09.食事中は静かにしましょう
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「きゃー、あちらに勇者さまが居らっしゃるわぁあ?(裏声)」
勇者の方へ視線が行くよう仕向ける。
モブの特徴その四、男女関係なく所詮モブ。
裏声の理由は、今話題の人だもの「あそこに居るわ」と誰かモブ女子が言えば(正確にはモブ男だけれども)、勇者ファンの人たちが――特に恋する乙女な方々が我先にと群がるって肉壁になってくれるのだ。
皆さま、ご協力ありがとうございます!
「きゃー、本物の勇者様よ!! あの、サインください!!!」
「わたしも欲しいぃ~」
「いえ、私はあの男に、用事が……」
どんどん集まる肉壁と言う名の一般大衆。
勇者にもイメージというものがあることなどお見通しなのだよ!
敵は無碍に扱えても、ファン、特に女子にそんなことできんだろう、ふふふ、羨ましいから、豆腐の角で頭ぶつけろ、勇者!!
「えげつねえな」
「なんのことかさっぱりぽん! これで巻き込まれないし、いいじゃないかぁ!」
眼鏡っ子パパラッチもモブなんかよりもネタになる向こうに行っている。影が薄い俺らモブなんて、一瞬で忘れられる流れ星にしかすぎないのさ、きらーん。
「良いじゃん、良いじゃん。敵前逃亡が格好悪いとか俺はまったく思わないよ。そういうのは暑苦しい別のところでやるべきなのさ! すみませーん、注文の品ちょっと全品テイクアウトお願いします」
ムチプリお姉さんも向こうに行っているので、別の店員さんに声を掛ける。
「うちちょっとそう言うのは……」
「味落ちても構わないから、お願いしますよー。今後も御贔屓にしますし」
男の店員は机の上の皿の量を確認してから「少しお待ちを」とどこかへ駆けて行く。
……もう、思ってる方居ると思うので言わせてもらいます。「戦うんじゃねぇのかよ!!」と、ツッコミたいんだろ、知ってる? 世の中には不可抗力というものがあってだね、するする詐欺というのもあるわけなのだ。
メイリーのためは思ってますが、うん、説得とかしたいよ。パパラッチとか追い払いたいよ!
けど、両方きたらモブの許容範囲を超えるのさ! ルックに「シャドくん」とか言って押し付けようとかしないからっ!
「酒も買って、ルックん家で飲み直しませんかね?」
「お前いたら面倒ごとに巻き込まれる気がしてたまらぇね……」
「ままま、そう言わず。お肉あげるからさ、はいあーん」
先ほどのステーキを差し出す。
「いるか、ボケ」
拒否されたのでむしゃり。食われたら食われたで気持ち悪いから全く平気。つか、食べたら全世界の俺がドン引き。
勇者がこちらに向かって何か言っているけど、モブの耳には届かない。
それに、俺に言っているのか、横のルックに言っているのか。定かでない。
「双子だったのかっ!」とか、うんなことを勇者様が言っているわけがないので聞き間違いに違いない。
あー、肉うます。
店員が持って来た料理を全部ルックに持たせて俺たちは店を出る(金は俺の財布から支払い済みである)。非力なモブなので荷物は持てません。持ちません。貴族さまは要所要所でフォーク以上の重さの荷物を持てなくなるのである(モブも共通)。
去る背中に「逃げるな!」って声がかかったので仕方なしに振り向く。
「勇者さまー、メイリー・ジャミルはやめた方がいいんじゃないかなー? きっとお姫さまとかのが似合いだよー」
一般大衆の声に混ざって言う。
すると、周りも「そうだ、そうだ」と賛同。
賛同した人、君は俺と同じく素敵モブに違いない!! モブな仲間たちよ、ありがとーう!!
はい、場所を変えまして第二回モブ男によるモブのための飲み会を開催いたします!!
場所、ルックの借りている安下宿。
かつて白かったであろう壁は所々に罅があり、天井にはクモが「ここは、あたいん家だよ!」と主張している。
「相変わらず、汚い……」
貴族なので、貴族なので! 心からポロっと出た素直な感想じゃない、貴族ゆえの発言!!
一般の家も汚いに違いない。酒場以上の汚さだが、同じモブ仲間の家がこんなに汚いのはルックのせいじゃなく、平民のせいなのだ。違いない。
「うっせぇな、寝るとこと足場がありゃいいだろ、部屋なんて」
心の中だけで、女に縁がない(自分のことは棚上げ、棚上げ)のだなとこっそり涙する。あああ、軍学校の服をそんな風に投げちゃ駄目だろ。いやー、酒の瓶を足で片付けないで!
