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10.太陽を思ふ向日葵(side:メイリー)




「そんなに俺に会いたいのー、えー、仕方ないなー」






自室に入るなり、髪の毛の飾りを乱暴にほどく。


(思い切りシャドの頬を叩いてしまった)


ほどいた後に、シャドが買って来てくれたバレッタだったと気付いて顔をしかめる。壊れていないか一通り確認してから、鏡台の上の小箱に丁重に戻す。


「会いたくないわけがないのに……」


化粧のことは一応頭に浮かんだが、気にせずベッドの上に寝転ぶ。

服に皺が付いたら魔法でプレスすれば良い話だし、化粧は寝なければいいのだ。


仰向きになって、手のひらを見つめる。

手は赤みもなく、痛みもほとんどない。反して、頬の熱は覚めるどころか熱くなっていく気がする。


「馬鹿」


叩いたのは図星をさされたというのもあるが、怒りの方が先行したといってもいい。所長を理由に「会いたくない」と言われた気がしたのだ。


(シャドの馬鹿、馬鹿、大馬鹿!)


体を反転して、ぼふっと枕に顔を埋める。


(やっぱり、本当は迷惑なのかもしれない……)


勇者からの求婚をされたものの、自身としてはまったく理由が思い当たらない。

言い訳がましく聞こえるかもしれないが、記憶にある限りあの場で初めて会ったし、勇者だということも後で知ったのだ。


(気持ちを疑われた?)


もしかして、自分に他に好きな人が居ると疑われたのだとしたら居ても立ってもいられない。


(あの勇者と結婚するだなんて考えただけでも吐き気がする)


せっかく、父親とスぺクター伯爵を説得して婚約者の座を与えて貰ったと言うのに。これでは、他の女を排除した意味がない。



メイリー・ジャミルにとってシャド・スペクターは特別だ。

太陽の様な存在と言っても過言ではない。






それは、七つの時に訪れた。

スぺクター家のパーティに呼ばれた時のことだった。


「よう、不細工」


言ったのはシャドではなく、彼の兄であるシュロムだ。


メイリーは生まれた時から、上手く表情がつくれなかった。大きくなればそれもなくなるだろうと両親他周りは思っていたが、七歳になってもやはり彼女はそのままだった。


幸い大人たちはそれを気遣ってくれたが、子供は違う。


そんなメイリーを好奇心の的としてからかっては、遊んでいた。特に、シュロムはその中でも筆頭と呼べただろう。

三つも年上のくせに、何かにつけては意地悪をしてくるのだ。


「返して」


髪を留めていたリボンのうちの一つを奪われたせいで、左の髪がなだれ落ちる。


最近は彼が十歳になり王立学院に通い出したので会うことも少なくなっていたと、安心し油断していた。ここは彼の家なのだから居て当然なのだ。


「やだね」


ベっと出された舌に、怒りがこみ上げる。しかし、眉間に皺ができる以外表情が現れることはない。悔しくて堪らないのに、その気持ちが相手に伝わらないことこそがメイリーにとっては苦痛だった。


「返してやれよ、大人げねぇの」


こんな時にいつも現れて助けてくれるのはシャドだった。

いつまでもリボンを返す気配のないシュロムに対し、シャドは自分の首に巻かれていたワインレッド色のリボンで手際よくメイリーの髪を元に近い形に戻す。


「これでとりあえず、我慢な。色似てるから少しの間くらいきっと大丈夫!」


「駄目、あれ」


「えー」


シュロムが持っているリボンを指差す。

シャドは助けてはくれるが問題を解決してはくれなかった。別の形ですませて、終わらせてしまう。昔はそういうシャドの微妙な優しさがあまり好きではなかった。


我儘な話だが、助けてくれるならちゃんと助けて欲しかったのだ。


「だって、返してあげれば?」


「フン、誰がお前の言われた通りになんかするかっ!! 弟のくせにいつもいつも生意気なんだよ!」


走ってシュロムはどこかへ行ってしまう。


「あーらら、行っちゃった。というわけだ、諦めなさい」


「駄目」


ギュッとシャドの服を握ると少しの沈黙後、「仕方ない」と言う言葉が降ってきてメイリーは少し安心した。こんな我儘を言って、他の子たちと同じように手を振り払われるかもしれないと言ってから気付いたのだ。


