20.嘘の後ろ
いつのまにやら3000件を越えるお気に入りをしていただけたようで、感謝の言葉がありません。
飽きられない様に頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。
「明日も早く来てね」
幼馴染が言った言葉を今俺は、思い出している。
とあるところの意地悪魔術師も言う。
「またね」と。
別れとは総じて寂しいものである。
しかし、反対に出会いとは苦いものであるものもあるが、心温かくなるものも確かに存在する。
俺は後者を今、切実に望んでいる……。
「ちょっと、ポニポニさんよぉ。なぁんで、あーた俺から逃げるのよ」
「ぶぅるぶるぶる」
家に帰ろうと諦めを付けた俺に待ち受けていたもの、それは――愛馬ポニポニ(可愛い名前でしょ? 俺が、命名。家族も皆自分の馬に名前付けてるけど、やたらと長いので割愛する)からの乗馬拒否。
「一緒にお家へ帰ろうじゃないか。人参も家にはあるのよっ! 奮発して林檎も付けちゃうよっ!」
前足を上げての戦闘態勢は未だ解かれない。
「ひひーん」と鳴く姿は「あんた、近寄らんといてぇな」と言うようだ(ポニポニはレディである)。なぜだ!!
「俺の何がいけなかったと言うんだ、ポニポニ。お前のことをこんなにも想っているのにっ!」
ポニポニは怒ったように俺に鼻息をかける。う、臭っ。
その際、ふわりと黒い毛が飛ぶ。ポニポニは俺とお揃いの栗毛なので持ち主はただ一人である。
(ラーンっ!)
あの時のもふり合いがまさかここで悲劇を生もうとは……。
けど、後悔はしてない。なぜなら、ランが可愛かったから。もふれて俺の心は満足したからっ!
「う、浮気してごめんよ。ポニポニー、今から心を入れ直すからぁ」
抱きつこうとして、鼻先に蹄が突き出される。次はないってことですね。了解しました、よし、撤収ー!!
「匂いが消えるまで近くを歩いて参りますので、暫しお待ちください」
「ひひーん」
なんか、「当たり前よ」って言われた気がする。
意思の疎通ができる主従関係って素敵ね……言っとくが、俺が主!
ぐぅ~きゅるる。
泣きっ面に蜂と言うのでしょうか。お腹もすきました。ま、レインのとこに居た時からすいてたんだけども。
(露店で何か食うか)
食事の後は、どっかで毛取り用のブラシを買ってフローラルな香水の試供品でも試しましょう。これで、ポニポニさんの機嫌も直るはずです。人参と林檎も忘れてはいけません。機嫌を損ねたら、クソ我ま……愛馬さんに乗らずに帰るはめになりますからね。
……シャド、これは必要経費だ。
財布、今月軽いな。給料日が恋しいな。なんて思って泣くな、俺!
くん。
くんくん。
おやおや、おんやー?
良い匂いがするではあーりませんかっ!
頭ごと視線を動かして匂いの元を探せば、体格のいい男が露店で何かを焼いているようだ。炭に肉汁が垂れる音、灰色の煙。た、たまりませんっ!
興味津津に近づいて、網の上にのっている物を見る。
「兄ちゃん、若鶏の串焼きどうだい? 今日の鶏はサイコーだぜ、見てくれよこの肉汁っ!」
「た、確かにっ」
立て札には一本、二ギニーと書いてある。むむむ、微妙に悩む値段である。
「そこの彼女と二本で三ギニーでかまわねぇからよっ!」
「彼女?」
横を見る。
「おん?」
分厚いビン底眼鏡、癖のある髪。
見たことある人が居た。
「え?」
またまた、ブッキング。
勇者といい、眼鏡っ子といい、俺の行く先に現れるのってストーカーじゃないの?
