18.気づいて(side:メイリー)
「手紙書き終わ……た、よ」
「シャド?」
椅子に座っているシャドに、書き終えた手紙を持ったままメイリーは近づく。
閉じた瞼、規則正しく上下する胸。
(む、寝てる。せっかく手紙書いたのに)
シャドは家に留まってはくれたが、代筆だけはしてくれなかった。「王子さま」の返事は自分で書かないといけないとメイリーにそう言い聞かせた。
(いつもはしてくれるのに。……? なんか、顔色……悪い?)
白い肌には更に白い湿布薬。それだけでも痛々しいというのに良く見れば、薄らと目の下に隈ができている。
手紙を持っていない方の指を伸ばして顔にできるだけそっと、優しく優しく手を宛がう。
「んっ……」
触った途端、シャドが体を捩る。良く眠っているように見えて、眠りが浅かったのかもしれない。
しかし、数秒経っても彼は起きる気配がない。
(寝たまま、良かった)
一端は安堵するが離すべきか、もう少しこのままで居るべきなのかが次の問題となって降りかかってきた。
……。
…………。
………………。
息を呑む。
(このまま、もう少しなら、いい?)
なるべく手を動かさないようにして膝を折り、体を寄せる。
(今日のシャド、いつもと違うみたい)
いつもならただ、そこにあるだけの薄い被膜が今日は絶対防御をするために作られた大きな壁の様に自分の前に立ち阻むのだ。
『ええい、そんな顔しても駄目なものは駄目!!』
いつもなら少し喰い下がれば、「わかった」と言ってくれるその人がした拒絶。
(なんでそんなことするんだろう?)
顔から手を離して、背中に手を廻す。
「そんなの駄目。嫌だ」
自分の長い髪が垂れ下がって床の上に金色の泉を作っていた。
(まだ髪してくれてない。頭も今日は触ってくれてない)
「わかった」と言ってくれない。頭も撫でてくれない。
いつもと違う今日。今日が違うなら、明日もいつもと違うものが続くのだろうか。
寂しい、寂しい。
乱暴に頭を腹部に押し付け、手に力を込める。勢い余って、ぐしゃりと書いたばかりの手紙が握りつぶされる。
「うぅん」
小さな唸り声。だが、それもすぐに止む。
行かないで、行かないで。
(誰かシャドに入れ知恵した? ルック? 昨日会うって言ってた。それに、顔もぶつけた跡じゃない……)
シャドは無意識の様だったが、頬だけでなく首もしきりに気にしていた。
本当にぶつけたならば首を気にするとしても湿布が施されたのと反対側だろう。同じ側を気にするのは首の筋が伸びるような衝撃を受けた時――殴られた時だけ。
(なんで嘘吐くの? わたしが何かした?)
自分を呆れるような、憐れむような目で見るその人をメイリーは初めて見た。
優しさのない残酷なまでに澄んだ瞳。
行っちゃ駄目、行っちゃ駄目。
(勇者も王子もどうでもいいのに。シャドだけでいいのに……)
「好き」
眠るその人の唇に、自分の唇をそっと重ねる。
やはり呻くだけで起きないシャドの腹部に、先ほどと同じようにまた頭を戻す。
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ゆさゆさと揺れる感覚。
「な、に?」
気だるげにメイリーは目を開ける。
すぐ傍にシャドの顔が近くにあって近づけようと手を伸ばすが、それは他ならぬシャドの手によって妨げられた。
がっちりと手首をシャドが掴む。
「おいこら、眠り姫。なんで、お前は俺の膝の上に頭を乗せているのかね? 今しかも、睡眠妨害に対する反抗意見としての頭突きか、こぬやろー」
「シャドが寝てたから?」
「そこは起こそうよ、しかも、あーあ、せっかく書いた手紙ぐしゃぐしゃじゃないか。もう一回書き直しです」
握りつぶされた便せんが顔に押し付けられる。
「もう、めんどくさい。お腹も減った」
「明日来るって言ってんだから早く返事書かないとでしょうが! それよりも、今何時だ? どれくらい寝てたんだろう、あー、しくった!」
「勇者も王子もどうでもいい」
(シャドだけでいい)
膝の上に頭を戻そうとするが、今度は自分の手に阻まれる。正確には、手首を持ったシャドがメイリーの手を使って顔を戻させてくれなかった。
メイリーは顔を顰める。
「良くない良くない、もう、いい子だからもう一回書きなおそうね!」
「もう、嫌」
見ず知らずの人間に対してもう、時間を割きたくなかった。
「嫌じゃない、嫌じゃない。ほら、お昼食べる前にもう一仕事、ね」
「シャドが悪い」
寝てたシャドが悪い。いつもみたいにしてくれないシャドが悪い。
「えー、ちょっとうたた寝したら全部俺のせいなの? えー、すっごく理不尽ー」
「理不尽じゃない」
顔を抑える圧迫感、手首に籠る優しくない痛みと温もり。
『泣きそうな顔はなし、スマーイル! 大丈夫、たぶん、なんとかするから!』
子供の日の言葉、あれはもう無効になったのだろうか。
(なんで泣けないんだろう)
泣きそうだったら、「大丈夫」だとシャドは言ってくれるに違いないのに。
「シャドのが、理不尽」
「なんとっ!」
手から痛みも温もりも消える。
シャドは自分の顔を押さえて「メイリーの理不尽に全世界の俺が泣いた」と、いつもみたいに変な喋り方をしてこちらを指の隙間から窺う。
優しい目、好きな緑。
(いつもの目だ)
薄い被膜越しの目。
「メイリーさぁん、お兄さんのお願いです。頼むから手紙の返事書いてよー、しくしく」
「ご飯食べたら、ね」
「今書いてくれよ」
「お腹減った」
グーッと鳴ったお腹の虫に「腹の虫さえ空気読まない、何この子」とシャドは文句を付けるがメイリーはそれをただ見ていた。
「減った」
「さっきから、減った減ったって! お前、女の子なんだから、すいたって言いなさい!」
「すいた、ご飯」
「なにこの子、可愛くない」
シャドの手をとって台所へ向かう。
ここに居て、ここに居て。一人じゃ寂しい。
貴方だけ好き、貴方だけが好き。
勇者も王子もそんなものに興味も意味もないのだと気づいて。
貴方以外はなんの意味もないことに気づいて。
「お昼シャドの好きなのあったらあげる」
「そ、そんなんじゃ騙されてあげないんだからね。でも、ください」
「うん」
笑うその姿が好き。
どうか、この愛に気づいてください。
またカウンター越えた。映画は立て続けに見るもんじゃないな。今回は、寝てる時って人って超無防備だよねって話でした。眠い。また、明日文章追加したら、すみません。