16.某日某所(side:ドルーク)
「よく、いらしてくださいました」
綺羅綺羅と無駄に輝きを放つ青年にドルークは顔を顰めたかったが、後ろで踏ん反り返っているその存在にそれを堪える。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます、陛下」
しかし、その存在を無視するかどうかは個々の問題であり、彼は当然のごとく国主にだけ軽く頭を下げた。自分より目下の者に下げる頭はドルーク・ジャミルは生憎と持ち合わせていないのである。
不快そうな感情を隠しもしない青年に、獣染みた男は浅く嗤う。
前日、夜。
今日のうちの娘はやや不機嫌だが、相変わらず可愛い。ただ、家に帰って来てみればもうすでに髪の毛を梳かした後だった。どんな髪型だったのか非常に気になるところである。プレザントのところの下のジャリはうちのメイリーの専用の美容師になればいいと思う。婿などではなく、美容師になればいいと心から思う。
どうして、あんなにも可愛いのだろう。やるのが勿体なくて死にそうだ。
ああ、シレーナさんにもう三ヶ月ばかり会っていない。愛が足りない、もふもふしたい。娘にしようとすると冷たい目で見られるのが辛い。
書斎で日々の日課である娘の成長日記を綴っていたドルークは若かりし頃の見る影もなくなった友人からのメッセージに筆を止め、盛大に顔を顰めた。親子を知る者ならば、メイリーの性格は父親に似たのだろう可哀想に、と言いたくなるぐらいよく似ていた。
≪うちの息子がメイリーちゃんとの結婚を白紙にしたいとか馬鹿なこと言いに行くそうだから、当分逃げ……≫
途中で切り、机に頬杖をつく。
「あのジャリが、殺すぞ……」
銀色の髪から垣間見える青紫色の瞳は、酷く冷たいもので血の通った人間と言うよりは血に飢えた獣のようだった。
持っていた羽根ペンをくるりと廻す。
可愛い娘に懇願されたための渋々の承諾であったのに、向こうが断ろうとするなど言語道断である。それでなくとも、勇者だとかなんとか言うわけのわからない人物からの面会の申し込みが昨日からひっきりなしにくるのだ。
いい加減、ドルークの堪忍袋の緒は切れそうだった。
(シレーナさんに会いたい、もふもふしたい! あ゛ぁ、親子そろってなんと、忌々しいっ!!)
娘が一言「好きにしたら?」とでも言った日には、妻を取られている日頃の怨みも含めて全てシャドに矛先は向くだろう。
宿敵リーフがいくら現役を退いたとは言え、本気で殺り合って無事でいられないのを良く理解しているゆえの判断である。
叩くなら徹底的に叩き潰すというのが、彼の信条なのだ。
コツ、コツ。
窓から聞こえる音に、神経を研ぎ澄ませる。人の気配ではなかったので、ゆったりとした動作でそこへ向かう。カーテンを開けた先には、赤い鞄を引っ提げたフクロウが一羽。
「ぴぇー」
開けろと言わんばかりにフクロウは鳴くが、赤い鞄に見覚えのあったドルークはジッと見つめるだけだ。
「ぴえー」
再度、フクロウは鳴く。ドルークはそれに合わせてシャーっと、カーテンを閉めた。
すぐさま窓がガタガタと大きく揺れる。風のせいではなく、先ほどのフクロウだろう。
「夜に迷惑だ、出直せ」
「ぴぇええっ!!」
無視を決め込むが十分経ってもフクロウの声も、窓への攻撃も止む気配はない。
あまりの煩さに愛娘が起きてくるのではないかと思い苦渋の末、窓を開けてやる。
「ぴえ」
部屋の中にフクロウは白い封筒を二枚投げ落とすと、満足げに夜の闇の中へ消えて行く。
(高々、封筒配達ごときで……)
本でも投げつけてやりたいが、国で管理された鳥である。殺したとなればさすがに、醜聞が悪い。溜息とともに殺気を殺し、封筒を拾う作業に入る。
一枚は何でもないただの白い封筒だが、案の定もう一枚は金の縁取りに、赤い蝋印が施されていた。
(召喚状を貰うことなどしたつもりはないが、一体なんのようだ?)