「あぁああああああああああああああああああああっ!」
おーぅ、ルック並に鼓膜を破らんとする声いただきました。
おかしい。
おかしすぎる。
何がおかしいのかと言うと、なぜ街の噴水に眼鏡っ子と俺が腰かけて串焼きを食べているかってことだ。俺の自腹で。
言っとくが、俺は帰りたかった。もう、帰る気満々でしたよ。
そしたら、また服の裾を掴まれたわけよ!
メイリーも居ないし、ここで振りほどいたら俺極悪人じゃん? メディアって何書かれるかわんないからね、怖いなっ!
自腹の理由は、財布出してた癖に「奢ってくれますよね?」的な視線で見られたの! 店の人も「彼女じゃなくても二人で三ギニーでいいよ」って言いやがって、知人でもなければこの子パパラッチだからっ!
「美味しいです、ありがとうございます」
はふはふと口を動かす眼鏡っ子。本当に美味しそうに食べやがって、請求とかし辛いだろっ! 男が女の子に物を奢るなんてルールは滅びてしまえ!
もしくは、可愛い運命の彼女にだけ通じるルールになれっ!
しつこいようだが、俺の好みは素朴な感じである。
隠れ萌え要素とかいらないのであるっ!
「さようで」
三ギニーが財布から転がり落ちたと思えば良いんだ。俺もむしゃむしゃするから、良いんだもの、ぐすん。
むしゃ、あ、うまい。今度からあの店は贔屓にしよう。
「私、リュネット・ラブルって言います」
誰も自己紹介期待してないんだがね?
「そうですか、で、何か?」
「スペクター伯爵や、ジャミル子爵に連絡取りましたけどダメでした。……スペクター伯爵は本人から許可をとれと言われましたし、ジャミル子爵は肖像権で訴えるって言われました」
ずーん(これは、眼鏡っ子もといラブル女子から発せられた効果音)。
「でも、スペクター伯爵子息は本人ですよね?」
ちらり(これも、彼女の効果音)。
「俺は何も言わない」
ずーん、ずーん(略)。
音が重くなっても言わないものは言わない。勇者より自分を選んで貰ったつもりもないし、メイリーに悪評はごめんなのである。
「仕事なんて諦めれば? 向いてないって」
「なりたくてなったんです! 人の気も知らないで……」
「知るわけないじゃん、俺はメイリーの味方であっても君の味方じゃないもの」
「うっ」
眼鏡っ子、泣きそうになってます。
ほんと、勘弁。見て周り、ひそひそと酷いこと俺言われてるから。
ここは修羅場じゃないです。俺、無実。
絶対、君向いてないよ。人のこと考えないライターなんて三流だからね。
「私初めての仕事なのに」
「だから、何? 知らないよ。てか、関係ない。あのさ、皆、人のことじゃなくて自分のことで手いっぱいなんだから気にして貰いたかったら人に優しくでもしたら? 大体、お願い事する人間がその人に甘えてどうするの?」
驕って貰って当然と言う意識は捨ててくれ。
あと、メイリーを悪者にするようなのもやめていただきたい。モブならばインスタント悪役にはなれるので、一度だけなら悪役にしていただいてもいいですぞ?
「じゃあ、どうやって記事を書けばいいんですかっ!?」
「さあ?」
首をかしげる。
「大体、俺に聞くのは畑違いってもんです。けど、一言言えるならあんたの言葉であんたの目に映ったままを書けばいいんじゃないの? 捏造写真をとるようなこととか、空気の読めないのをやめるとかは鉄則ね」
眼鏡っ子は俯く。
よしよし、この調子で記事など書かなくなれ。けけけ。
え、良いこと言っておいて、心の中はそれ? ははは、あたり前じゃないか。目に映ったままメイリーの奇女っぷりを書かれて御覧よ、嫁の貰い手がなくなるわ!
俺のイケメンとメイリーちゃんのラブラブ計画が潰えてしまったら誰が責任とってくれるんだ!
メディアに一言言う。嘘を伝えないのは良い心掛けではあるが、ありのままの事実が良いとは限らんのだよ!