別にあのリボンでないと本当に駄目なわけでもなかった。


「泣きそうな顔はなし、スマーイル! 大丈夫、たぶん、なんとかするから!」


へらっと笑った口元から覗く、白い歯が眩しかった。

頬を持ち上げられて無理やり笑顔の形に顔を作られて気分が悪いはずなのに、今ならちゃんと笑えるんじゃないかなんて思えた自分が居たのだ。


驚いて、胸が鼓動した。




決定的に彼に堕ちたのはこの後、シュロムのセットした罠で怪我しつつもリボンを彼が取り返してくれた時だ。


「ごめん、リボン焦がした……」


十歳になるまで子供は魔力制御装置(リミッタ)を付けることが義務付けられている。操作方法を知らない魔力で怪我をしないように十歳まで使えないようにされているのだ。

学校に通える子は学校で、通えない子は町などに住む修道士などから使い方を教えてもらい段々とその制御装置を能力に見合ったものに変えていく。


その点、王立学院に通いだしたシュロムは魔力の使い方を知っていたし、制御装置も使用制限が緩かった。


考えれば、「返さない」と明言されたリボンが木の上に結ばれたのを見た時点で何らかの罠だと気づけばよかったのだ。


「我儘言ってごめん、なさい」


木から落ちたシャドはいつもみたいに笑ってなかった。

背中も打って痛いはずで、手も火の魔法のせいで軽い火傷をしているのだから当たり前だった。


(シャド怪我した、どうしよう)


反省しているし、悪いと思っているのに、涙は流れない。

同い年の子はよく泣いているのを見る。自分もメイリーは泣くべきだとわかっていた。わかっているのに、涙は出なかった。


「俺の方こそごめんな、なんとかするつもりだったのに」


優しい手は髪を撫でる。

中途半端な優しさはいつも重たいのに、今は胸に充ちた。


「リボンはいい。シャド怪我痛い?」


「怪我? おー、怪我な。怪我は男の勲章なんだぞ、本に書いてあった」


あの鼓動がもう一度聞こえた。


「うん」


「へへへ。あ、そうだ! 今からシュロムに仕返し行くぞ! 頭にリボンを接着剤で留めてやるんだ。なんたって、リボン人から奪うくらい好きなんだからな!」


本当にリボンを接着剤で留めてシャドの方が怒られていたが、怒られている最中にもシャドはメイリーに笑ってくれた。ただの兄弟喧嘩だとも言ってくれた。






嬉しさ。戸惑い。鼓動はもう止まない。

耳を澄ませば、トクントクンと彼を思って鳴り響く。






いつもいつも自分を助けてくれるヒーローはシャドだった。その人を置いて、他の誰かを愛するなどできるはずもない。


それが、いつからおかしくなったのだろう。

助けてくれるのに、優しいのに薄い被膜みたいなものが二人の間にあるのだ。


気がつくとそれがあって、優しい眼差しは他の女たちにも向けられるようになった。


(他の誰かを好きになるなんて駄目。シャドはわたしの)


朝見た眼鏡の女が浮かぶ。


「邪魔……」




起きあがって、鏡台へ向かう。


「地味なら好きになる?」


シャドが目を向ける女たちは一貫して地味だ。髪も黒や茶色ばかりでパッとしない。

手で二つの円を作り、眼元へやる。


(眼鏡かけたら……地味?)


優しい眼差しは自分だけの物になるだろうか。もう一度、自分だけのものになるだろうか。



それより、今は――。


「明日、ちゃんとシャドが来ますように」


神に祈る。

優しい彼が来ないわけがないけれど、自分は被膜の外なのだ。安心はできない。






眩しい笑顔の貴方は太陽、見つめる私は向日葵。



ここでシャドの兄登場! 兄貴はツンデレで「好きな子ほどいじめたい」だったのに、弟に奪われたとかいう設定とかあればいいと思う。子供の頃の刷り込みとか萌えるw

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