17.鳥は不吉を運ぶ生き物
「何か入ってた?」
「ん? んー、そーねー、ははははは」
冷蔵庫を開けた俺は目を丸くする。
入っていたのは夕食と調味料だけなのだ、ははは。
ぶっちゃけ、生返事しかできません!!
(普段からこれ夕飯入れるため以外に使ってなさそうなんだが……)
この綺麗さ加減はきっと、これってあれに違いない。「ジャミル家の人間はお料理なんてしなければ、もちろん、冷蔵庫を漁るような卑しい真似だってしませんよ」っていうお手伝いさんたちからのアピールに違いない。
きっと、毎日その日の分の食材買って来ているのだろう。
……うわぁー、我が家と大違いだなぁっ!
家柄だけ良いスペクター家ではとある人物がいると大量の食糧が貯蓄されることになっている。手掴みとか彼女は余裕である。
平常時だって、開ければちょっとしたものくらいは入っているのだが、これは酷いな、うん。
見なかったことにして、パタンと閉める。
「め、めぼしいものがなかったので、ドルークさんには夕飯外で食べて来てってメッセージ出しなさい。お昼と夕飯は同じもの食べなさい」
それが最善です。
同じものが嫌とか駄々をこねてはいけません。
「いいけど、シャドのは?」
「俺の? なんで、俺の?」
ここはメイリーさん、君の家ではありますが、俺の家ではありませんが?
「シャドはお昼どうするの?」
ん? 何もしかして、ここで食べるとか思ってる? いやいやいや、食べないよ。家に帰りは、……しないけども。
だって、帰りづらい!!
親父にも会いたくないけど、またあのイカレポンチなシュロムが居たらと思うとガクブルしちゃうもの。もしも、鬼……オカアサマに告げ口でもされてて(ある日帰って来るのだ、マジ怖い。あの人なんなの、人間なの? そもそも生き物なの?)待ち構えられたりとかしたら死ぬ。死亡フラグがボコボコ立っちゃうから! 瞬殺されてしまうわっ!!
というわけですので、街でなんか安いもの食べます。大丈夫です、それくらいのお金はありますのでご安心を。モブ貯金から一部持って来たのでご安心を!
「俺は、なんか街で食う」
「わたしも行く」
えーえーえー。
「お前は家に居なさいよ、自分ん家に居なくてどーすんのよ」
俺が人と合わせないためにわざわざ所長に言いに行ったのに、何を言ってるんですか? 人の心を察するスキルをお前には所望する!!
「ずっと家に居るんじゃないの?」
ちょ、え? はい?
「タンマ、ストップ。待て待て、ど、どこからその理屈は来たのか説明してくれっ!」
首をかしげても駄目なものは駄目です。絆されるシャドくんじゃありませんよ!
「髪の毛と化粧したら帰るの?」
「フツーに帰るけども」
「駄目」
服の端をギュッと掴まれる。
(参ったな)
頭を掻く。
眼鏡っ子にされた時は振り払えたそれが、やけに重い。たった三本の指なのに。
「メイリー、ここはお前の家で俺のじゃないんだから用事が終わったら帰るに決まってるだろ」
眉間に皺がぎゅぎゅっと寄る。
「メイリーさぁーん?」
そろそろ俺が折れると思ってるんだろ、ははは。折れてなんてやらないよ。甘やかしたりしません。だって、お前は……。
「くるっぽー」
鳥の鳴き声に全身が固まる。ギギギっと首を動かして、キッチンに備え付けられた窓に目をやる。
鳩だ。
赤い鞄を引っ提げた鳩だ。
エマージェンシー、エマージェンシー。あれは、大変危険である。
「ぽぉー」
眼と眼が合う。鳩は片翼を「よっ」と手を振るみたいに上げる。
(め、め、目が合っちゃった? き、気の所為ならいいな!)
鳥は不吉だ。特に、昼の鳩と夜の梟は不吉だ。赤い鞄とか引っ提げてたら、ダッシュで逃げる他ない。逃げちゃ駄目でも、逃げて逃げて逃げまくりたい。
「ぽっ!」
だって、奴ら国で偉い人からの手紙運んでくるんだもの。
鳩は、窓枠の隙間に青い封筒を挟むとどこかへ飛び去る。
とりあえず、ここに来たってことはメイリー宛てでいいですか? わざわざ王さまとかその他の皆さまが俺を指名手配して手紙出したとかじゃないですよね!?
「手紙」
「うん、わかってる。知ってる、目が合ったから、知ってる。青いのが見えてる」
窓に近づく決心ができないでいると服の端の重みが消えて、いつの間にかメイリーが青い封筒を持っていた。
思わず、手で顔を覆う(目のところはばっちり指が開いてます)。
「誰から誰、宛? 俺、お前? どっちかきっぱり、さっぱり、ざっくり頼む!」
「わたし宛てで、裏のサインはGって書いてある」
G。ガギグゲゴで偉い人なんて、特に思い当たりませんが?