どうか、家庭的ないい人がこのムサイ男と縁がありますように!!
「なあ、さっき聞き忘れたことがあるんだけどよ」
どこに置いてあったのか(埋もれてたのだと思われる)折り畳み式の上に料理を並べると、ルックはベッドに腰を掛け酒を飲み出す。
なんだ、俺は絶賛お前のために神さまに祈っている最中だぞ、さっき勇者と眼鏡っ子が現れたぐらいなんだから効くかもしれないだろ。全部、お前のためだぞ?
「聞きたいこと? お前と俺が双子に間違えられた件ならあれは聞き間違いだ。こんな不衛生な生活のお前と俺がそっくりなんて断固断る!!」
親指と人差し指で荷物を俺は片付け、ハンカチの上に腰を下ろす。
なんか、この部屋で見ると食べ物がちっともうまそうじゃない件についてちょっと本気で誰かと語りあいたいんだが?
「こっちの台詞だっつの! じゃなくて、確認、確認。やっぱ、お前メイリー嬢と結婚すんだなって、思って」
「するわけないだろ、何言ってんの? 寝ぼけてんの?」
馬鹿両親ズは勇者を説得後、説得予定だ!
「いや、しろよ、結婚」
「はい???」
こいつ頭、おかしいだろ。前々からおかしかったけど。
「新聞見た時はメイリー嬢の苦し紛れの詭弁かと思ったんだけどさ、姫様勧めるぐらいだし、勇者にそれって渡したくないってことだろ? いい機会だし、もう結婚しちゃえよ」
「いや、まったく違うから! 王さまに、勇者説得して姫さまと出来ればくっつけろって言われてるから!! 結婚の話も昨日の朝メイリーの口から聞いたから!!! 馬鹿両親ズの妄想から出た話だから!!!」
息継ぎもないほど、早口で喋る。
メイリーと俺が結婚などと言うことはないのである、勇者が俺なぐらいありえない話だ。
「けど、結婚しても正直問題ないだろ。どんだけ、自分の生活がメイリー嬢で埋め尽くされてるのか考えてみろよ」
朝、迎え(化粧、髪込)。
昼、一緒に仕事(給料ドロボー込)。
夜、送る(下心抜)。
……夫っていうよりどっちかって言うと、召使い的な?
「召使い的な生活がカカア天下をさすならば、全世界の働く男は召使いだ」
「はーぁ、お前本当に鈍くて救いがねぇよ」
「失礼な、走るのだけは得だ!」
ん? 目線が果てしなく冷たいのはなぜだ?
「ええい、もう、なんだよ! 気分悪いからもう、帰りますーぅ、探さないでくださいぃー。あんたとあたしの関係は終わりよ、よよよよよー」
「おいっ!」
「メイリーは親が決めた相手じゃなくて、メイリーが幸せになれる人物と結婚するんですぅ! ほっといて頂戴!」
泣きながら部屋を出る(嘘泣き)。
まったく、どいつも、こいつもなんだってんだ!! モブな俺がメイリーと結婚? 意味不明なことは言わないでいただきたい。
メイリーにはメイリーが好きな人と幸せになっていただくのだ!
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声を掛けても止まることのなかった背中にルックはため息を出す。
「好かれてる自覚ねえのかよ」
髪を掻き毟る。
メイリー・ジャミル。
外観こそ美しいが、感情がないのかと言うほど冷めた目と動くことのない表情筋に大抵の男は近寄ることすら敬遠する。
彼女の顔に何か表情を浮かべられたとして、嫌悪。それ以外を浮かべることなどできない。
唯一の例外が、シャド・スペクターだ。
何が理由でそうなったのかは知らないが狂気とも言えるほどメイリーはシャドのことを慕っている。
証拠に、シャドに近寄る女をメイリーは赦さない。排除するのにも眉ひとつあげずに行える。
彼女の感情がないような奇行が奇女としての所以だ。
しかし、メイリーのそれに比べるとシャドは一線をひいている。あんなにも尽くし、もやは生活の一部としているにも関わらず恋愛感情を持とうとしない。
「好きには違いねぇのに……めんどくさいやつ」
くっ付けば全てが丸く行くと言うのに、何をあんなにも拒むのかルックには理解できなかった。
友人は、ただ勇者の登場が吉兆であることを願うばかりだった。
タイトルちょっと変えました。