただメイリーに幸せになってほしかった。
弱くて小さくて泣きそうなのに泣けないあれがそんな顔をしなくなる日がくればいいなと、思ってた。
まあ、とっくの昔に今じゃそんな可愛かった頃は露と消え、したたかな女たちの仲間入りを果たしていたのですが、ね。
俺より強いのに後ろに隠れちゃうし(隠れるから先に隠す習性ができた!)、自分のこと自分でやらないし(ここら辺は甘やかした自覚有)。女の子は自分のどこが弱いかを的確に理解してるから、その弱さを武器に馬鹿な男たちを手玉にとっちゃうんですよ、あー、怖い怖い。
転がされる男も男なんなんですが!
『スペクター伯爵子息はジャミル子爵令嬢がお好きなんですね』
(好きじゃないよ、モブはメインキャストに恋なんてしないもの)
こい? 池の鯉役を所望ですか? 恋? 残念、メインキャストに恋しているモブをお探しなら右まわれ。俺は輝かせるだけ輝かせて、終わりなモブです。
皆の勘違いを誰か正してくれよ。
俺の場合なんて特にそうだけど、特別綺麗な子が幼馴染だっただけの話なんだよ。仮に貴族でもなかったら、知合いでもなかったら遠くから眺めて「うわぁ、すんごい美人!」と男どもキャッキャウフフと騒ぐだけに過ぎなかったんだって(オカズにしてたかもね!)。
残酷な神さまへ。
なぜ、いつまで経ってもメイリーが上手く笑えない小さな女の子でいさせてくれなかったんですか。
力があって、頭が良くて、特別になれる子だったなんて知らせたのはなぜですか。
俺に力がないって事実を突き付けたりしたんですか。
俺だってヒーローのままで居たかったのに。
せめて、俺が普通なら何かもっと世界が違ったかどうか教えてください。
(ああ、ほんと死にたくはないなー)
特別なんて求めてないから、普通をください。
《シャド、グランツ王子からの手紙が届いて……》
強制的に耳に入る声を切る。
親父は、一定時間以上したら聞こえるようにしていたのだろう。なんて、最悪なタイミングだ。
諌めるためのメッセージなんて聞きたくない。そんなことで、魔力は使いたくない。
届いている全員のメッセージを削除して、全員を拒絶する。
(言うことなんて決まってるんだろ……めんどいよ)
「ポニポニ、どっか俺を遠くまで連れてって」
「ぶるぅる」
愛馬のくせに首を振る。
冷たい。
俺も同じくらい周りに冷たくすればいいのだろうか? 現実を突き付けて何もできない駄目な奴だって見せつければ、絶望させて嫌われたらそれで自由になれるだろうか?
「だぁー、もう考えるのやめた。酒飲みたい、がんがんするくらい飲みたい。もういいやここの宿屋に泊る。さよなら、ポニポニ。また、明日」
馬の制止を振り切り、よろめきながらも宿の扉に向かう。
「いらっしゃ、おやシャド坊ちゃんじゃないか、どうしたんだい?」
恰幅の良い女主人がカウンターで俺を迎える。王都の宿屋なんてのは大体地方から来た人が泊るためにやってるのだが、いつもいつも泊り客で溢れているわけではないので、ここは酒場も兼ねている。
ついでに言うならポニポニのような動物も金さえ払えば一時的には預かってくれるので、街に連れて来る必要がある時はここに預けている。
「うんと強い酒ください、部屋も貸してください。今日ここに泊ります」
「泊りだなんて珍しいねぇ! 部屋は一番端の部屋でいいかい、ほら鍵」
鈍色の鍵を受け取る。
「しかし、運が良いよ。今日は酒場の方に他所の国の歌い手が来てるんだよ、開いてる席に座って聞いときな」
すぐ横の酒場が有る方へ曲がるなり、人だかりができていた。中から座れそうな椅子を探し出し、酒場の端っこのカウンター席に腰を下ろす。
(あれが歌い手か)
さっそく歌い手に目をやる。真ん中の舞台には褐色の肌をした女が白いサテンのドレスを着て歌っていた。濃い茶色の髪はアップにされていて、首から胸にかけてのラインが良く見える。
「ゆるやかな日差しの中で、貴方を探す。別れの日から、もう、三年も経ちました」
低いアルトの声は染みるように響き渡る。皆、酒に酔うように女の歌を聞いていた。
(くだらね)
溜息を吐いて、カウンターの方へ視線を戻す。
良い歌い手に違いないが、如何せん歌っている歌が悪い。今ばやりの恋愛の歌の様だ。聞いていると、どうやら戦場に行ったきり帰ってこない男を待つ女の歌であることが窺える。
「人が町に帰る度、貴方なのかと訊いて回るけれどいつも人違い。一筆だけでいいから便りをちょうだい。北の大地にまだいるのだと教えてください」
北の言葉に考えを改める。
(ああ、そうか)
戦場に行った男を待つ歌などではなく、これは勇者が魔王を倒すまでに旅に出た冒険者を待ち続ける女の歌だ。
北に居た魔王を倒したからってまだ、戦いが終わってない人の歌なのだ。
魔王はなぜか、北の国で生まれる。
そのため、南は安全地帯とも言え人が多く駆り出される。男も女も関係なく。
ここに居る人たちは同じような思いを抱えた人たちなのだ。
良く見ればどの人も褐色の肌をしている。これは南の国の特徴だ。北を彼らは目指しているに違いない。まだ、誰かが生きていることを祈って。
「ひややかな月夜の中で、貴方を探す。別れの日から、もう、五年も経ちました」
(けど、なんだろ、この歌)
訊き方を変えれば、勇者を支持しない歌にも聞こえる。
勇者は世界を救えたのかもしれない。けれど、たった一人の誰かの心を救うようなことはできなかったのだと責めるような歌に。
「遠くの町まで歩いて、貴方が居ないかと訊いて回るけれどいつも空振りね。人伝手でいいから知らせをちょうだい。南の大地に帰るのだと教えてください」
運ばれて来た酒を煽る。
「賑やかなパレード、幸せそうな街明かり、いろいろ見て過ごした日々、今日も貴方の帰らぬ日々を過ごしてる」
悲しい歌なんて聞きたくもない。
「貴方を探して北へ、北に貴方は居るかしら?」
喝采の拍手。
俺は、終わった歌に拍手することもなく食べ物を頬張る。
(俺が居なくなった方が幸せになれるだろうか? 皆、喜ぶだろうか?)
勇者ですら誰かを救えなかったというのに、幸せにするなんておこがましい。
毎日が30時間あればいいのに、寝る時間として12時間毎日欲しい。10時間は仕事と勉強。8時間は小説とかの構想してたい。シャド達の世界は18で成人。