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19.残念な禁忌の魔術師




「解剖ってどう思う? あたし、ぼくのこと解剖したいのよ」






俺が初めていろんな意味で身の危機感を感じた日であり、世界中の誰よりも幸せそうに笑う人物を見た日だった。







「ダーリぃいンっ! あんな顔面崩壊女なんて捨てて、あたしのところに戻って来るって信じてたわっ!」


店に入るなり、ひしっと抱きつこうとする女がこちらに突っ込んで来たのををさらりと避ける(足をひっかけたりしないのは優しさ、叩きたい)。全力疾走を手加減なしに避けたので、俺が入って来た扉に凄まじい音を立ててぶつかる。


「あぁーん、ダーリンのいけずぅ。なんで、避けるのぉ?」


額の真中を赤くしながら女は悲しげに俺を見る。

黒い瞳に、肩口で切りそろえられた黒髪。すべすべの白い肌に、プっくりと膨らんだ唇に塗られた濃い赤。


「ええい、軽く三十は超えてるくせに、甘えんなっ! そして、いい加減、若づくりをやめろい!」


「年齢のこと言っちゃ、いやーん。ダーリンったら女の子の敵ぃ」


自称年齢、二十歳。実年齢、不明(出会った時から姿がまったく変わらない。噂では十年はこのままとかなんとか)のこの女はレイン・ドゥンケル。


禁忌の魔術師という通り名を付けられるような彼女は実に不本意ながら、国が誇る中でも優秀な魔術師であり、俺が嵌めている指輪を作った人物である。


「女の子って年齢じゃないだろうが!」


痛がる額をデコピンする。

できれば、一生会いたくなかった非常に残念な人物である。


「いたぁい」


年齢に見合った落ち着きをこの人にはぜひ、身につけて欲しいと俺は本気で思っている。





店に来るまでの経緯は実にシンプルである。ここ以外、行く場所がなかったのである。残念なことに。


昼飯を食べ終わった俺は、メイリーに手紙を出すという大義名分のもとジャミル家から脱出することに成功したのだが、当然のごとく家に帰りたくないわけである。おまけに、明日は勇者御一行さまとの会いたくない出会いのオプション付きだったので殊更気分はへこみっぱなしである。


去り際、『明日も早く来てね』と言われて「何の拷問?」って返そうとした俺は絶対悪くない。明日は平常時の八時出勤させていただきます!




しかし、である。下手に街中を歩いて眼鏡っ子や知合いにも会いたくないわけだ。


そんな時、頭の中に浮かんだのは、王都の端っこにあるレインの魔具屋だった。

レインはこんな通り名と性格のせいもあって、人から避けられやすい体質のようだ。理解でき過ぎて困る話だ。




「ラーン、ラン。シャドくんが干し肉を持って会いに来たよー」


「しゃど、しゃど」


黒い狼が主人と同じような勢いで走って来る。マジ可愛すぎて、ハゲそう。毛根頑張って耐えてくれ。


「干シ肉ー!」


「ほれ、ほれ。うーり、うりうり」


名前はラン。こんなにも可愛いのに一般的に言う魔獣であり、勇者や一般の方々にそれがばれたならばザックリとやられてしまう存在なのだ。なんという理不尽!!


見た目、大型犬だし意思の疎通ができるのに、何がダメなのかさっぱりだ。


「ちょっとぉ、ダーリン。こんなにいい女が目の前に居るのに、どうしてそっちに行くのよ」


「俺は今日はランに会いに来たの」


額をレインは摩っている。衝突した箇所にデコピンをされて痛いのだろう。


「指輪のこと以外でダーリンが来るのなんてそんなものですよねー、ふーんだ!」


レインは適当に置いてある椅子に腰かける。

陽が丁度入ってくる位置にあった椅子なので、逆光で彼女の顔が見えなくなる。


「てっきり、何か言いたいのかと思ったわ」


「別に、何もないですよ。ええ、ほんと」


家に帰りたくないだけである。


「嘘が下手ね。ま、ダーリンのこと愛してるからあたしには何でもお見通しなんだけど」


解剖しようと近寄って来た人間が何を言うんでしょうね?


