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13.星が霞む夜(side:シュロム)




「あのさー、親父居るからこの際ハッキリ言うけど別に俺、メイリーと結婚する気ないから」






「あの馬鹿、くそっ!」


ギリリと唇を噛み締める。


(なんで、いつもああなんだっ! 大体、この期に及んで結婚しないだとっ!!)


殺気を静めることのできない状態では馬に乗ることすら叶わぬので、シュロムは馬小屋の方ではなく家の周りをひたすらうろついていた。


愚図、腑抜け、意気地なし。どれだけ心の中で皮肉ろうとも気は収まらない。


「こうなったのも母様のせいだ。ちきしょう、おれの方が早く好きになったのに……」


目元を乱暴に服で擦ってから、すんと軽く鼻を啜る。




シュロム・スペクターの恋は、伝える前に相手から嫌われるという最悪の形で幕を無理矢理落とされた。




相手に気がないのに想い続けるなんて、諦めが悪いと人は思うかもしれない。彼とて、幕が落ちた時に諦めようと思った。自分がしたことを思えば、認めざるをえないと。


事実、諦められただろう――焦がれた相手の想い人が、実の弟だったと知らなければ。






シャドとメイリーは同い年だ。生まれた日が少しばかりシャドの方が早いだけで、ずっと一緒に育って来た。入る余地など最初からなかったのかもしれない。

それでも確かに一度は父プレザントから、「いつかお前らのどちらかと結婚するかもしれない」と言われ、シュロムはそれが自分であって欲しいと願っていた。




初めてメイリーを見た日をおぼろげながらも覚えているのだ。

ゆりかごのなかで眠る子供は人形のように愛らしく、美しかった、と。


――完全に、一目惚れだった。


成長するにつれ、メイリーはどんどん可愛くなっていく。目に入れても痛くないと断言できるほどシュロムはメイリーを幼少期愛でていた。


転機は八歳の時、母親のあの一言だったに違いない。


今考えれば滑稽である。貴族と言っても他国の、それも戦闘民族として生きて来た母親の言葉を信じたのがまず間違いだったのだ。




「母様、なんでメイリーとシャドはいつも一緒なの?」


ラズベリーパイを淑女とは程遠い彼女は、手掴みで食べながらこう言った。


「あん? なんでって、そりゃ仲良しだからに決まってんじゃんか」


「おれもメイリーと仲良くなりたい!」


過去に戻れるならば、あの日の自分を消し去りたい気持ちでいっぱいだ。なぜ、十二歳で彼女が普通と違うと言うことに気が付いたのだろう。五年も経って気付くなら、一生気付かなかった方がよっぽどましだった。


「仲良くか……あれだ、構えばいいんだよ。うん」


「かまう?」


「おー、母様はな、父様をいつも追いかけまわして手に入れたぞ」


腕を組み、うんうんと頷く。自信満々だった。そんな姿に、疑えと言う方が無理というものだ。


「追いかけまわすと好きになって貰えるのか?」


「なるなる。他にもいろいろしたけどなんか最後は根負けしたって言ってたわ、あの人」


「わかった!」




どこの世界の女が泥団子投げたり、髪の毛引っ張る男に恋するのか説明して欲しい。




十二歳の時、「前々から思ってたけど、お前って貴族にしてはフランクだよな」と友人に言われ、初めて自分が如何に言葉遣いが悪く、喧嘩っ早いいじめっ子の鏡のような子供なのかを理解した。


そこからは必死で一人称を「おれ」から「私」に直し、言葉遣いも改めた。もちろん、メイリーに優しくしたが既に目が合えば顔をしかめられる関係がそこにはあった。






(なぜ、根負けしたのだ父様よ……)


淑女のような母親ならば、こんな結果にならなかっただろうとシュロムは思う。シレーナのように「おほほ」と笑うような人ならばきっと善き答えをくれたであろう。



重たく息を吐きながら空を見上げる。


(いつもひよこみたいに付いて来て貰えて何が不満だと言うんだ、あいつめ)


無表情だが、むしろ、それが可愛いと思えるのがメイリーの魅力だと思っている。

もしも自分が後ろから付いて来て貰えたならば、他の男に告白などさせる隙など与えなかったと断言できる。


(勝手に壁を作って何様だ)


いつだってシャドは自身が物事の中心だったとしても、数歩離れたところから全体を見ている。まるで、自分が関係ないかのような振る舞いが気に入らない。


「ああもう、メイリーもなんだってあんなのがいいんだ、信じられない!」


憤然として、声に出す。


(殴られて何もしなかったら今度こそ、真っ二つにしてやる……)



物事には何事も理由が必要だ。諦めるのも、始めるのも。


「大体これだけしたら兄の気持ちを察して、メイリーを幸せにするくらい言えるだろうに、本当に愚図だな。我が弟ながら信じられん」


芝生の上に大の字に寝転がる。


(人がせっかく負けて諦めようと……まあ、途中から本気で殺りそうだったが……)


「兄というものはいつだって辛いんだぞ、愚図め……」


(あれが欲しい、これが欲しいと言ってはいけないのは年長者の務めであり、下の馬鹿は馬鹿みたいに笑っていればいいのだ。愚図のくせに、無駄に考えるから話がややこしくなるのだ)


見上げた空、暗闇の中で煌めく星。


「なんだか、ここはよく星が見えるな……」


借りている家では街の明りが眩しすぎて、あまり見えない気がする。そんなにもここは離れていないはずなのに。




≪シュロム。シュロム、今どこだい?≫


電子コールに気付いたものの、どうせ見てないのだからと寝たまま返答をする。


「すぐそこの庭ですよ、庭」


≪そうか。……メイリーちゃんのことはお前にも内密で悪かったが≫


(馬鹿にしないでくれ、こうなることぐらい……好きな子の気持ちくらい知ってるさ)


彼女がシャドを見るようにして、自分も見てきたのだから。


「父様、謝るなら母様と結婚したことについて謝罪してください。彼女こそが私の人生の汚点であり、諸悪の根源です」


返答は返ってこない。


「一応、おれは兄貴ですよ、いつまでもあの愚図みたいに子供じゃない。諦めることぐらいできます」


できれば諦めたくなかったというのは事実だけれど、こればっかりは仕方ない。




結局、好きな女が笑ってるに越したことはないのだ。自分の隣でなくとも、幸せならと思うのが大人の男だ。




「父親なんですから騙されないでください。全部、芝居ですよ。理由なんて今更聞きたくもありません」


≪なんだか大人になったね、シュロム≫


「ええ、父様が母様にぶくぶく太らせられている間になりました」


また、返答がないことに笑い、声もなく涙だけ零す。


「ちゃんと根回ししてあの馬鹿を逃げられないようにしてくださいよ」


≪ああ、わかったよ≫


頷きに、会話を終わらせる。




人はいつか、大人になるものだ。痛みも苦みもいろいろなものを背負って。




「本当に星が綺麗だ……」






手を伸ばしても届かないそれの眩さが、痛かった。



お兄ちゃんがあまりにも可哀そうなので救済。勇者は容赦なくフルボッコ予定は変わらないけど。シャド本当にヘタレだな、これ見ると。メイリーちゃん、頑張って!

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