第九話「魔物との遭遇」
「大気よ……、水よ……、氷結せし無数の槍を……、その氷の刃を以って敵を貫き通せっ、ブリザードっ!」
魔法により大気中の水分を凝縮、氷結してできた数十にも及ぶ氷槍は高速で、全て狙い違わず目の前の魔物へと飛んでいく。
1.5メートルほどの大きさをもつ狼のような姿をした魔物5匹を同時に瞬殺する。
「お嬢様……すばらしいです。あれから一週間しか経ってないのに、もう中級魔法をここまで制御できるなんて……」
シーナの放った魔法を褒めちぎるのはリフィアさん。僕とリフィアさん、今二人は魔法の練習のために屋敷の近くにある森へと来ていた。
「……ありがとう……リフィアさん、……でももっと強くなりたい。いや強くならないといけないんだ……」
「十分強いですよ、シーナお嬢様は……。この年でしかもこんなに早くものにしてしまうなんて……」
「あのラクタムとかいう男には到底……敵わない。世の中にはあんなやつが数えきれないほどいるんだろうし……。それにソフィネット家には敵が多い。もっと強くならないと……。エリスを……今の幸せな生活を守るために……」
「シーナ様……。シーナ様ならきっと誰よりも強く優しいひとになれますよ」
「リフィアさん……ありがとう」
「そっそろそろ帰りましょうか?夕食も近いですし……、それにシーナお嬢様の好きな甘い果物もありますよ」
「あっ……うん」
甘い……果物…………じゅるり。
「よだれ、垂れてますよ」
「……はっ!」
(は……恥ずかしいっ。リフィアさんに食いしん坊だと思われたかな……?ほっぺたが熱いや……、真っ赤になってるかも……)
(あぁ……お嬢様……頬を真っ赤に染めて……、お嬢様のほうが……まるでリンゴみたいでおいしそう……)
「…………じゅるり」
びくっ!
「なっ……なんか急に寒気が……。リフィアさんの方からなんか怪しい視線を感じるような……」
(瑞々しいお身体……、すべすべで柔らかい肌……)
「やっぱりメインディッシュは瑞々しいほうがおいしいですわよね……」
リフィアさんからはねっとりとからみつくような視線。
「ひゃあっ……」
「どうかしましたか……?お嬢様?」
ぶるぶるぶる。
「なっなんでもない……です。……やっぱり果物は瑞々しくて新鮮なほうが甘くておいしいよね……」
「はい……、瑞々しくてすべすべなほうが食欲をそそりますよね」
(リフィアさん……、絶対全く別のこと考えてるよ……)
がくがくぶるぶる。
リフィアさんの怪しい視線を受けながらも、なるべく気にしないよう努力して、僕はリフィアさんから少し間を開けて歩く。
それから数分後……。
僕とリフィアさんは屋敷への帰り道を歩いている途中……。
「「っ!?」」
殺気。
突如として向けられる殺気。
「これは……、囲まれましたね……」
一つや二つどころではない膨大な数のこちらへ向けられる。
それと一つ、これまでの魔物とは別格の強大な殺気が感じられる。
グルルルルゥゥ…………。
「ハウンドウルフ……とスコティッシュ・ハウンド……」
ハウンドウルフは先ほど倒した魔物で、スコティッシュ・ハウンドはその上位体である。その数は合わせて20を超える。
「シーナ様は私の後ろへ……。私が対応いたします」
「でっでもどうやって?」
たしかリフィアさんは魔法を使えなかったはずだ。それに僕は魔法を使えるが、これほどの数を一度に相手にするのはさすがに無理がある。絶望的な状況である。
「はあぁぁぁーーーー」
するとリフィアさんは素早く魔物へと駆け出すと同時に何かを投げ出した。
シュン……、シュンシュンシュン……。
……ガルゥ?
サクッ。
グギャァァーー。
サクッサクサクサクッ。グギュッボガッズシャーー。
グギャアァァグギャガルァグギャアァグギャァァーー。
「ええっ!?」
次々と倒れる魔物達。
そこには攻撃に一切の無駄などなく、投げられたナイフは寸分狂わないで魔物の脳天へと突き刺さっていく。
走りながらあるいは高くジャンプしながらナイフを投げ、ときにはバック転をして避け、ナイフがなくなれば素手で戦う。その戦い方は優雅でかつ残忍で、到底人間業ではない動きで次々と魔物を屠っていくメイドがいた。
「……リフィアさん……、あなたはいったい何者ですか……」
鳴り響く魔物の断末魔の叫び。次々と積み上げられてゆくハウンドウルフの死体。
……そしてとうとうスコティッシュ・ハウンド一匹となった。
「ふう……、あと一匹ですか……」
そこには返り血一つ浴びることなく、服も乱れず元のままで佇むリフィアさんがいた。
「リフィアさん……何者ですか?」
「ただのメイドですが……何か?」
がくがくぶるぶる。あんなことがメイドにとって普通なら、軍隊なんかいらないよ……。
「いえ……なんでもないないです……」
「……では、最後はシーナ様がどうぞ……。今のシーナ様なら倒せるはずです」
「ぼっ……わっわたし?……いいけど……」
ガギャアァルルゥゥゥーーーー。
「荒れ狂う風よ……、嵐よ……、雷雲を呼び起こし……、我が敵に神の鉄槌を下せっ、神雷の剣っ 、サンダーブレードっ!」
スコティッシュ・ハウンド目掛けて雷撃でできた巨大な剣が落とされる。死体からは肉の焦げる匂いが立ち込める。
「お見事です。お嬢様」
「いや……ほとんどリフィアさんが瞬殺したような……」
「……些細なことです。それよりも屋敷に帰りましょう。辺りも暗くなってきましたし……。また魔物が出るかもしれません」
「些細なことなんだ……。それにいくら魔物が出ても……、リフィアさんがいれば何の心配もいらないと思うよ……」
「そんなことありませんよ。あれは下位の魔物ですし……」
「…………でもあの数を傷一つ負うことなく難なく倒せるのもどうかと思うけど…………」