レインはある頃から、「愛してる」だの「好きだ」だのと言い始めた(ダーリンもこの頃から)。これもギャグの一環に違いない。突飛押しもないのは彼女の常で、気にしたら負けなのだ。


「家でなんかあったでしょ? 勇者があの顔面崩壊女に求婚したから、何かいろいろ言われた?」


「そんなのは、ない。むしろ、俺を愛してるってんならその頭の中に詰まっている魔臓やら魔術やらの知識を教えてほしいもんですな」


悔しいことにレインは魔臓に関して、一般に出回ってない知識を持っているようなのである。メイリー以上のこの奇女に俺が絡むはめになったのもそのせいだ。


表には出ないが優秀な魔術師がいるとの噂を頼りの探しあてたのが、まさか自分を解剖しようとした女だなんて理不尽過ぎて二日間泣いた。


「あらん、いつも言ってるじゃないの。ダーリンが「愛してるよ、ハニー」って言ったら教えてあげるって」


「誰が言うか」


投げキッスを手で叩き落とす。


「こんなに愛してるのに、酷いっ! そんなこと言うと今後ダーリンの指輪のサイズとか作り直してあげないんだから」


「すみませんでした」


即、土下座。この指輪がないのは困るのです。


「じゃあ、例の言葉を、さん、はい!」


「調子に乗るな」


「乗ルナ、ルナ~」


「ランまで酷いっ!」


レインは椅子にのの字を描きながら呪いのようにブツブツと呟く。「愛されてるのは知ってるけど」とか寝言が聞こえたのは、まだ寝ぼけているせいに違いない。


「あ、そうだ、ダーリン。これあげるわ」


彼女はポケットからごそごそと何か取り出し、俺に投げつける。


「ペンダント?」


店に売ってある商品かと思ったが、見たことのない。

ペンダントのつくりは至って簡単で、模様の入った紐の先に黄色い魔石が三つほどあるだけだ。


「通信機。ダーリンがやばくなったら助けてあげようと思って」


きゅん。シャドの中のレインのいい人レベルが一上がった。


「呪文は、「愛してるよ、ハニー」で発動するから」


どーんどー(略)。シャドの中のレインのいい人レベルが底値になった。


「作り直せ」


「えー」


「んなん、恥ずかしくて使えるか!!」


この女に誰か一般常識も与えてやってくれ!!


「乙女心がわからない人ね」


やれやれと言っているが、お前は決して乙女などではない。

全世界の乙女に謝れ! 今後出会う予定の運命の乙女に謝れ!!






「腹減ったから、もう帰るわ」


ぐーっと鳴ったお腹。そろそろ夕飯時に違いない。

作り直させるのに、だいぶ時間がかかってしまったな。まあ、ランをもふれたので全然平気なんですけどね!


「あーん、まだ来てちょっとじゃないの。甘い夜のお泊りコースはぁ?」


「あるか!!」


ランを一撫でしてから、俺は店の出口へ向かう。


「ダーリン、ほんとに困ったらそれで助けを求めるのよ?」


「へいへい」


ペンダントを服のポケットに詰め込むと、レインが満足そうにしたので反射的に「これ、本当にただの通信機だろうな?」少しばかり、疑った。


「ダーリン、またね」


基本的には、禁忌の魔術師と言われているレインではあるがいい人である(作り直してくれたので、底値脱却)。


「指輪の調子がおかしいか、ランに会いたくなったら来る。あと、ちゃんとその赤いデコに治癒魔法かけろよ、見てるこっちが痛そうだからな」


「捻くれててもそこから、愛を感じてますぅ」


基本的にはの話である。






**********







『断固として、断るっ!』


小さな子供は涙目になりながらも、言いきる。


『ちょっとだけでいいのにぃ』


『ちょっともクソもあるか、人でなしがっ!』






「あーあ、行っちゃった」


昔のことを思って、レインはくすりと笑う。


獣が牙をむくようにして怒った子供が、自分の感情を殺しただ平穏を求めて生きる青年となるとはさすがの彼女でも思わなかったことだった。


(ちょっとちょっかいを出したら、この国ともさよならの予定だったんだけどなぁ)


