14.モブの生きる世界
『……、君には……しました。……、かろうじて……可能……』
聞きたくない言葉が頭の中でリフレインされる。
やめろ、やめてくれ。わかってる、わかってるからっ!
「やめろっ!」
自分の声で俺は目覚め、慌てて時計を確認する。
「に、時十五分。まだ、こんな時間かよ……」
時計を元の場所に戻して、寝具に倒れこむ。
(朝がこない)
さっきから、眠っても一時間と時間が経たないうちに目が覚める。ぐっしょりと濡れた服と寝具が身体に張り付いて気持ち悪いが、着替える気力はわかない。
あまりの寝苦しさに寝返りを打とうとして、頬の痛みに気付く。
「……痛っう……」
そういえば、顔をシュロムに殴られたんだった。
(一昨日から最悪だ。大体、モブにどいつもこいつも期待しすぎなんだよ……)
布団で眠るのをやめて、這いずるように部屋の隅に移動する。そこで、膝を抱え小さくなる。
「俺に何ができるっていうんだよ」
勇者に追いかけられては殺されかけるし、王さまも人任せ。パパラッチは待ち伏せしてるし、訳も分からずビンタされ。原因があるからと必要以上にたかられた上、せっかく買った本は水浸し(紙はぐしゃぐしゃだが、なんとか読める程度には直した)。あげく殴られ、説教。
なんだ、神さま、人の気持ちのわからないモブは、「お前なんぞ夢に魘されて、一生寝るな」ってか? ふざけんな。皆、するなと言ったりしろと言ったり。キャパシティは限界を越えました! 全員同じ意見で言ってください、モブな俺には対応できんわっ!
(俺はしがないモブなのさ)
メイリーとも結婚しないし、人の善意に甘えて生きていくのだ。これぞ、モブの醍醐味!!
「なんて、ね」
少し視線を上げて、右の中指を見る。
実はここには透過の魔法を掛けられた指輪があって、ちょっと解除の呪文を唱えればあっという間に現れる仕組みになっている。
こんなものを周りは俺が嵌めているなんて知らない。知らせないようにしている。秘密の指輪なのだ。
「明けぬ闇に、光させ」
現れた指輪の作りは簡素なもので、シルバーの台座の上に小さな魔石が三つ付いている。小さな赤い魔石が一つと更に小さな黄色いのが二つ。
傍から見ればなんでもない指輪だが、俺にとっては特別な意味を持つ指輪だ。
(はい、あっという間に魔力切れ)
指輪は数秒もしないうちにまた透過して姿を消す。
台座の内側に透過の魔法が書かれており、この黄色の魔石の方がその魔法を支えているのだ。赤い魔石の方は魔力制御。所謂、魔力制御装置に使用される魔石だ。
そう、これは魔力制御装置なのだ。
今消えたのは俺の魔力が尽きたせいだ。そして、この指輪があるからこそ俺は一定時間に三回の魔法が使えるくらいの魔力しか使用できない。
制御装置をしてるなんておかしく思えるかもしれない。事実、大人になると皆魔力制御装置なんてしなくなる、魔力の使い方を知っているからそんなことをする必要がなくなるのだ。
けれど、それは普通の人たちの話だ。
一つ言うと、俺だって初めからモブだって思ってたわけじゃない。自分を特別だと信じてた、子供の頃は。あの日が来るまでは信じていたんだ。
自分が特別だと。
今じゃ笑ってしまうが、そう、子供は大人がどんなに色眼鏡で見ても、そんなのはちっとも関係なくて自分はなんでもできる存在なんだって思っているし、夢で世界が煌めいているのだ。
皆、初めは知らない。
大人になるにつれていろんな柵が、体を、俺と言う存在を縛るなんて知らないんだ――特別だったはずなのに特別じゃない大人になって、本当に特別な子だけ特別な大人になるなんてあの頃、俺は知らなかったんだ。
モブなんて物語の中だけの存在だと、居たとしてもそれが自分だなんて思ってもなかった。
少しばかり昔話をしよう。俺がモブになる前の話だ。
十歳の頃になった年だから、今から約八年前になる。あの日は、王立学院への入学前の身体検査だった。学力、体力。魔力などと言った自分の実力を計り、クラス分けをするためのなんでもない日だった。
けれど、大人たちにとってはこれは社会における強者と弱者を決める社会的格付けだったのだ。夢など見ない方がいいと大人が子供たちの目に現実を見せる儀式だったに違いない。
残酷な大人社会への入り口だったのだ、あの日は。
しかし、彼らにとっても俺と言う存在はイレギュラーだったに違いない。
魔力検査をした時だった、俺を受け持った担当の女の顔がどんどんと曇っていった。俺の顔も当然曇っていく。検知器に嵌められている青い魔石が淡く点滅しているだけだったのだから。
