第十四話「王都グランマーセルⅠ」
今僕とエリスとお母様の三人は、ウィンドルにある屋敷からは馬車で二日ほどの距離にあるランゴヴァルト王国の王都グランマーセルにいた。
王都グランマーセル。
それは一番高い位置に建つ王宮を中心に、まず貴族の住む一等区、次に有力な商人などの住む二等区、比較的裕福な一般市民の住む三等区、あまり仕事にありつけず貧しい人達の住む四等区が広がっている。
なぜ僕たちが王都にいるかというと、一週間後に迫ったお父様、アルバート・ウィンドル・ソフィネットの誕生日パーティに向けての準備のためである。
エリスは当然僕の腕に絡ませひっついている。
ソフィネット家は名門でしかも一部からは疎まれているので、命を狙ったり誘拐しようとする者が現れる危険もあるので、リフィアをはじめ一般人の恰好をさせた護衛の騎士が後ろから二、三人隠れてついて来ている。
お母様は元宮廷魔術師でその実力も確かものであるし、それにあのリフィアさんもいることだし、賊に襲われても無事対処できるであろう。
「わ~~、人がいっぱいだね……」
そう驚いた様子でつぶやくのは妹のエリス。
「すごい…………」
見渡す限り人、人……、人…………、こんなにたくさんの人をみるのは前の世界を除けば初めてだろう。
「王都グランマーセル……、三大国のなかでも一番の人口と規模をほこる都なのよ」
「あれは……」
たくさんの人達の中にところどころ耳の長くとがった人を見かける。
「おそらくハーフエルフね」
「エルフではなく……?」
「エルフは主に北西のフェルデン自治区に住んでおり、閉鎖的であまり山から下りてきませんがハーフエルフは別で仕事にありつくために下りてくることが多いそうよ」
ちなみにこの世界ではゲームや漫画みたいにハーフエルフだからといって差別されたりするわけではなく、むしろその高い魔力資質で王宮魔術師や魔法の研究機関に重宝されているらしい。
エルフのほかにも獣人や、吸血鬼などの人種がいるが、ランゴヴァルト王国はその多くは人間でハーフエルフが少数いるだけであるので、人間以外の人種に会うのはこれが初めてである。
「へえ……、ということは……ハーフエルフでもないのに王宮魔術師だったお母様はすごいのでは……?」
「これでも私は王宮魔術師の中でも一位、二位を争う実力者だったのよ」
「っ!?」
元王宮魔術師のお母様、かつて英雄と呼ばれたお父様、そして無敵のメイド……リフィアさん。……どうして僕の周りにはこんな人たちばっかりなんだろう……?
「お母様すごいっ!エリスもお母様みたいに立派な人になりたいっ!」
「私とアルの娘ですもの……、きっと立派な大人になれるわよ」
「うんっ」
それから僕たちはお父様の誕生パーティのためのドレスを買うため、貴族向けの衣服を取り扱う店に来ていた。
そして僕は今、二人に無理やり脱がされ下着姿になっていた。
「無理っ!無理だって……、そんなふりふりしたやつなんて……」
お母様が差し出すのはピンクのたくさんのふりふりがついた可愛らしいドレスだった。
エリスならさぞかし似合うのだろうが……、二人はそれを僕に着せようとしているのだ。
「エリス、お姉ちゃんを抑えてて」
「うん、わかった。お姉ちゃんにはかわいいドレスをきてもらうんだからっ」
エリスは後ろから僕を強く抱きしめ押さえつける。
「ひゃあっ」
「さあ……、さあ……。シーナちゃんこれを着るのよ」
「お姉ちゃんは可愛いからきっと似合うよ」
迫りくる二人。
それに抗えず無理やり着せられる僕。
「……あっ……う~~、……ちょっ……だめだって……」
「こっちのドレスもいいかも……」
「そうね……、この際いっそいろいろ試してみましょう」
あれからまるで着せ替え人形のように、何度もドレスを着せかえられそのたびにお母様とエリスだけでなく、店員にまでも可愛いと言われ恥ずかしくて死にたくなった。
ドレスを着せられた僕は頬を赤く染めた二人に鏡を見せられる。
そこに映るのは髪の色に合わせて濃い青を基調としたドレス、手には肘まで隠れるロンググローブ、足にはハイヒールを身に付けた可憐な少女。