つか、俺じゃなかったか、ふぅ、一安心だぜ!
考えている間に、メイリーは封筒をバリバリと破る。レターナイフぐらい女の子なんだから使おうね、はさみでもいいんだよ?
「拝啓、メイリー・ジャミル殿。空は深く澄み渡り、さわやかな季節となりましたが朝晩の冷え込も」
ああ、いつの間にか手紙音読会が。できれば、季節の件とかは飛ばして読んで欲しいところです。読むにしても心の中だけとかにして欲しいなぁ。
「この度は、不躾な手紙を送ることを送ることをお許しください。我らが勇者の恋を応援する一人の者として筆をとったまでのことなのです。つきましては、一度お目通り頂けたら幸いです。明日のご予定はいかがでしょうか。お返事をお待ちしております」
季節の件はやけに長かったのに、本題短いな。なんだ、無駄に教養を見せつけようってことか? そして、勇者の恋を応援するだと、断じて許しませんよ!
「勇者パーティー代表、グランツ」
勇者パーティーのグラン、グランツ?
「それ王子じゃね? 第一王子じゃねっ!?」
やたらと眩しく輝く王子の姿が浮かぶ。確か、選定式の時に「国のために剣をとらせてください」とかやたらとこの人カッコいいこと言ったんだよ。
ま、皆さんご存じでしょうが、俺なら言わない。人の影から「わーわー」言う係りです。モブの仕事ですから、その時も「わーわー」言いましたよ(キリっ)。
「うちの国の王子ってグランツって言うの?」
「おま、それ、絶対外で言っちゃ駄目だからね! 不敬罪もいいところだから!」
自分の国の王子知らんって如何なものよ! あー、でも勇者のこともコイツ知らんかったしな。当然と言えば、当然? 当然で流していい話題なのだろうか?
流しちゃ駄目だよな、だってあのドルークさんですら王さまに敬語使ったりできるんだから!!
白い便せんが差し出される。
匂い付けしてあるようで、爽やかな匂いが香る。良い便せん使ってやがんな、さすが王子!
「断りの返事書いて」
「いやー、お兄さん断ったらこれは不味いと思うよ」
あと、返事の自分で書いた方がいいと思うな!
「わたしは不味くないけど?」
「メイリーさん、良く聞いてください。相手は国の王子です、いずれ王さまになる人です」
釈然としないようだが、メイリーは頷く。
「俺たちは貴族です。あっちのが立場が上です。はい、質問です、断っていいでしょうか?」
「良いと思……」
「思っちゃ駄目です、向こうは断られるとか思ってません。態々やって来るって言ってるんですから、返事も明日の昼二時にお待ちしておりますとか書きなさい」
眉が不満そうに八の字になる。
「ええい、そんな顔しても駄目なものは駄目!!」
そこの部分を指でつつく。
「むう」
可愛く唸っても、心を鬼にする。全てはメイリーのためなのだ。
「書いたら今日、家に居てくれる?」
「はひ? いやいや、それとこれとは話が違……」
「居ないなら書かない。あと、明日王子と会う時も一緒に居てくれないと駄目」
(やれやれ、子供みたいな我儘言っちゃって)
メイリーは、時々うんと小さい子供みたいな我儘を言う(勘違いしないでくれ。一度として、大人っぽい我儘をこれは言ったことなどない。そんな日が来たら俺は卒倒します。そういうイチャコラはどこかで誰かとやってくれ。無論、報告はいらんよ!)。
断ったりしないので、言いやすいんだろうか。もっとそういうのは、お願いを叶えてくれそうな人に言うべきなんだけども。
ドルークさんとか、ドルークさんとか、ドルークさんは確実に叶えてくれるぞ!
「はいはい、約束約束」
少し嬉しそうに赤らむ頬、輝く目。
付き放そうとしているはずなのに、結局俺は甘やかす。根性が足りてないな、うん。
「指きりする?」
「信用ねぇな。しなくても破らないから」
嫌われる覚悟が、できてないんだなと思い知る。
甘やかさないで突き放すことで嫌われるのが嫌なんだ。
(お前はずるいな、ほんと)
問答無用で、絡まる指と指を見る。
先に手を離すのはお前に違いないのに、俺が離そうとする時は何時だって躊躇わせる。
何でも出来て、何一つとして俺より劣ってないのに、俺なんかになんで頼るのか。理解できない。
どいつもこいつも俺に本当に期待するなよな。
皆さま、その期待にいつまでも応えるのは無理なんですけども?
今でも頑張ってるんですけど、ご存知ですかっ!?
王子さま、勇者以外のイケメンの情報提供をどうせならお願いします。
カウンター越えてしまった。どんどんシャドは突き放そうとします。駄目な奴なのです。次回はお待たせのメイリーサイドです。微妙に追加。