魔石は全部で五色あって、その色ごとに保有する魔力の意味が違い大きければ大きいほど保有する魔力が違う。
紫なら吸収。これは、魔力そのものを吸収するだけの魔石でかなり珍しく、巷ではまずお目にかかれない。勇者の剣など、魔獣などを退治する武器に加工されているものがあるが一般人にはとんと縁のない魔石だ。
赤なら制御。紫と違うのは魔力を吸収ではなく制御。そのものの魔力を消すのではなく、ただ抑え込む。大体、爪の大きさ程度あれば魔臓一つ分の魔力が使用できなくなる。
余談としては、子供たちはどんな魔力を持っているかわからないので子供時代に付ける魔力制御装置にしようされる魔石の大きさは直径十センチで、腕輪型が一般的というところだろうか。
黄色なら保有。生命体の中にある魔力と同じ性質で、これ自体が魔力の塊と言ってもいい。これはかなりの需要があり、一般的な魔具にはこれが大体使用されている。
緑なら治癒。ルックがしたような外面的な治癒魔法は使える者は多いが、肉体的破損などを治せる治癒魔法を使える者は中々居ない。その点、この魔石があれば使えない者であっても応急処置をすることが可能になる。反面、かなり高価だ。
最後に青。青なら検知。魔力に反応して光るのが特徴で、魔石発掘や魔力を検知する魔具に使用される。
「シャド・スペクター、残念ですが測定の結果、君には魔臓が一つしかないことが判明しました」
そんなことを言われた俺になんて期待されても困るということを皆理解すべきだ。
「しかも、反応からしてその魔臓もかろうじて動いている状態です。いずれ魔力がなくなる可能性もあります」
そもそも魔力は有限じゃない、無限のものだ。自然が俺たちに恩恵をくれるのだから。それがなくなるかもしれないと言われた俺に何かを期待するのが間違いだ。
すぐさま、あり得ない現状に置かれた俺に期待なんてやめてくれ。
「お、……僕は、大丈夫なんですか?」
「そう言った事例がありませんから、私の口からはなんとも言えません。これは上の方へ議題として今後……」
俺を受け持ってくれた担当の人はグダグダと何か言っていたが左から右に流れてく中、思ったのはハボン・メモリアの書籍に書いてあったモブという存在だ。
(普通じゃない俺なんて、モブだ)
特別にも普通にもなりそこねた俺は、モブだったのだと知ったのだ。
こうして、シャド・スペクターはモブであることを受け入れたのだ。
ま、結局のところ(再検査等を逃げたので)、どうなるかなんて誰にもわからなくて、俺はそのまま大人たちに放置された。なくなったら無理やりにでも最初の被検体にでもなるんじゃねーかな。死体はバラバラかもね。
今でも、時々検査したがる奴らが居るけど、実力行使されたパパンの権力によって華麗にスルー。俺は知らんぷり。モブになったので、もう生憎と関係ないのです。世界貢献? なんのこっちゃ。と、今の今まで生きてきた。
(そんな奴に期待するなんて、皆馬鹿すぎる)
指輪してるのだって、魔力を全部使い切った時に回復できないかもしれないと怖いからだ。
なのに、メイリーと結婚? なんで、俺が? 釣り合いも何も取れてないだろ。寝言は寝て言え。俺なんかよりも、もっとイイ男が世の中にはゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴーロゴロしてるのに、なんで俺なんかを選ばせる必要があるんだって話だ。
こんな俺に、どうやって幸せにしろというんだ。神さまから、きっと嫌われてる自然の恩恵も貰えないようなモブであり、逆チートだぞ。
昔のヒーロー気取りは黒歴史だ。黒歴史。あの頃は若かったので無鉄砲ができただけなのです。
(同情も何もいらない代わりに、期待もされたくないのが俺なんだ)
わずかに膝を抱きよせる。
鈍い鈍いと言うけれど、世界を真っすぐに見ることのできないモブの意見も聞いてくれ。
真っすぐに見て否定されたらもう、次こそ俺は生きていけなくなってしまうんだ。
自分を自分でしか奮い立たせられない俺の気持ちも少しは酌んでくれよ。
「シャド、今日も大丈夫、頑張れるさ。だって、モブだもの」
なんて、そんな弱音を誰かに吐いたりもしないから、そんな俺も悪いわけだけど。
モブはヒーローにも、ヒロインにも、サブにもなれない代わりに世界に居ることを赦されている。
はじめて、シャドの弱い心を描写させていただきました。感想で次次回とか言ってましたが、今回の次次回から勇者が本格的に動き出します。次回は名前くらいは出るよ勇者!