スカートの部分は白い半透明な生地と濃い青色の生地のひらひらで、首にはサファイアを埋め込んだ銀色のネックレス、胸にはバラを模した銀色の飾り、たっぷりなフリルに上品な色使いは目の前の少女にはとても似合っていた。
「これが……、……わたし……?」
「そうよ。かわいいでしょ」
まるでお姫様みたいだ……、心臓がどきどきしちゃう……。自分の姿にどきどきするなんて……。
「はぁぅ…………」
本人は気付いてないが、顔を赤らめてうつむいている様子はとてもいじらしく可憐で、誰もが思わず抱きしめたくなるような姿であった。
「お姉ちゃんっ!」
すりすり。
「エッ……エリス……、……ひゃあっ」
抱きつき胸に顔をうずめてくるエリス。
「だっだめだって……」
「かわい過ぎるよ……お姉ちゃん」
ぴたっ。
すりすり。
むぎゅーー。
「ひゃあっ」
「こんなに可愛かったらパーティでもきっとモテモテね」
周りを見ると店内の客は男性女性関係なく、みな頬を赤らめてこちらを見ている。
「くっ~~~~」
やめてっ~~。恥ずかしすぎるっ。こんなの耐えられない……。
タタタタッ。
エリスから無理やり逃れ駆けけ出すが……、
むぎゅうぅーー。
ドレスでは走りづらくすぐに追いつかれ、再び抱きつかれる。
「だめーー。シーナお姉ちゃんはわたしの……」
すりすり。
「ひゃあぁぁーー」
結局しばらくの間エリスは離れてくれず、周囲にこの……ひらひらしたとても女の子らしい恥ずかしい恰好を晒すことに……。
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あの後エリスのドレス(エリスのは白色の清楚な感じのだ)も買い、お父様への誕生日プレゼントを探していたのだが、初めて来る王都の品揃えに夢中になっているといつの間にか二人とはぐれてしまった。
そして二人を探そうとうろうろしているとあまり人気のない薄暗い所に来てしまった。
すると……、
ガシッ
後ろから肩を掴まれる。振り向くととそこには屈強そうな3、4人の剣を腰につけた男たち。
おそらく傭兵か冒険者かなのだろう。
「お嬢ちゃん、僕たちとちょっと遊んで行かない?」
「そうそう……、お菓子とかいろいろ奢るからさぁ」
「いやです」
きっぱり断る。子供だと油断しているようだし、いざって時は魔法を使えば逃げられるだろう。
「そんなこと言わずににさあ。それにこんなとこにいると危ないよ。おじさんたちが安全な所までおくってあげるから」
「大丈夫です。それにあなたたちがそうなんじゃないですか?」
「……きゃっ」
突然男に強く掴まれる。
突然のことについ女の子っぽい反応をしてしまう。
「ガキがぁ……、黙って着いて来ればいいんだよっ」
やばいかな?そろそろなんとかして逃げないと……。
「……………………」
「何無視してんだよ餓鬼がっ」
僕に拳を向ける男。
それに対し、ブレスレットに手をかざし杖を出そうとする僕。
スタッ
突如上から飛び降りてきた謎の黒い影。
着地した瞬間、目にも止まらぬ速さで駆けだし男達へ向かう。
ボコッツガコゴギャルァぁドスッジャリガコッ
すると響き渡る殴打や蹴り飛ばす音。
おそらく何人かは骨折しているだろう。
辺りは暗くて正体はわからないが……、この身のこなし、無慈悲なまでの容赦のない攻撃……それは記憶上のある人物と一致する。
「まさか……」
その謎の?人物は殴り合い(ではなく一方的に殴ったり蹴ったりだが)は終わったのか、光の当たるところまで歩き出てくる。
浮かび上がる正体。それはメイドの姿をした麗しい女性だった。
それはまさしく……、
「リフィアさんっ」
やっぱりそれはリフィアさんであった。
何事もなかったかのように振る舞うその姿は少しばかり恐怖を感じさせた。
「お嬢様ご無事ですか?」
「うん……。特に何も……」
僕が魔法を使うまでもなかったな……。あの強さは異常だ……。
「なら……、行きましょう。お二人方がお待ちになっております」
「うっ……うん」
リフィアの魔法を一切使わずに男達を叩きのめす姿に、その異常なまでの強さと容赦のなさを再確認するシーナであった。
なかなか話が進まない気がする……。
一応二十話ぐらいまでで一章は終わり、二章からは魔法学校での話になる予定です。