この国に来て丁度、十年。


今では、禁忌の魔術師レインと呼ばれるようになった自分にも彼女は嗤う。

老いを見せないということと、王宮からの誘いを断っただけで名付けられたこの通り名。


(別に禁術を使っているわけでもなんでもないのに、ほんとみんな馬鹿で困るわねぇ)


単に老化しないだけのことを、一様にはやし立てる馬鹿な周り。人の苦労も何も理解しようともしない彼ら。周りが老いていく中で、自分が老いないという事実を突き付けられたというのに。


世界は理不尽で、そこに住む人間は誰しもが理不尽だった。




彼女が知る限り、違ったのはシャド・スペクターだけだった。




(ダーリン、一緒に逃亡生活してくれないかしら)


同じ場所に長く居続ければ老いを失ったことがばれ、レインの体は羨み、妬まれ。畏怖される。意図したものかどうかなどはそこに関係なく、だ。


長い時間の間に様々なことを学んだ。魔術に人より長けているのもそのせいに過ぎないが、彼女にしてみれば少しでも生きやすくしようという努力だった。


過去には魔術を売ってほしいと言われたこともあるし、断って命を狙われたこともある。十年は一か所に留まるには、長過ぎる時間だ。


彼女が今ここに留まっているのはただ、単にシャドのためだった。


「ずっと皆歳をとらなければいいのにね、ラン」


名前を呼ばれた獣は、長い舌をだらりと垂らしながら主に近寄る。


「れいん見タイニ?」


八年経った今も自分の手に縋ってくるのだ。縋らずには居られなかっただけなのだとしても、振りほどかれることになれたレインにとってはその手の温もりは愛おしかった。


シャドの変わらない根本とも呼べる部分をレインは愛していた。


「……んーん、今のままでいたいだけ」


軽く、首を振る。


(そう、この先、彼の本質が変わらないことをあたしは望むだけ)


レインから言わせるならば、シャドの周りは自己中心的な、歪な人間の見本市のようなものだ。






自分に溺れた自己中心的な勇者。


罪を人になすりつける王。


親馬鹿な男と、人の言うことを最善と思い従うだけの父親。


人の痛みなど知らん顔の母親。


嫉妬と憐憫に浸る兄。


表面上だけの親友。




(一番最低なのは、愛を免罪符に自由を奪うあの女ね……)






おかげで、狼に囲まれた羊は食われまいと息を潜め、心を殺し狼の毛皮を被ってしまった。


「思うんだけど、皆、心根ではダーリンのこと嫌いなんじゃないかしら? 過度な期待は押し付けるし、意思にそぐわない意見は全て抹消だし」


「干シ肉クレルカラ、しゃど好キダ。撫デルノモ、ウマイヨ?」


ランは人に親を殺された魔獣だ。


ただ、魔獣は人に害する力を持っているというだけなのに。他の生き物と何も変わらないと言うのに家族を奪われ、自身の命も狙われたそんな生き物。

瀕死のところにレインが出くわさなければ死んでいただろう。


シャドがランのことを知ったのは偶然だった。拾ってからあまり経っていなかったのでランが犬のフリが下手だったのだ。奥に隠していたのに、実に子供とは目ざとい。


「優しいわよね、あたしも好きよ」


レインを利用するだけの人間は沢山居たが、心配し触れてきたのはシャドだけだった。ランのことも魔獣と知った上で、優しく接したのも。


「ダーリンの手って温かいのよー」


「ホカホカ~」


すり寄る獣を優しく撫でる。


「三人ならどこでも幸せなのにね」






理由もなく、人に疎まれた人と嫌われた獣は理不尽の痛みを知っている。



シャドの現在唯一の味方、登場。あと、わかっているだろうけど、キーパーソンでもあります。ちなみに作中、シャドは嫌いみたいな表現をしてるけど、尊敬もしてるしなんだかんだで好きです(母親見たいに思ってる)。女言葉を時々使うのがこの人の影響ならおいしいなw※本当は一話クッションぽい話をいれるかどうか迷ったが、シャドの暗い話は次回に回す予定。次回ついに、あの子の名前が明らかに!!

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