だってわたし、一人暮らしだよ
蒸し暑い夏の日、当たり前にあるはずの「日常」が静かに崩れ去っていく――。一人暮らしの部屋で巻き起こる、背筋も凍る真夏の怪異を描いた怪談ショートストーリーです。
「だって私、1人暮らしだよ」
扇風機の首振りがカタカタと不規則な音を刻む、蒸し暑い夏の夜だった。
窓を少しだけ開けていると、遠くでシャーシャーと鳴く蝉の声に混ざって、ミーン、ミーンと妙に途切れ途切れな別の声が聞こえてくる。夜の蝉にしては、やたらと距離が近い。
(……気のせいよね)
冷たい麦茶を飲み干し、スマホに目を戻す。だが、音は消えない。それどころか、少しずつ大きくなっている。
ペタ……ペタ……
濡れた足音が、廊下のフローリングから響いた。蝉の声はもう聞こえない。代わりに聞こえるのは、荒い息遣いと、重い足音だ。
「……ねえ、エアコン壊れてるの?」
ぬるい風とともに、見知らぬ女の声が耳元でささやいた。驚いて跳ね起き、暗闇の廊下を見つめる。
「だって私、1人暮らしだよ……?」
声に出して自分に言い聞かせた瞬間、パチンと音がして、扇風機が勝手に止まった。静寂の中、今度はクローゼットの中から、コンコンと乾いたノック音が鳴り響いた。
【了】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どこにでもある一人暮らしの部屋と、夏の必需品であるエアコン。そんな日常の象徴が少しずつ歪んでいく恐怖を描いてみました。
蒸し暑い夜、ふと部屋の隅が冷え込んでいると感じたら……どうかエアコンのせいだけにしないでくださいね。
皆様の夏の夜に、ささやかな涼をお届けできていれば幸いです。