茶色い蝋印には赤い蝋印と同じく国王の紋章が入っていたので用件はこちらに書かれているのだろうと判断し、普通の封筒を先に開ける。
(……チッ、しつこい男め)
殺してやりたいランキング堂々の二位である勇者が国王に頼んで、面会の場を設けたらしい。
時間の指定が翌日の昼前であることから、召喚状はすっぽかすなという脅しだろう。
ドルークは赦されれば勇者もボコボコにしてやりたいと本気で、思っている。
無論、問題は件の求婚騒動に他ならない。
(うちの娘の写真を無駄に世間に流した馬鹿に誰がやるか。あれなら、まだプレザントのジャリどもがマシだ)
指から炎を出して、二通とも焼き捨てる。
勇者のどこが気に食わないかと聞かれれば、一から百まで答えれる自信が彼にはあった。中でも、娘のメイリーの写真を新聞に提供したことは赦しがたい。
一瞬は自分の娘が新聞に載ったことに嬉々として新聞を買い漁ったドルークであったが、他の人物の手にも同じものがあることに気づいてからは憤りしか感じていなかった。腹いせに騎士団の面々を見つけては指導という名の気晴らしをしたものの、未だに燻っている。
次に何が気に入らないかというと、写真写りが無駄に良い所である。娘よりも大きく載るなどもちろん、言語道断だ。その点に関してはシャドは合格点を与えたいぐらいだったが、先ほどのプレザントの戯言により現在は大きくマイナスである。
目の前の青年をドルークは値踏みするように見る。
(これが、勇者か。フン、下らん)
娘のために早起きをし、会いたくない勇者にも会っているというのに褒められるどころか、「今日は雨だ」、「明日は槍が降る」と言って、罵られるか怯えられていたドルークの沸点は平常時以上にとてつもなく低かった。今や、沸騰直前と言ってもいい。
この勇者の無駄な輝きはドルークの怒りに火を注いでいた。
「早速で申し訳ありませんが、用件を窺っても?」
「うむ、この度は勇者ハイラント・ヴァリエンテが貴殿と会って直接話をしたいと」
「さようですか。では、どうぞ勇者殿?」
唇の端だけわずかに、上げる。
「貴方の娘であるメイリー嬢との結婚を認めていただけないでしょうか?」
(くたばれ、下衆が)
心とは裏腹に、にこやかに笑う。
「娘が承知しない結婚を親が承知すると? 面白くない冗談だ、ははは」
乾いた笑い声が狭い室内に響き渡る。
最早、間合いに勇者が入ればドルークは平気で切り捨てるつもりで居た。
親まで巻き込んで、婚姻を成立させようとする性根が気に食わなかった。
自分の時は、本人を口説いて口説いた。周囲からはストーカーまがいとまで言われたが、それでも誠意のある態度は貫いたつもりだ。
「認められる機会だけで……」
「くどい」
(最低一億万回くたばれ、下衆)
顔に笑みを張り付けたままだが、空気があまりにも冷た過ぎて逆に恐ろしい空間がドルークを取り巻いていた。
業とらしく国王が咳をするが、気付いていないのか気付かないフリなのかそれはなくならない。
「娘に気に入られたいなら自分で、誠意を持って行動していただきたい。話は終わりのようなので、失礼させていただきたく存じます、陛下」
「う、うむ。好きにせい」
颯爽と去るその人に国王はホッと心の中で息をするが、唇を噛んで憎々しげにする勇者に別の意味で息を吐く。
「待ってください、ジャミル子爵!」
縋りつくような、挑戦的にも聞こえる声にドルークは顔だけで、振り返る。
「何か?」
「誠意があれば何をしてもいいので?」
「お好きに」
続きがないようなのでドルークはまた歩き出した。
(ただし、うちの娘に手を出したら殺すがな)
上がりきった唇、静かに燃える瞳。
今のドルークと顔を会わせた人間は、一生後悔し続けたくなるような表情が見れただろう。
運が良いことに、扉の先の通路には誰も居なかった。
死を知らせる悪魔の微笑み。かつて、その人は銀の悪魔と恐れられた剣士。
ドルークの婿選びの基準は、どっちが好きかじゃなくてどっちがマシかで判断している。基本的に、嫁と娘だけが世界に生きていれば彼は満足。たぶん、本作で一番底意地が悪い男はこいつだと思う。毎日、うちの嫁返せと呪っている心の狭いのがドルークなのである。ちなみに、勇者が何してくるかは決めてるけど、うpはまだまだ先でございー。