「何も最初から、一面とるような仕事じゃなくてさ、もっと簡単な仕事から始めるとかすればいいんじゃねぇ? 新人なんだから別にいいだろ。むしろ、記事なんて誰かが目を通してくれたことに意味があるんだから、スペースの大きさとか関係ないって」
「……なんだか、勇者が勝てなかった理由がわかった気がします」
おん? なんですって?
「スペクター伯爵子息はジャミル子爵令嬢がお好きなんですね」
「はいっ!?」
何この子、何言ってんの。好きか嫌いかで聞かれたら好きだけど、それは幼馴染のそれざんす。お馬鹿さん、なんざんす。
「幼馴染だからって、だけだよ」
メイリーの幼馴染でもなければ、伯爵の次男でもなければ、シャド・スペクターなんてそこら辺の石ころと何も変わらない。
「だって、味方なんでしょ?」
「……いじめられっ子を守ってたら、そうなった」
リュネットがおかしそうに笑う。
「俺はメイリーの一番の味方で居られればそれでいいんだよ」
笑う声に合わせて呟く。
「今、何か言いました?」
「何も?」
知らん顔する。
「私どこまでやれるかわかんないですけど、自分なりに頑張ってみようと思います」
「そーしなさいな」
肉の最後の一口を口に含む。ああ、至福。
(まったく、やれやれですな。けれども、これでメイリーを奇女に書きたてる記者が一人減ったぜ! この嬉しい報告を誰かに……お、そう言えば今日は朝から電子コールを一度も聞いてないような)
思い出して、メッセージを受信する。よかった、三件だけだ。
なんかいろいろ着てるんじゃないかってビビったわ。うん、でもないな。今までもなかったもんな!
一件目はシュロムなので削除。聞くわけもない。
二件目は親父なので後回し。
三件目はルックだった。我慢して聞こう。
≪なあ、シャド昨ぅ……≫
受信していると唐突に、心臓が脈を打つ。
「……っ!」
目がグルグルと回り、視界が不安定になる。まるで空を歩くように足元がなくなる。
「どぉ、どぅうしぁたんでぇすくぁあっ!」
眼鏡っ子の声がダブって聞こえる。
なんだ、これ。
俺は前のめりに倒れる。
残る意識で、即座に魔術式を解除する。
「大丈夫ですか、ねえ! ねえ!」
近くにある顔。やっぱり、この子萌え要素隠してたな。
ただのブラウンかと思った瞳は、夕焼けの中でへーぜル色だった。
「ほら、人のこと心配したりもできるだろ。あと、君顔近い」
ニヤリと嗤う。顔を手で押しのける。
「騙したんですねっ!」って眼鏡っ子は怒って、俺を叩く。痛いって。
心臓付近の服を強く握る。
「夢追うのは良いけど、三流にはなりなさんなよ。じゃあな!」
手を振って逃げる。
眼鏡っ子が見えなくなった、路地の角に入ってもたれかかる。
「っ……」
額からにじみ出る汗を服の裾で拭う。
今の痛みは、お芝居。本当なわけない。今まで大丈夫だったもの。
ポニポニのところまで必死に体を動かす。
俺は平気、普通。
「ポニポニさん、マジ乗せ、て?」
「ぶるる?」
黒い瞳が俺を見る。
ペンダントのことが浮かんだ。これ、ペンダントの呪いにしよう。絶対そうだ。
狼青年の吐く嘘の後ろの真実は、誰も知らない。
シャドはメイリーにも甘くするだけでなく、駄目な時に怒るといいんだろうなぁ。さてさて、新展開です。シャドの体に突如異変が!!ほんとにペンダントのせいなの!?あ、前にも言ったけど1ギニーは200円。つまり、600円シャドは払ったのです。せこい? 男は払いたい人と払いたくない人がいるのだよ、諸君。あと、驕ってくれる時は、全額を奢って貰うのはかっこ悪いので驕ってくれるなら端数だけは払わせてください。全額やられると後で心の相談会が開くはめになるので、端数だけは頼む。男ってのはビンボーでも、かっこつけたい生き物なのさ!!